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第9話 守りたいと思うこと

 そろそろユ軍の運も流石に尽きてきて、戦況は後手に回り出した。支援物資にも底が見え、襲撃により兵は減り、防衛戦にさえならない有様だ。  そしてやはり無理だったのだと、兵士たちはどこか諦めたようでいる。なによりそれがいちは悔しかった。  ここまでやってきたのに、そんなに簡単に諦められるのか。煮える思いで弾薬を背負い走り出そうとした背中を隊長が引き止める。 「いち、休んでいなさい」 「ですが!!今俺が休んだら……」 「君一人が頑張り続けても無駄だ」 「俺が頑張らないといけないんです!夜の闇の中を走れるのは俺だけなんだ!」  首を振り続ける隊長にいちは詰め寄った。 「皆が待っているんだ!!見捨てろって言うのか!!」  闇の中、足りない武器、空腹、本隊との連絡もつかず、兵士たちはどんなに心細いだろうか。いちの頬には涙が伝っていた。 「もう、我々は負けたんだ」 「それでも、仲間たちと戦い抜いて死にたいです」  ヤモクの仲間の最期を思い出していたのだ。役立たずの自分を呪った。たかが一人の力などしれている。 「君は死ぬべきじゃない」  隊長は本心からそう言った。彼の心の中も、後悔でいっぱいだった。何を今更、間抜けな言葉だ。  始めからヤモクを輜重兵として使っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。そして、そんな意見は戦争の始まる前からもちろん存在した。  だが結局小隊として駆り出された理由は、化け猫などに大切な支援物資を触らせたくない。と上流階級のボンボン士官たちが一蹴してしまったからに他ならない。  差別、偏見というものは、とことん悪い事象しか起こさない。 「たかが一匹の猫が死んだところで、軍の懐は痛みませんよ」  いちの卑屈な言葉を聞いて隊長は悲しい顔をした。まるで自分が言われたように辛い、差別の言葉。  そんなことを言うな、などとは言えなかった。いったいどの口が言うのか。そういった言葉を彼らに散々投げかけてきたのは、他でもない自分たちなのだ。 「……無理はしないようにしなさい」 「はい」  いちは敬礼し、一言謝って闇の中へ消えて行った。  隊長を悲しませたいわけではなかった。ずるい手を使った自覚もある。ただ、走らずにはいられなかった。  アラタの部隊は減りつつも防衛線を守り、未だ士気を失っていない数少ない隊だった。彼の指示が的確で、何かを信じているような、強い信念の元に出されるものであったからかもしれない。 「敵軍が接近しています!南東より、あと三刻ほどで接触します!」  アラタは少し考えて兵たちを見たあと、ぼんやりしているミコトに許可も取らず指示を出した。 「わかった、各隊戦闘に備えろ」 「はっ」  ミコトは黙って風上の方を見つめていた。 「ミコト中佐殿?」  こんな時に何をほうけているのかと、呆れたように声を掛ける。最近の彼は指揮の全てをアラタに任せたまま、ずっと何かを考えているようだった。 「嫌な風だ。人の焼ける匂いを運んでいる」  眉一つ動かさず、それでも確かな嫌悪を抱いた声色でミコトは呟く。唐突な言葉と地を這うような怒りの声にアラタは思わず冷や汗を流し身震いした。 「火を使うのか、相手方は」 「…中佐殿……」  人の焼ける匂い。  ――どこかでいちも感じたのだろうか。あいつの嗅覚は優れていると聞く。  アラタはふとそのような事を考えた。  ――もしかしたら、戦死した仲間のヤモクを焼いた時のことを思い出しているかもしれない。  そしててつのことを思い出した。  シオズが言付けてくれて、丁寧に埋葬された銀髪のヤモク。ヤモクでありながら下士官の号をもらい受け、立派な夜目部隊の隊長だったのだろう。  日に当たったことのない彼と彼の仲間たちは驚くほどに白く、傷つけられた部分が真っ赤な花のようで、酷く残酷で……とても美しかった。 「布陣はどうしますか」 「このまま待つ。なるべく引き寄せて、弾は大切にしろ」 「はい」  どうしようもない。こんなことしか言えない。兵たちの気力が有り余っているのがむしろ滑稽で、悲惨だった。 「どうして絶望してる奴がいないんでしょうね、うちには」 「こうして死を待つのも、悪くないものですよ」  もう隊に戦う力はない。この戦いで全てが終わるだろう。ミコトは穏やかに笑ってアラタに指示を出した。 「あなたはまだ死ぬべきではありません」  ――あなたの猫を探しに行きなさい。
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