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第10話 夜明け
アラタは戦線を離脱し、海岸を目指した。
戻ってどうする。軍を放り出して。こんな将佐、史上最低だな。そう自嘲しつつ北へ走る。日が落ちかけていた。
「バカ中佐、日の落ちる時間に一人で隊から外させるとは」
笑いながらそう呟いてアラタは薄く見え始めた星を見上げた。空は晴れている。走れるだろう。闇は怖くない。
海が見えてきたのは夜明け前だった。何度も躓いて転びかけながらも、アラタは無事ここまでやってきたのだ。
「あれ……ど、どうされたんですか?北葉月少佐殿」
見張りをしていた軍学校時代の知り合いが声をかけてきた。アラタは苦笑しながら特命だと嘯(うそぶ)いて見せる。
「いちはいるか?」
「いえ、まだ戻らないですね」
「やめろよ、同期だろ」
敬語を制してから「待とう」とアラタは見張り台の傍に腰を下ろした。
「どうするつもりなんだ?」
「……首都に戻す」
「ああ、それがいい、そうしてやれ。お前ならできるだろう」
嫌っていた自分の家の身分。アラタは苦笑しながら「有難いことだ」と零した。
「どこに行ってるんだ?」
「どの隊からも救援依頼は尽きないからな。いちの気が思うままに走らせてる。遠くには出ないよう言ってあるから、もうすぐ戻るだろう」
アラタは落ち着かない心持ちで空を見つめた。
「いつもこんなギリギリなのか?」
空が白み始めている。日が昇るのは近い。
「いや、確かに……遅すぎるな」
「探しに行く」
立ち上がったアラタの背に思わず見張りが声を掛けた。だが、引き止める理由が見つからなかった。
「……気をつけろよ」
「ああ」
いちは海岸沿いの街道で倒れていた。物資を運んだその帰り。あと少しで輜重部隊の拠点に戻れるのに。疲れ果ててもう少しも動けなかった。
酷く頭が痛い。目眩もする。耳だけは嫌に敏感で、どこか近くに潜んでいる兵の呼吸が聞こえた。
仲間か、敵か。それすらわからない。足はどこもかしこも痛くて、物を運び続けた腕にも、もう力は入らない。
朝の香りがしてきた。ヒヤリと冷たく澄んだ風が香る。うっすらと目を開くと世界はぼんやり明るかった。太陽が昇り始めている。もうすぐその光が見える。
――こんな場所で、一人で。
でもそれも悪くないと思った。
生まれて初めて見る太陽をどうかこの目に焼き付けようと、ぼやける視界を必死で凝らした。スッと輝く光が地平線から漏れ出して、いちの瞳に突き刺さった。
――眩しい。
いちは無意識に微笑んでいた。
――あれが、太陽。俺を焦がす光。
もっと見たいと首を擡げた瞬間、足音と声が聞こえた。
「いちーっ!!」
武装していないのか、ヤケに軽い足音にいちは思わず振り返った。何か考えるより先に「一人で何やってるんだ」と叫ぼうとしたのだ。
だがそれは声にならず、ガバッとすごい勢いで布を被せられていちはアラタの下敷きにされた。
「バカ!何やってんだ!!」
マントに包まれたまま抱きかかえられていちはもごもご抵抗したが、押さえつけられる。アラタはなるべく影を通りながら道を引き返して行った。
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