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海軍大佐の思い出話

 これは、この地域がまだ"ユーリオーリ"と名乗り、独立した国家であった頃。そんなずっと昔の、とうに過ぎ去った過去の話だ。聞きたい奴だけ付き合ってくれたらいい。  ――本城ミコトとは、生まれる前からの付き合いだった。  父親同士が長い付き合いの親友で、だから僕たちは兄弟同然に育てられた。物心ついた時から一緒にいて、何をするのも、どこへ行くのも一緒で。  平和なこの国に軍などと言うものは無用だと国民たちの大半は思っていただろう。僕たちの親も軍に対して積極的ではなかった。  でも、僕もミコトも、軍の道に進学したのだ。  別に戦争が好きなわけじゃない。ただ僕は……そして多分ミコトも「そうせねばならぬ」と感じたからそうしただけなのだった。  ミコトは士官学校に、僕は海兵団に。  それからの道はお互い、いろいろと大変だった。  なにせ僕は単なる一海兵からのスタートだ。よくここまでなれたと我ながら思うよ。家柄のおかげも多少はあったし、この体躯も少なからず物事を有利に運んでくれた。  勉強もしたし、何よりも僕は仲間に恵まれていたな。でも何より、僕のことを支持してくれる人たちがたくさんいたから、最終的には異例の大佐にまで上りつめることができた。  対してミコトは軍学校卒業すぐ大尉に任命される優秀な生徒だった。お優しいあいつにはほとほと似合わない、厳しい顔をして毎日兵たちを動かしていた。 「ミコト!」 「……ああ、ハルドか」  振り返ったミコトは疲れているようで、眉間に深い皺を刻んだまま僕を睨むように見た。 「怖い顔になってる」  苦笑して見せるとミコトは額を押さえて眉間の皺を緩める。いつだって柔和な笑みを向けてくれていたミコトからは想像もつかない姿だった。  意識しないと険しい顔を解けないなんて。 「最近、どうしたんだ?」 「別にどうもしないよ。君こそすごいじゃないか、もう中尉になったんだって?あっという間に大将にでもなれるんじゃないか」  さして興味もなさそうに饒舌に話すミコトは不機嫌なわけではなく、本当に疲れているようだった。 「ミコト、誤摩化したって意味ないよ、噂は聞いてるんだ。僕にも詳しいことは話せないのか?」  ――噂。  それは、ミコトが「ヤモクを輜重部隊に起用したい」という提案をしたという内容だった。どうして突然あの"ヤモク"の名が出てくる?一体何があったんだ、お前、軍でどんな風に言われているのか知っているのか?  「本城少佐殿はご乱心だ」と馬鹿にされ、もうすぐ大佐に任命されると噂があるので調子に乗っていると陰口を叩かれているのだ。  思い詰めたような顔のまま何も話してくれないミコトに焦れた。  僕はミコトが心配だった。ヤモクのことを差別する気はない。だが…それに関わる事によって、世間から自分まで差別される必要など無いと思っていた。  僕は冷たい人間なのだ。自分と、その周りを守ることで精一杯で、それで良いと思ってる。そうだろう、誰だってそうじゃないか。 「私は彼らの特性を考え、より能率的な部隊に所属させようとしているだけだよ」 「それは分かる!だがそれを大声で訴えたりしたら……!」 「このクニでは、差別の対象にされる?」  僕の言葉を遮ったミコトは煌めく瞳をこっちに向けた。 「ミコト…?」  まさか。見間違いだと思った。日の光が反射したのだと思った。でも、ニンゲンの瞳に太陽の光は反射しない。それは、眼球が鏡のようになっている猫ないし夜行性物、もしくは"ヤモク"の特徴。 「単純な奴だと思うかい、ハルド。私はね…」  仲間が差別されているのが悔しいんだよと言い残して、ミコトは去っていった。  あの時のミコトが本当にヤモクに対して"仲間意識"を抱いていたのかどうか、それはもうわからない。ただ、いち君の事を知ってから、アラタがその部隊に彼を引き入れたいと言い出してから、ミコトはすごく楽しそうに見えた。  それは、ジオル島が占領されてしばらく経ったある日の会話。ミコトから家に来るよう連絡があって、何事かと慌てて出向いた時の話だ。 「ハルド、私は間違っているかな、少し冷静さを欠いているみたいだ」  いち君を私の隊に入れてみたいよ。と高揚しながら相談してくるミコトは嬉しそうだった。 「でも、輜重部隊に送るべきだとはもちろん、わかっているんだよ、本人とも相談してみようと…」 「ミコト」  そんな世間話のためにわざわざ僕を呼び出したのかい。苦笑するとミコトは悪びれもせずに「君としかこんな話題は話せないんだもん」と笑った。 「いち君と北葉月少佐を見ているとね、私が昔悩んでいたことがばからしくなってくるよ」 「ああ、僕も話だけは聞いたけど…いい子なのかい」 「とってもね」  ミコトの目が煌めく。僕はその様子が好きだった。思わず瞳を見つめていてハッとした。 「何、見つめたりして」  笑うミコトの顔には以前のような無理をしている眉間の皺も無く、何か思い詰めているような風も無く。ただ、幼い頃と変わらない笑顔がそこにあった。 「若い頃はいろいろ悩んだりもしたけどね、私はやっぱり軍に入ってよかったと思えているよ」 「お前…いつから自分にその血が混じっているんだと気付いていたんだ?」 「もうずっと子供の頃から…、だから、士官学校に入った」  そんなに昔から知っていたのか。ずっと気付かなかった事に苦笑する。 「で、悩みは解決されたのか」 「諦められるようになったのさ」  でも、いち君だけは守るよ。と呟いてミコトは椅子に深く座り直した。 「きっと北葉月少佐だってそう言うだろうけど、私からもお願いしておくよ。ハルド」  何かあったら君が彼を守ってあげてくれ。  "ここ"に残されたのは結局、僕だけだった。ミコトも、アラタも、いち君も。皆して勝手な事ばかり言って。好きなように生きて。  だから僕は板挟みさ。困っちゃうなあ。わがままを言ってよかったなら、僕も言いたかった。こんな風に言うと怒られるだろうな。でも…… 「君さえ生き残ってくれれば、それでいい」  本当はそう言いたかったんだ。
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