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油断
朝方まで起きていた那生達三人は、眠い目を擦りながら周のアパートの前で伸びをした。
「じゃ俺車とってくるわ」
欠伸をしながら神宮が車のキーをポケットから取り出した。
「あ、先生。俺がそのクーラーボックス運びますよ」
昨夜とは別人のようにスッキリした顔の伊織に安心したのか、周の足は浮かれ、跳ねるように神宮の後を追いかけて行った。
「じゃ、俺らはここで待ってるか」
那生と伊織はその場に残り、神宮と周は近所のコインパーキングへと向かった。
「伊織君、大丈夫か? 眠いんじゃないのか?」
周のアパートの前にある、花壇を見つめる伊織に声をかけると、那生は向けられた顔に驚いた。
生まれたての朝日に縁取られた輪郭が金色に輝き、白い肌がそこに溶け込むよう煌めいている。まだ幼さを滲ませる美しい笑顔が眩しくて、那生はこれまで感じたことのない、母性のようなものを抱いてしまった。
「はい、平気です。何だか今日は頭の霧がスッキリしてます」
朝日の下で見る伊織の顔は年相応で、きっと本来の姿はこんなにも水々しくハツラツとしたものなんだとこれまでの伊織と比較して切なくなった。
「今から尋ねる刑事さんは、体はでっかいけど繊細で優しい人なんだよ。ちっとも刑事っぽくなくて、だから怖くないからな」
那生は南條の顔を思い浮かべながら、思い出し笑いをしていた。
「はい……那生さ──」
那生につられて微笑みかけた伊織の表情が、何かに怯え、見る見る青ざめていく。
「伊織君、どうした?」
「伊織さん、お迎えにあがりました。病院に帰りますよ」
那生の背後から低い声がし、振り返ったと同時に電流が全身を襲うと、那生はその場に昏倒してしまった。
「なおさん! なおさんっ──」
遠く伊織の叫ぶ声が聞こえたけれど、それは鳩尾 に鈍痛を受けたと同時に途切れてしまった。
意識が薄れる中、無理やり体を車に押し込められる感覚。そこで、那生の意識は完全に途絶えてしまった。
車を移動させてアパートの前に停車させた神宮は、二人の姿が見えないことに気づき、慌てて車を飛び降りた。
「那生ー、那生! どこだ」
嫌な予感がよぎり、叫びながら那生のスマホを鳴らしてみたけれど、電源が切られているのか繋がらない。
神宮の異変に周も助手席から飛び出すと、アパートの前を体を回転させながら見渡した。
「伊織、いおり! どこだ、伊織!」
必死で伊織の姿を求め、周がアパートの後ろの通りまで駆けて行く。その間も神宮は、スマホをかけながら辺りを隈なく探した。
アパートを一周して戻ってきた周の顔が落胆して、今にも泣きそうになっている。
つい、さっきまでいた二人が数分で消えたことに、自分の考えが甘かったと、神宮は奥歯を噛み締めた。
那生達がどこかへ連れ去られてしまったことは明白で、そこを予想していなかった自分に腹がたち、握り締めた手の中に爪を食い込ませていた。
「せ……先生。那生さんのスマホ繋がった?」
息を切らしている周に神宮は、無言で首を横に振った。
「那生……」
「先生! これ那生さんのじゃ──」
周が指し示したのは、花壇の隅に落ちていた眼鏡だった。
「これ、朝かけてた。那生のだ」
「先生、伊織達誰かに連れ去られたんじゃ……」
膝から崩れ落ちた周が、神宮を見上げてくる。目には雫が溢れていた。
「俺のミスだっ。離れるんじゃなかったっ」
「せ……んせい」
──くそ、くそっ! 俺の一番大切なものを……。
後悔していたところで、那生が戻ってくるわけでもない。
神宮は気持ちを奮い立たせると、「周、行くぞ!」と、運転席へ乗りこんだ。エンジンをかけると、周も慌てて助手席に乗ったが、体がまだ半分外に残った状態でアクセルを踏んだものだから、周の体が危うく落ちそうになる。
何とかシートベルトを掴み、助手席に滑り込んだ周がドアを必死で閉めながら「先生、どこ行くんですか!」と、叫んできた。
「決まってるだろ、警察だ!」
言い捨てた神宮は唇を噛み締めると、一心不乱に車を走らせた。
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