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募る想い

 神宮に抱き締められている。  背中に回されている腕はずっと欲しくて、でも手に入らないと諦めていた温もりだ。  高校のときに出会ってから、この腕も温もりも自分以外の誰かのものになるのだと諦めていた。大切な親友をいつか祝福しなければならない日に怯えながら、それでもその大切な親友にずっと、ずっと、恋をしていた。  張り裂けるほどの想いを叫びたくても、親友に戻れないことを恐れ、心の容量を超える恋心を隠して生きてきた。  苦しいほどに、忘れられなかった人が、親友なのがずっと足枷になっていた。  予想もしなかった凄惨な時間を共にし、生死をも危ぶまれた末に知った神宮の気持ち。  蓄積されていた寂しさや切なさは、触れられた箇所から雪解けのようにゆっくりと溶かされていく。それを実感できなくて、今は夢の中にいるんじゃないかと錯覚する。  憂いた気持を払拭してくて、神宮の気持ちを確かめたくて、那生は背中に回した手に力をこめた。那生の不安が伝わったのか、神宮の手が那生の背中を撫でてくれる。  指先から伝わる熱が何度も触れられることで、体の底に沈めていた劣情がどうしょうもなく疼き出す。 「那生。そろそろ離れよう……」  胸の温もりに身を委ねていると、辛辣な言葉が降ってきた。  もしかして自分は何か勘違いしたのか?  男になんか、触れられたくなかった?   やっぱり、親友のままでいたいって思ってる……のか?  思考を彷徨わせて不安に囚われていると、それが表情に出ていたのか、神宮が慌てて「違うっ!」と言って両手で顔を包み込まれた。 「違う、違う……んだ。これ以上、お前に触れていると、俺の理性が、もたない」    理性が……もたない。  神宮が苦しげに漏らした言葉が、那生の頭の中でぐるっと駆け巡ると、ストンと腑に落ちた。その瞬間、頬がカァっと熱くなってくる。 「……たまき、俺──」  頬を大きな手で覆われたまま見つめられていると、切れ長の二重をジッと見つめた。  瞬きするのも惜しいくらい、愛しいこの顔を見ていたくて、那生はほんの少し背伸びをして神宮に近づいた。  那生のささやかな仕草が神宮の何かを刺激したのか、頬に触れていた手の力が増し、そのままスライドした左手が那生の後頭部に添えられる。しなやかな動作に意識を奪われていると、頬にあった指が那生の顎を持ち上げ、対角線上にある神宮の瞳と結ばれる。  ベルガモットの香りで鼻腔をくすぐられると、神宮の顔がさっきより近くにいた。  鼻先同士が今にも触れそうになり、あと数ミリ、どちらかが動けば唇が触れそうな距離。  焦らされる時間の余白に耐えきれず、たまき……と、名前を口にしかけた。けれど、呟いた名前は唇ごと奪われてしまった。  環とキスしている……。ずっと欲しかった温もりが触れている。  そっと重ねただけの薄い唇が角度を変えると、今度は強く重なってくる。  しっとり水分を含んだ花唇は那生の上唇を喰むと、次に下唇を啄んできた。  優しい触れ合いは次第に強くなり、水音が漏れ出すほど強引に貪られていく。神宮の舌先が(つがい)を求めるよう、那生の口腔内へと押し入ろうとしてきた。  発熱したように、お互いの口の中も舌も熱い。  深く唇を重ねたまま、強い力で舌を吸われた瞬間、脳が痺れて何も考えられなくなる。  強烈な快感が怖くなり、一瞬唇が離れた好きに神宮の名前を口にした。 「……たまき、環ぃ……んんっ……」  呼んだ側からまた唇で閉ざされ、今度は確かめるような丁寧な口付けが注がれる。羞恥に耐えきれない恥ずかしい音が耳を犯し、興奮で溺れそうになった那生は神宮の背中にしがみついた。そっと顔を離した神宮が自身の鼻先を那生の鼻頭に触れさせると、「もっと名前を呼んでくれ」と耳に囁かれた。  甘い命令が嬉しくて、両腕を神宮の首に回すと胸と胸の間で僅かに残る隙間を埋めた。  体を密着させると、神宮の唇が那生の首筋に落とされる。  吐息が混ざる愛撫を首から鎖骨を順になぞられ、快感が那生の背中を走る。 「……ダメだ、那生。止まらない。このままだと、俺──」 「止めなくていい。環……。俺、は環が欲しい。もっと触ってほしい……んだ。会わずにいた時間を早く埋めたい」  神宮にしがみついたまま、那生は耳元で囁いた。ベッド……へ、と。  那生の言葉を聞いたと同時に神宮が立ち上がると、体を起こされてそのままベッドまで連れて行かれた。  心臓が破裂しそうに脈打っている。  口づけをされながらベッドに倒されると、着ていたパーカーをシャツごとたくし上げられ、上半身が露わになった。    緊張で震えている秘芯の片側を口で含まれると、もう片方は神宮の指で摘ままれた。頭が痺れて、口から勝手に喜悦の声が漏れる。 「あ、はぁ、た……まき。あぁ、うくぅ……」  那生の発した声で神宮の手はさらに忙しくなり、今度は舌で執拗に舐められ、先端を摘む指が、捻ったり引っ掻いたりして快楽を引き出そうとしている。  神宮の手や口は休むことなく、小さな突起がツンと上を向くとすかさずそこを指で攻められ、唇はどんどん下降してくる。  間髪を入れず愛撫を受け続けていると、たまらず那生のモノが首をもたげ、官能を享受(きょうじゅ)してしまったことが神宮にバレてしまった。    唆りたった那生のモノを神宮の手で包まれると、上下にゆっくり、そして激しくを交互に扱き上がられていく。快感を引き出されると、たまらなくなって思考がバーストしそうになった。  込み上がる劣情に溺れていると、那生のモノが熱い吐息に包まれ、ハッとして視線を下腹部に向けた。 「たま……き、だめ、だ。お風呂入って、ないのにそんなことしちゃ、おれ……もう、もう……」  那生のモノが神宮の口に含まれ、口腔内で舌で攻められ続けているも、陸に上がった魚のように那生の腰が跳ね上がった。たまらず、神宮の頭を押さえて抵抗しようとしても、蕩けるような感覚が休む間もなく那生を襲う。  首を左右に振って、上り詰めてしまうのを回避しようとした。けれど体は言うことを聞いてくれず、那生の全身はピクピクと小刻みに痙攣し、白濁を腹部の上に散らしてしまった。 「……ごめ、たまき。俺……」 「可愛いな、那生……。めちゃくちゃ可愛い。何度でもイかせてやる、もっと気持ちよくなって欲しい」  耳元で囁かれると、もう、どうにでもしてくれと、言いたくなった。 「たまき……。俺も、やる……」 「なら、お前の中に入ってもいいか」 「え……」   真上から見下ろされた双眸が熱を含んで那生を見つめている。 「いや、ごめん。やっぱ、いきなりはないよな。お前に負担かけるのも、痛い思いをさせるのもしたくない。また今度──」 「いいっ! 最後までして欲しいっ。俺は、ずっとお前が……環が欲しかった。俺以外に触れてほしくないって、ずっと願ってたくらいに」  両手を差し出し、神宮の頬を今度は那生が包んだ。  愛おしむように触れながら上半身を持ち上げると、神宮の体をギュッと抱き締めた。お返しに折れるほど抱き竦められ、再び唇が重なる。  お互いの舌を絡め、それぞれの口腔内を弄った。そうすることで劣情を確かめると、神宮が着ているものを全部脱ぎ捨て、那生も身に纏っていたものを全て剥ぎ捨てた。  お互いの素肌が晒されると、ゆっくりと神宮が那生の上に覆い被さってくる。合図のような口づけを交わすと、神宮の指が那生の股間に伸び、誰も挿入していない蕾に触れた。  那生が反応して首を逸らすと、白い首筋に神宮がキスをする。  吸い付く力に強弱をつけ、紅い花びらが那生に散らされていく。その間にも神宮が自身の唾液で湿らせた指で少しずつ蕾を押し開こうとしていた。 「あっ、ああ……痛っ」 「ごめん、那生。やっぱり無理だ、ローションかオイルがないと。今日はもう──」 「い、嫌だっ! せっかく環とこうしていられるのに、やめるなんて嫌だ。俺は、環と繋がりたい……」  嘆願するよう言うと、神宮が苦しそうに困惑している。  那生はベッドから起き上がると、サイドテーブルの引き出しを開けて、チューブのようなものを取り出した。 「那生、それ……」 「ハ、ハンドクリームしかないけど、ないよりマシ? やっぱ無理か。あ、じゃあオリーブオイルとか──」  思いつくものを口にした那生を、神宮が力強く抱き締めてくる。 「那生、お前、マジで可愛い」  吐息まじりの声で囁かれると、わけがわからなくなって、メチャクチャにして欲しい衝動に駆られる。  テンパっていると、これ、借りるなと、頬にキスされた。  甘いセリフに翻弄されていると、神宮がチューブから中身を取り出し、「ちょっと冷たいぞ」の言葉と同時に窄まりにクリームをしたためてくる。  ひんやりしたモノが塗擦(とさつ)されると、身体中が呼応するように仰け反ってしまった。潤滑剤代わりのクリームは互いの熱で次第に蕩けて、硬かった入り口が綻んできた。  挿入されている指の数が増えるごとに痛みを感じたけれど、根気よく神宮がほぐしてくれたせいか、痛みは違和感に変わった。それでも早く神宮を受け入れたくて、那生は両足を開いてそのまま神宮の背中に沿わせた。 「な……お、お前そんなことしたら、我慢が効かないだろ」  荒げた息遣いで言われると、どうしようもなく目の前の男が欲しくなる。 「いい、もう、入れて……。痛くてもいいんだ、早く、環が欲しい……」  那生の言葉でたがが外れたのか、神宮が、クソッ、と呟くと那生のしなやかな足を持ち上げ、赤く熟れた蕾が露わになった。  とっくに固く屹立していた神宮のモノを小さな後孔に当てがわれ、「那生、息吐けよ」と言って自身の腰をじわじわと那生の股間に押し当ててくる。  狭い入り口に対して受け入れるには大き過ぎる神宮のモノが、圧力を伴って那生の中に存在を大きくしていった。  痛みに耐えるよう唇を噛み締めていると、神宮の顔が近づいて口づけをくれた。優しく、深く口淫を繰り返されていると、下半身に受ける痛みが紛れ、神宮のモノが根元まですっぽりと収まった。 「た、まき、入った……? 俺、ちゃんと、できてる?」  虹彩に溜まっていた雫が溢れて流れ落ちると、シーツへ吸い込まれていった。 「……ああ。めちゃくちゃ気持ちいい、那生の中は柔らかくて温かい。ずっと、このまま入っていたいよ」 「嬉し、環……もっと俺で感じて。俺しかいらないって思えるくらい、俺の中に、環を刻んでほし……い」 「っお前──。俺をこれ以上煽るなっ。俺はお前を傷付けたくないってのにっ」  快楽を上り詰めることを控え、苦しそうにしている神宮を目にした那生は、自身の腰を揺らしてみた。 「ね、環。これ、気持ち……いい? 俺……初めてだから上手く──」  言い終えないうちに、ぎこちなく腰を動かす那生の細い腰は大きな両手で掴まれると、耐えきれないといった様子で神宮が下半身を猛烈に前後させている。  肌と肌がぶつかる音と、二人分の甘い吐息が立ち込める部屋に、那生の口からは自分の上にいる男を求める言葉を発していた。 「環、たま、き。奥が、お腹の奥が変な……だ」  那生の言葉で神宮の動きのスピードが増し、「なお、なお、好きだ、那生……」と、切ない声で何度も名前を呼ばれた。  会えない間にこの声をどれほど欲し、どれほど焦がれたか。  那生は嬉しさと、初めて知った快楽で頭の中が真っ白になった。  それでも神宮のリズムに合わせ、お互いの心臓を重ねていると腹の底の方が疼いて、我慢できない快感を生み出そうとしてくる。 「ああぁ、たま……き。好き、好き……ずっと、んっ、ん」 「なお、お前と……ずっとこうしていたい。お前の中、気持ちよすぎる……。俺も、イキそう……だ」  蜜熟した汗を撒き散らし、二人の嬌声が止まらない。 「あん、あぁん、もう、もうでる、出ちゃう、よ……環、たま、き……ああっ」 「うっ、くうぅ……なお、那生……愛してる」    絶頂を味わい終えた二つの体は、どちらの心臓の音かわからないほど、二つの心音が激しく重なっている。  那生の上で果てた神宮が、髪を撫でながら慈しむように那生の瞼にキスをした。次に頬、最後に唇へ。  しっとりした神宮の胸に顔を埋めると、那生は急に恥ずかしくなった。  俺、初めてだったのに感じまくっていた気がする……。  顔を上げられずにいると、額に唇が触れた。反射的に顔を上げると、優しく微笑む愛しい男の顔があった。 「環……たまき……」  たまらなくなって抱きつきながら、何度も名前を呼んだ。  高校の三年間、大学の六年間。ずっと忘れようとしても忘れられなかった大好きな人。  焦がれた腕の中にいることが夢のようで、那生は確かめるように環……と、名前を呼んだ。 「この先もずっと、俺の名前を呼んでくれ。その度に俺はお前の気持ちを感じられるし、那生と一緒に幸せになることを何度も誓える。一生、那生しかいらない。お前だけいてくれれば、俺は最高な人生を送れるんだ」  頬を撫でられながら言われると、「これ以上ない宣誓だな」と、那生も微笑んだ。  これから先、神宮が苦しかったり辛い時、そばにいて手を差し伸べるのは自分でありたい。   言葉にしなくてもきっと神宮も同じ気持ちだと思える。  それぞれが過ごしてきた長い片想いの時間。その間に培われた想いが緩徐に染み込んでくるのを実感していた。  窓の外からは柔らかな月明かりが差し込み、美しい輝きは見つめ返してくれる眼差しに似ていると思った。  近くて遠い場所から眺めていた想いは優しく受け止められ、少しくすぐったく感じる。  募る想いが神宮に透けて見られているようで恥ずかしくなった那生は、逞しい腕に自分の腕を絡めて隠れるように目を閉じた。

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