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第11話
昼食後、聖斗は残っていた洗濯を終わらせた。色柄物とタオルやシーツも分けて、合計三回。さすがに全ては干しきれないし、この天気だ。乾燥機能を使って乾かし、クローゼットや箪笥にしまった。
あとはゆっくりと時間を過ごした。
二ヶ月ぶりの逢瀬。
しきりに反省する瑠生を聖斗が宥めるという遣り取りを何度か繰り返し、今回のことはもう幕引きにしようと決め、ただ他愛ないことで笑い合った。
夕食も聖斗が作り、それを二人で食べたあと、瑠生はゆっくりと入浴した。
病院では基本的にはシャワーを浴びるだけだったので、湯船に浸かるのは久々だ。心と体の疲れが軽くなっていくような心地よさがあって、自然と表情も柔らかくなる。
傷に防水テープを貼って体の隅々までしっかりと洗うと気分も上がり、自分が新しくなったような不思議な気持ちになった。
瑠生が風呂から上がったのを見届けた聖斗はそろそろ帰ろうと腰を上げた。
退院したばかりで疲れただろうから、あまり長居はしない方がいい。
だが、瑠生がその腕を掴んだ。
「……行くなよ」
「けど」
「……今日は、側にいてほしい」
自分からこんなことを言うのは初めてで、瑠生の心臓がどきどきと早鐘を打つ。
断られたらどうしようと不安になったが、聖斗は相好を崩した。瑠生から求められて嬉しくないはずがない。
「わかった。じゃあ今日は泊まるな」
「うん」
瑠生はほっと息をついた。
よかった、迷惑じゃなかったと安堵する。
「なら、俺も風呂入ってくるわ」
「ああ」
聖斗がタオルを持ってバスルームに消えるのを見送った瑠生はあることを決心していた。
聖斗が風呂から上がり、二人は寝室へ移った。
時間はまだ九時過ぎだったが、病院では九時になると部屋の照明が消され、十時には完全に消灯となる。不眠症の改善のため、その習慣を続けることにしたのだ。
聖斗がリモコンで照明をオレンジ色の保安灯に切り替える。
「これをしばらく見てればいいのか?」
「先生がそう言ってたんだ」
「ふうん、なら何か効果があるんだろうな」
リモコンをサイドテーブルに置いた聖斗に、瑠生は後ろから抱きついた。
「どうした?」
瑠生は心臓が口から飛び出そうなくらい緊張しながら、小さく言った。
「……抱いてくれ」
聖斗は驚きで目を見開いた。
「お前が嫌じゃなかったら……」
こわごわと窺うように言う瑠生に、聖斗は嬉しさと切なさを感じる。
「嫌な訳ねぇだろ」
瑠生の手を外して向かい合うと、聖斗は瑠生に口づけた。
「……お前は、セックスは好きじゃねぇと思ってた」
「そんなことないけど」
「でも、お前からしたいって言われたことなかったから」
「それは――俺がしたいと思った時、いつもお前の方からそういう雰囲気作ってくれたから、言う必要なかっただけで……」
言い訳がましいかと思ったが、それが本当のことだから他に言いようがない。
聖斗はそんな理由だったのかと驚いたあと、ほんの少しだけほろ苦い笑みを浮かべた。
自分たちは互いに臆病だったのだろう。
きちんと確かめていれば、すれ違うことなどなかっただろうに。
いつか、こんなことがあったなと笑い話にできればいい。それくらい、この先もずっと一緒にいられたら。
そんなことを思いながら、聖斗は瑠生をベッドに座らせた。
ちゅちゅと口づけながら、瑠生のパジャマのボタンを外す。
あ、と瑠生が自分の体を隠した。
「……見ないでくれ」
痩せてしまった体は肋骨が浮き出ていて、貧相でとても見せられたものじゃない。
「……みっともないから」
辛そうに言う瑠生に聖斗は胸を痛めた。
「大丈夫だ。そんな風には思わねぇよ」
「でも」
「今は気にするな。痩せちまった分はこれから取り戻してけばいい。俺も協力するから」
安心させるように聖斗は言ったが、瑠生はまだ抵抗があるようだ。
「わかった。じゃあ、見ねぇから」
聖斗は怪我をした右足が上になるように瑠生を横向きに横たえた。さっとスウェットを脱ぎ捨て、自分はその後ろ側に回る。
後ろから抱き込むようにして瑠生のパジャマを脱がし、ズボンと下着を足から抜き取った。
「俺に寄りかかっていいぞ」
「ん…」
「少しこっち向けるか?」
瑠生は聖斗に体を預けるようにして後ろ向きに首を回した。
聖斗が瑠生に覆い被さるようにして、その唇にキスをする。
唇をなぞるように柔らかく食んだあと深く合わせると、瑠生の体がふるっと震えた。
少し体が強張っているのは緊張か、それとも不安なのか。
聖斗はいつも以上に優しく、丁寧に瑠生を愛撫した。
怪我をした足に負担がかからないよう気をつけながら、瑠生の反応を見て、心と体を開いていく。
瑠生の口から甘い喘ぎ声が洩れるようになると、聖斗もぐっと昂ぶった。
横向きで寝たまま後ろから一つに繋がると、瑠生は官能の吐息を零した。
聖斗から愛されているという実感が、体中を満たしていく。
背中に感じる熱いほどの体温と、自身の中で脈打つ聖斗の熱情。
それが、絶望の淵を落ちていった瑠生の心を掬い上げる。
互いに欲情を吐き出すと、二人は向かい合って抱きしめ合った。
もう不安はなかった。
互いを求め合い、愛し合った二人には確かな絆が再び結び合わされていた。
「大丈夫か? 足痛くねぇか?」
「ん、平気だ」
どこか照れたように頷く瑠生が可愛らしい。
聖斗は瑠生の体を拭き清めると、改めてシーツを取り替えて瑠生を横たわらせた。
体力を失っていた瑠生は一度だけの交わりでも相当疲れてしまったようで、ぐったりとしている。
「ホントに大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだ」
水を飲んでしばらく休んだあと、瑠生はサイドテーブルの上の薬袋を手に取った。
「……睡眠薬か?」
「ああ、っても、ごく軽いやつだ。お陰であんまり効果ないけどな」
それでも飲まないよりはマシだから。
本当は聖斗には知られたくなかったが、もう仕方がない。薬を飲んで、瑠生はぴったりと聖斗に寄り添った。
優しく抱きしめられると、これまでにないほどの安心感に包まれる。
オレンジ色の灯りを見ながら、ただ黙って時間が流れていくのを待った。
沈黙が苦ではなかった。
むしろ、そこに聖斗の思いやりを感じて。
少しずつ瑠生の目蓋が落ちていく。
やがて、その意識は完全に眠りの中へと沈んでいった。
翌朝、瑠生はぱちりと目を覚ました。
薬の効果が切れたのだ。
こうなると、もう一度眠ることはできない。
時計の針は午前四時すぎを差している。
随分と頭の中がすっきりしていた。こんなに熟睡したのは本当に久しぶりだ。
瑠生は体を起こし、隣に眠る聖斗に目を遣った。
こんな風に寝顔をじっくり見るのは初めてかもしれない。瑠生は低血圧で寝起きが悪く、いつも聖斗の方が先に起きていたから。
眠っていると普段より幼く見えるな、と思った。
聖斗はわりと強面の男だからか、いつもは自分より年上のように感じるが、こうして見るとやはり年下なのだ。
それなのに甘えっぱなしだった。
本当に申し訳なかったと反省するばかりだが、昨日、今回のことはもう蒸し返さないと約束したから、その気持ちは胸に秘めておく。
その代わり、これからはもっと聖斗を大切にしようと決めた。
自分にとってかけがえのない、唯一の人だ。
「好き」と「ありがとう」をちゃんと伝えて、自分も聖斗のためにできることをしていこう。
瑠生はカーテン越しに差し込む光を感じた。
ほんの少しの光だが、それでも部屋の中をうっすらと照らしている。
誰かが言っていた。
どんな暗闇にいたとしても、明けない夜はないのだと。
――ああ、夜明けだ。
辛く苦しい時間は終わった。
また新しい日々が始まるのだ。
瑠生が感慨に耽っていると、もぞもぞと聖斗が動いた。
ゆっくりとその目が開く。
「悪い、起こしちまったな」
「……いや」
聖斗は二、三度、瞬きしたあと、ふわぁと大きな欠伸をした。
「……もう少し寝れるか?」
「薬が切れたから無理だな」
「……そうか」
聖斗は少し考えてから、両腕を瑠生へと伸ばした。
「なら、俺の抱き枕になってくれ」
瑠生は目をぱちくりとして、それから顔を綻ばせた。
聖斗は無意識なのだろう。それでも自分のことを気遣い、負担にならないような言葉でいたわってくれる。
聖斗に出会えたこと、好きになってもらえたこと、全てに感謝の気持ちが湧き上がった。
瑠生はその幸せを噛みしめながら、聖斗の腕の中に収まった。
きゅっと抱き寄せられ、その胸に顔を埋める。
とくんとくんと規則正しい鼓動が聞こえた。
心音は人を安心させる効果があるらしい。
生きている、と実感した。
生きていると辛いこと、苦しいことはたくさんある。正直に言えば、死んだ方が楽だと思ったこともあった。
けれど、生きていてこそ気づけることもあるのだ。
まだ三十年にも満たない人生だが、頑張って生きてきて良かったと瑠生は思う。
そして、これからも生きていく。
大切な人と共に。
瑠生は聖斗の息遣いを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
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