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エピローグ

 週が明けた月曜日、瑠生は職場に復帰した。  同僚や上司がとても喜んでくれて瑠生は驚いた。誰も自分のことなど気にしていないと思っていたが、それは瑠生のただの思い込みだったらしい。  自分が気づこうとしていなかっただけで、本当は自分を見てくれている人はいたのだ。  過去の経験から卑屈になっていたんだな、と改めて思う。  今回のことは本当に辛かったが、その中にも気づきがあった。  光と影は表裏一体だ。  辛いことばかりに目を向けず、そこから得られるものを探すのが大事なのだろう。  その週末、瑠生は聖斗にある提案をした。 「あのな、前に一緒に住もうって言ってたことなんだけど」 「……ああ、それなら別に無理しなくても」 「違うんだ。あの時は何でかすごく恥ずかしくなって、つい心にもないこと言っちまって」  そう、本当はあんなことは思っていなかったのだ。照れ隠しが随分ときつい言葉になってしまって自分でも後悔していた。 「その、お前が今もそうしたいと思ってくれてるなら……一緒に暮らさないか?」  言い終わる前に、瑠生は聖斗にきつく抱きしめられていた。 「めちゃくちゃ嬉しいよ」 「……そうか」  良かった。何を今更、と言われたらどうしようかと少し不安だった。そんなことはあるはずないと思っていても、人の心は弱いから。 「じゃあ早速、物件探しだな」  聖斗が嬉々としてパソコンを開く。  瑠生はそれを横から覗き込んで、あれこれ話し合いながら進めていった。  その中でLGBT専門の不動産仲介会社があることを知った二人は、サイトで色々な物件をチェックしたあと、実際に店舗を訪れてみた。  担当者が親身になって相談に乗ってくれたお陰で、一ヶ月後には納得できる物件を見つけることができた。  そして、九月の中頃に引っ越しが決まった。  少しずつ身の回りの物を整理して、新しく必要な家具も見て回った。  その一つがベッドだ。  二人とも背が高いので、いっそのことキングサイズを買おうということになったのだ。  瑠生は通販でと思ったが、聖斗が実際の寝心地などを確認したいと主張して、それもそうだなと悩んでしまった。確かにマットレスは実物を体感した方が決めやすい。  だが、男二人でインテリアショップに行くのは、と言った瑠生に聖斗は驚きの事実を告げた。 「俺、恋人が同性だって公言してあるから」 「は!?」  ――何だ、それは。どういうことだ。 「そんなこと聞いてないぞ!」 「あー、言うの忘れてた」 「忘れてたって……」 「いや、だって言えば怒ると思って」  聖斗がぽりぽりと頭を掻く。 「就職したばっかの頃さ、よく合コンに誘われたんだけど、いちいち断るのが面倒でな」 「それ、言って大丈夫だったのか…?」 「まあ、離れてった奴もいたけど、大したことねぇよ。たまに飲みに行くくらいの同期とか同僚なんかより、お前の方が大事だからな」  呆気に取られる瑠生とは対称的に、聖斗はあっけらかんと笑って見せた。 「悪いことばっかじゃなかったぜ。理解してくれる人とか、応援してくれる人もいたしな」  何て強いんだろう。  瑠生は素直に感心してしまった。  聖斗はいつも自分にとって何が大切か、何を優先すべきかをきちんと決めているのだ。 「だからさ、俺は全然、気にしねぇよ」 「……そうか」  ――それならいいか。  聖斗から思わぬ事実を明かされて驚いたが、それなら自分も気にする必要はないかと瑠生は思い直した。  今まで外で気を使ってきたのは聖斗のためだ。瑠生自身は他人からの評価はさして気にしないから、聖斗がいいなら外でも恋人らしく振る舞うのも構わない。勿論、照れくさいとは思うけれど。  少しずつ慣れていけばいいのだろう。  そう思ったら、何だか肩の荷が少し軽くなった気分だ。  それならば、と後日、二人はベッド販売専門店に行ってみた。  国内、国外の有名ブランドのベッドがずらりと並んだ光景は圧倒的だった。  ざっと見て回ったあと販売員に話を聞いてみると、キングサイズは搬入に気をつける必要があるとわかった。  二人が入居を決めた賃貸マンションは2LDKで、大きなベッドが入るように主寝室が広いところを選んだが、搬入のことまでは考えていなかった。  そこで、二人は最終的にセミダブルのベッドを二つ並べることにした。ホテルタイプのものだと二台をぴったりと隙間なく付けられるのだ。そうするとキングサイズより大きくなり、長身の二人でもゆったりと寝られる。  マットレスも自分たちの好みに合わせて選ぶことができたので結果は大満足だ。  勇気を出してみると案外うまくいくものだと瑠生は新たな発見をした気持ちだった。  他にも二人用のダイニングテーブルや広いリビングに合わせた大きめのソファ、テレビも大きなものを買ったし、テレビ周りには大きな収納棚を用意した。  そうして九月、引っ越しを無事に終えた二人の新しい生活が始まったのだった。 「ただいま」 「おかえり」  残業で帰りが遅くなった瑠生を、聖斗はキッチンで夕食を作りながら待っていた。 「お、美味そうな匂い」 「もうすぐできるから着替えてこいよ」 「ああ」  促された瑠生は寝室に行き、スーツを脱いで部屋着に着替えた。  リビングに戻ると、ダイニングテーブルに料理が並び始めている。  テーブルの真ん中で大皿に盛られていたのは蓮根を使った焼き野菜のシーザーサラダだ。 「蓮根か。もうそんな時期なんだな」 「ああ、ちょうど出始めてて、良さそうなのがあったから買ってみた」  蓮根と人参、かぼちゃを五ミリ厚で切ってオーブンで焼いたものを、マヨネーズとヨーグルトを使ったお手軽ソースで和えてある。グリーンリーフを敷き、粉チーズを振っているので彩りも鮮やかだ。  それにたたき長芋とめかぶの梅和え、きのこたっぷりの味噌汁と続き、メインは魚が好きな瑠生のためにイナダの生姜焼きが用意されていた。 「すごい美味そう」 「じゃあ食べるか」  向かい合って座り、手を合わせる。 「「いただきます」」  瑠生はまずサラダに手を伸ばした。  蓮根のサラダは珍しいと思ったからだ。  一口食べると、酸味とコクのあるシーザードレッシングが香ばしく焼かれた蓮根とよく合っていた。 「へえ、蓮根って洋風にも合うんだな」 「だろ?」 「美味いよ。いつもありがとうな」 「どういたしまして」  いつか瑠生に食べさせたいと思っていたから、口に合ってひと安心だ。 「そういえば、今度またクレーンゲームでポララの新作ぬいが出るんだ」 「そうなのか」 「取ってきてくれよ」 「いいけど。なら一緒に行こうぜ」  瑠生は少し考えてから、まあいいか、と頷いた。ゲームセンターはガチャガチャしていて苦手だが、クレーンゲームをやるだけなら短時間で済むだろう。  ちなみに以前、聖斗が取ってきたポララぬいは寝室のサイドテーブルの上に飾ってある。 「ついでに映画でも観るか?」 「いいな。何だっけ、あの殺し屋が主役のシリーズもの」 「ああ、あれな。今回は日本も舞台になってるって」 「マジか。じゃあ、それにしよう」 「帰りに何か食ってくるか?」 「そうだなあ、たまには焼肉でも行くか」 「珍しいな」 「アクション映画観たら、腹減りそうだから」 「ははっ、確かに」  とんとん拍子に次の休日の予定が決まっていった。  何でもないような日常を、何でもないように過ごしていく。  けれど、それが当たり前ではないことを二人はもう知っている。  この一瞬一瞬を大切に生きる。  そうして、どちらかの命が尽きるまで側にいられたらと二人は願っていた。
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