1 / 4

第1話

「おはようございます、先輩」  柔らかく弾む声に、俺はぼんやりと目を開けた。  俺の視界を覆っているのは、色素の薄い髪の毛と整った顔立ち。 「よく眠れましたか?」  ぼんやりと宙を眺めていると、声の主は俺の頬を優しく撫でた。 「昨日は留守にしてごめんなさい。食事やトイレは大丈夫でしたか?」 「日野……」  俺が名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに微笑んで唇を重ねてきた。  しっとりと俺を覆うその感触は六年間慣れ親しんだもので、無遠慮に舌が割り込んでくるのも変わりない。  俺に触れるのが嬉しくて嬉しくてたまらない、そう言っているかのようだ。 「ん……、…っ。……左腕だし……、別に上げ膳据え膳してもらわなくたって」 「でも、やっぱり不便でしょう。ごめんね、先輩」 「……おい、……どこ触って……」 「先輩……」  パジャマの上から不穏な手が伸びてくる。 「ん、ばか…っ。朝っぱらから、何盛ってやがる」  朝日がカーテンから覗く時間帯から流されてはいけない、と、俺は足で日野を蹴飛ばした。 「いたたっ。もう、先輩は乱暴なんだから」 「うるさい」  日野に弄られて熱を帯び始めた身体を必死でなだめながら、俺は冷静に言う。 「着替え」 「ハイハイ。結局こき使うくせに」  ニヤニヤ笑いながら囁く日野を、俺はもう一度足蹴にした。  何故、日野が俺の寝起きに立ち会っているのかというと。  そもそも、俺が寝ているのは自分のベッドではない。  病院のベッドでもない。  ここは日野のマンションなのである。
ロード中
ロード中

ともだちにシェアしよう!