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第4話

 日野の言葉をガクガク震えながら聞いていた俺に、けれども恋人は頭を撫でてくれた。 「でも、これが紛れもなく、僕の招いた結果なんです。誰に押し付けるわけでもなく、僕自身が責任をとるべきことなんです。会社にまで損害を与えた分、それ以上に仕事で頑張るしかありません」 「損害分、取り戻せるのか…?」 「取り戻してみせます。利益も、皆からの信頼も。何ヶ月、何年かかっても、必ず。それが社長の息子としての、僕の責任の取り方だと思っています」 「日野……」  今まで年下の頼りないボンボンだと思っていたパートナーは、いつの間にこんなに男前になっていたんだろう。  俺は胸が締め付けられる思いで、日野の顔を見つめた。  引き締まった彼の頬には僅かに笑みが浮かんでいて、日野は照れくさそうに言う。 「ああ、やっと言えた。……先輩を傷つけないように黙っていたつもりなんですけど、やっぱりどこかで隠してるっていうストレスが溜まっていたんですかねぇ」 「あの、美香って子は、いま……?」 「ああ、彼女なら今頃彼氏と海外旅行に行ってるんじゃないでしょうか」 「ほえぇっ!? 彼氏? お前と別れてから、まだ何週間も経ってないんじゃ……!?」  若い子は、それだけ新しい恋に落ちるのも早いってことなのか?  度肝を抜かれた俺に、日野は困ったように笑う。 「ああ、いえ、それが、どうやら僕と婚約する前から三股かけてたみたいで」 「な……っ、なんじゃそりゃー!?」  思わず大声を出した俺に、日野はどうどうと宥めた。 「まぁ、僕との婚約中も二人の彼氏と付き合ってたみたいですし、結婚後も彼らと別れるつもりはなかったようですね」 「お、お前、それを知っていて、あの子と結婚しようとしてたのか!?」  金持ちの思考っちゅーのは、どうなってんだ!?  憤慨した俺は、「あ!」と思いついた。 「ちょっと待て。お前、彼女の浮気証拠持ってるのか?」 「ええ、まぁ。婚約する前に身辺調査させてもらいましたから、写真を数枚ほど」 「だったら、それを相手の会社に見せればいいんじゃないか? 婚約する前から彼女のほうが裏切ってたんだったら、取引だって……」  日野は「シー」と長い指を俺の唇に当てた。 「……ひの?」 「でもね、ダメなんです。それとこれとは、話が違う。彼女が裏切っていたのは事実ですが、僕だって最初から彼女を裏切っていた」 「………………」 「僕の心の中は、この六年間いつだって貴方でいっぱいなんです」  日野は俺の体をきゅうと抱きしめ、 「彼女の三股と、僕の婚約解消は、別物なんです。こんなに酷いことをしておいて、僕の責任をすべて彼女に押し付けるようなことは出来ない。したくない」 「あ……」  それはお人よしすぎるんじゃないか、と俺は思う。  思うけれど……。  でも、やっぱりこいつは、めちゃくちゃ良い男だと思った。 「ごめんなさい、先輩。僕のせいで、色々心配をかけてしまって」 「バカ、なに謝ってるんだよ。大体、謝らなきゃいけないのは俺のほうだろ」  お前と違って、器の小さい自分が恥ずかしい。  悔しい。  情けない。  お前はこんなに頑張っているのに、俺ときたらお前に甘えてばかりじゃないか。  なにひとつ、してあげてないじゃないか。  唇を噛む俺に、日野はふわりと微笑む。 「先輩は、存在してくれてるだけで俺の癒しですよ」 「な……っ、バカ、どの口が言う……」 「本当なんです。どんな状況になっても、先輩がいてくれるから頑張ろうと思える。そんな恋をさせてくれる貴方に、感謝してもしきれない」 「う……」  こいつは、どうしてこう恥ずかしいセリフを平気で口にするのか。  俺は顔に血が上るのを感じながら、固定された左腕を見つめた。 「……俺も」 「ん?」 「俺も、リハビリ頑張る。絶対治して、またボードやるんだ。俺に出来るのはそれくらいしかないけど、ああ、こいつが日野の恋人かって、なかなかやるじゃんって思われるくらい、お前の恋人として恥ずかしくない男に成長したい」 「先輩……」  俺はキッと顔を上げて、日野を視線で射抜いた。 「日野、お前が俺の怪我に対して負い目を感じているのは知ってる。だけど、俺だって言わせてもらう。これは俺自身の責任だ。お前が憂う必要なんか、どこにもない」 「先輩、……カッコいい」 「バカ、お前の言ったことほとんどそのままだ」  目に星をキラキラ浮かばせて見つめてくる日野に、俺は気合を入れて頷いた。 「怪我した分、チームの仲間にも遅れをとってるけど、絶対挽回してやる。向井にだって負けない」  俺がチームメイトの名前を出した途端、日野の目が違う意味でキラリと光った。 「そういえば、先輩。僕より向井さんのほうが大きいって喜んでいたんですって?」 「え…、……え?」  気合を入れたはずの俺の目が泳ぎまくる。 「欲求不満だったんですって?」 「え、あの、……それ、は……。な、なんで日野が知って……」 「向井さんが教えてくれました」  あ、あんのクソバカ熊男~!!! 「だ、だって、あの時はお前と別れた状態だったから……っ」 「そんな言い訳が通用すると思ってるんですか」 「お前だってあの女とヤッてたくせに!」 「ヤッてません」 「ふぇ? 婚約までしといて!?」 「抱こうとしても勃ちませんでした。僕が貴方以外の人間に欲情するはずないでしょう」 「な……っ、え? そうなの?」 「というわけで、お着替えはお仕置きの後ですね」 「や……っ、やあぁぁっ。ごめんなさいーーーーーっ」  慌てふためく俺に、日野は「浮気する気も起きなくなるくらい、毎日搾り取ってあげる」と爽やかな笑顔で言い放ったのだった。 <end>
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