3 / 4

第3話

「いつまで泣いているの?」  ホラ、と頭にかぶせられたのは、日野の家のフェイスタオル。  白くて毛の長いそれは、顔を上げた俺の涙をふんわりと吸い取ってくれた。 「ひ、の……」 「もう、そんなに可愛い顔しないで下さいよ」  ……って、お前、俺の言ったことちゃんと聞いてたのか、このやろう。  日野は苦笑しながら、俺の顔をタオルでこすると、頬をぺろりと舐めてきた。 「ん……」 「ごめんなさい、先輩。入院中にあれこれ言うと、治療に専念できないんじゃないかと思って、黙ってたんです。まさか、そんなに泣くほど心配してたなんて……。本当に、ごめんなさい」 「それって……、結局、どうなわけ」 「別れました」 「え……」  凍りついた俺に、日野はもう一度繰り返した。 「美香とは、婚約を解消したんです」 「……………」  それは、俺があんなことを言ったから?  だから、式まで決まっていた婚約を、解消したっていうのか。  そんな簡単に……。俺が、二人を傷つけたのか。 「でも……、だ……っ、それ、は……。あの子、は……」  日野は自分の頬を指差すと、目を伏せました。 「当然ながら、引っぱたかれました。ゲイなんて最低、とも叫ばれましたね。あと、ウチの会社との取引をパパにお願いして止めてやる、とも言っていました」 「……………ッ!!!」  俺は勢いよく起き上がると、顔面蒼白になった。  まさかとは思っていたが、あんな若い女と結婚するなんて、やっぱり取引相手の娘だったんだ。  心臓がバクバクと騒ぎ出す。額にじとりと嫌な汗が滲む。  ど……、どうしよう。どうしよう。どうしよう……。  俺のしたことが、こんなに大事になってしまうなんて。  もう個人の話なんかじゃない。日野の父親の経営する会社にまで被害が……。  日野は俺の顔色を見て、表情を曇らせた。 「ああ、やっぱり。そんな顔をすると思っていたから、黙っていたんです。僕がゲイだということはカミングアウトしましたが、貴方の名前は出していません。蓮見先輩は、何も心配しなくていいんですよ。ね、落ち着いて」 「そういう問題じゃない! 落ち着けるか、バカ!!!」  いや、バカは俺だ。  のほほんと日野に甘えるだけ甘えて、自分は一体何をしでかしたんだ。  どうしたら償える。  俺に会社の損害を埋められるだけの金なんかあるはずもない。  いや、それでも、少しずつ償うしか……。  頭の中がグルグル回って、船酔いを起こしそうだ。 「ごめん、日野……っ! 俺、なんてこと……」 「だから、何をバカなことを言っているんです? これは僕自身の弱さが招いた結果で、貴方が責任を感じる必要なんてどこにもないんですよ」 「でも、だって……、あの子、お前と結婚するつもりで……、お前の会社にまで迷惑が……っ」 「ええ」  日野は整った顔立ちに陰りのある笑みを浮かべ、軽く溜息をついた。 「まぁ、損害は損害ですが、莫大な、というわけではありません。もともと両親はこの縁談に乗り気ではなかったですし、相手の会社がウチにぶら下がりたい格好でしたからね。……まぁでも、どっちにしろ、あのとき結婚を焦っていた僕に丁度良い年齢の相手が美香しかいなかったわけですが……。取引はパアになって、父親にはガッツリ叱られるし、従業員からも白い目で見られるし、正直、いま会社では針のむしろ状態です」 「……………っ」
ロード中
ロード中

ともだちにシェアしよう!