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最終話
リフォームが終わった三毛屋は凛と背筋を伸ばしているように見える。屋根や壁は前と同じ色にしてもらったのでまるで時間が巻き戻っただけのような錯覚を憶えた。
子どものときから慣れ親しんだ三毛屋はいま新しく産声をあげる。
「やっとだね」
女将の言葉にうんと頷いた。ここからだ。ここから三毛屋は本当の始まりになる。
リフォームをしている間、他の従業員たちは宝条家が所有するホテルや施設で働いてもらっていた。お陰で新しい発見や知見が広がり、それぞれ成長した姿を見せて帰ってきてくれた。
父は正式に社長を三毛に譲り、隠居することになった。それでもなにかと口を出してくるのでそれは性分なのだろう。
リフォーム初日の予約は満室だ。
イリヤの提案の通りに駅まで車で迎えを寄越したり、部屋をファミリー向けにしたり、段差をなくしたりと現代にあった造りにしているお陰だろう。
麓では着々とテーマパークの工事が進み、二年以内には完成する予定らしい。
それまでここを守らなければならない。せっかくイリヤと氏家に手助けしてもらったのだ。ここで踏ん張らなければ本当にただの能無しになってしまう。
「そう肩肘張るな」
ぽんとイリヤに肩を叩かれると余計に力が入る。
「それは無理だよ。俺の肩には従業員みんなの生活がかかってるんだから」
「私たちもおんぶにだっこをしてもらおうなんて思ってないわよ」
女将の悪戯っぽい笑みに下を向いた。向こうの方が働いている年数が違う。経営者としては青二才だし、不安にさせてしまっているのはわかっている。
だからこそ責任が重くのしかかる。
(父さんもいつもこんな気持ちだったのかな)
客のため、従業員のためと四十年間奔走してきた父の重責を改めて感じる。三毛には厳しかったが、お客様が来ると愛想よく笑っていた。
手のひらを返したような態度に腹が立つこともあったが、いまなら父の気持ちがわかる。
「三毛はどんと構えていればいいんだ」
「そんなこと言われても無理だよ。イリヤじゃあるまいし」
「上が不安そうにしているとそれが下にも広がる。胸を張って前を見ろ。三毛の隣に誰がいると思ってるんだ」
王者の貫禄のある笑顔にきゅうと胸が甘く疼く。
イリヤはシュペルユールを退社した。
テーマパークができるまでの間、三毛屋の手伝いを買って出てくれた。経営コンサルタントという立場に近いらしいが、どんな肩書にせよイリヤが隣にいてくれるなら心強い。
(こういうとき頼りになるんだよな)
耳がぴょこんと顔を出すと女将が笑った。
「社長、耳しまってちょうだい」
「これはイリヤが悪い」
「俺はなにもしてないだろ」
悪戯っぽく笑うイリヤにまたときめいてしまう。今度は尻までムズムズしてきてしまい、慌てて呼吸を整える。
振り返ると従業員総出が三毛屋の前に並んでいる。初日を迎える今日は全員で出迎えようと決めていた。
気持ちがぐっと引き締まる。
「今日からみなさんよろしくお願いします」
気を取り直して従業員みんなにお辞儀をした。小さいときから慣れ親しんだ顔のなかに新しい人もいる。
三毛屋を守りたい。
決意を固めると三角耳がぴんと伸びる。
隣にいるイリヤを見上げるとやさしい笑みを返してくれた。
最悪な出会いを払拭させるような大好きな顔にゆるゆると頬が垂れてしまう。それをどうにか引き締めて、顔を上げると春を告げる温かい風が桜の花びらを乗せて上空へと昇っていった。
「いらっしゃいませ、三毛屋にようこそ」
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