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スモーキーミルク【1】
「……タバコ、吸いてぇなぁ」
春の美しい青空を見上げて八尋 は呟いた。
しかし空と八尋の間は巨大なガラス窓で隔たれている。五十センチ角の格子窓はモダンで最先端な建築デザインなのかもしれないが、八尋には檻にしか見えない。その巨大な“檻”には高そうなソファや調度品が置かれ、一見リゾートホテルのロビーのようだ。
その燦々と日が差し込む明るい空間で蝶のように気ままに過ごす青年たち。年の頃は十代半ばから二十代半ばまで約二十名。皆、見目麗しい青年ばかり。そして皆、首にチョーカーのようにネックガードをつけていた。八尋も同じだ。
「ミハシさーん! 会いたかったぁ!」
十代後半らしき少年が媚びた声を出し中年の男に抱きついた。
「ユウ君、僕も会いたかったよ。昨日やっと帰国できてね……」
抱きつかれた中年男はくにゃりと目尻を下げ、息子と言っても不思議ではないほど若い少年の腰を抱く。二人は久しぶりに会った恋人のようにベタベタとくっつきながら奥の廊下へと歩いて消えていった。
八尋は不快感が顔に出ないように努めながら、誤魔化すようにアイスハーブティーのストローを噛んだ。
なんのハーブなのかよく分からないが、何やらノンカフェインでオーガニックでデトックス効果があるとかなんとか。
草っぽい匂いが去年実家で草取りをした時の記憶を呼び起こす。母親に頼まれて仕方なく妹と口喧嘩をしながら作業したのだが、作業後のビールは格別だった。母親が作ったギトギトに胡麻油が入ったキュウリとイカの和え物をつまみにして。今思えば実に平和だった。
「つまらなさそうですね」
笑いを含んだ声で話しかけられ、八尋は顔を上げた。
「やあ、環くん」
八尋が気の抜けた挨拶をすると環はさらにクスリと笑い、八尋が座るソファの隣に座った。
環は小柄で目がくりくりとした美少年だ。いや二十三歳だと言っていたのでもう少年と言うには失礼だろう。しかし、女の子に見間違えるほど可愛い顔立ちをしている。
「どうです? ここにも慣れましたか?」
「いやぁ~、慣れることなんて無いと思うね」
「まあ、まだ二週間ですもんね」
「俺みたいなオッサンはいくら居ても場違い感が消えないよ」
「八尋さんはとても綺麗で『オジサン』とはほど遠いですよ」
「そんなお世辞、言わなくていいよ……」
八尋は高い天井を仰ぎ盛大に溜め息をついた。
自分はまだまだ「お兄さん」と呼ばれるべき分類だと思っていたが、こんなピチピチの若い美少年、美青年に囲まれたら、『オジサン』以外の何者でもないと感じる。
まさか自分がこんな施設に入るなんて……。
つい数ヶ月前までの八尋は想像すらしていなかった。
勤めていた会社は投げ出したくなるほど忙しい時もあったが、それでもその生活は「自由」だった。
自分で働き、食べ、帰る場所があった。だが今は、決まった時間に起こされ、出される食事を食べ、ここを出ることもできない。
自分の人生なのに自分の手には何一つ残っていない。そんな感覚がしていた。
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