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スモーキーミルク【2】

 この世界には男女の他にα(アルファ)β(ベータ)Ω(オメガ)から成る第二の性がある。  αは約一割の割合で生まれ、身体的にも頭脳的にも優秀な者が多い。  βは人口の大半を占め、ごく普通の男女と変わらない。  Ωはαよりさらに個体数が少ない。  そして、男性でも妊娠することが可能で、発情期(ヒート)にはフェロモンを発し、Ω本人の意思とは関係なくαを性交に誘う。  白駒八尋(しらこまやひろ)。現在三十一歳。  十二歳の時の性別検査でΩであると診断された。しかし思春期を過ぎてもヒートがくることはなく、十九歳で再検査した結果、Ωのホルモンが全く出ていないことがわかった。  体内に子宮は形成されているが、Ωとしての機能はほぼ果たせず、ほとんどβと変わらないと医師からは伝えられたのだ。  それを聞いて八尋は正直ホッとした。  学生時代はΩであるというだけでかなり苦労した。  小学校まで仲良くしていた友達は八尋がΩだと分かった途端、避けたり、からかってくるようになった。  高校大学でもヒートが無くてもΩと言うだけで一歩引かれ、逆に好奇心だけで寄ってこられたりで散々だった。  社会人として働く上でもヒートがあるΩはどうしたって不利だと分かっていた。だから『ほぼβ』と診断され八尋は嬉しかった。Ωの苦労モロモロから解放され、普通のβ男性と同様に生きていけるのだから。  Ωはヒート時にαにうなじを噛まれるとそのαと“(つがい)”となり、他の者と性交できなくなる。  意図しない番契約を避けるため、大抵のΩは首にネックガードをつけているが、八尋はその十九歳の時の診断後からはネックガードも外した。ネックガードはΩの象徴であり、着けているだけで差別されていると感じてきたからだ。  大学卒業後に入った会社ではΩであると報告しなかった。それから勤続九年。何の問題もなく過ごしてきた。  学生時代から一転、八尋がΩだと知らない会社の同僚たちは八尋に気さくに接してきて、八尋もまた気兼ねなく飲みに行ったり遊びに行ったりと、実に楽しい二十代を過ごした。彼女がいた時もある。  十代で出来なかった経験をして、自分は大人数で騒ぐのはそれほど好きではないのかもしれないと思いつつ三十代へと突入した。  そろそろ思い浮かぶのは結婚。  しかし自分は出来損ないのΩ。そんな男と結婚したいと思う女性はいるだろうか。  そもそもそこまで一緒になりたいと思う人が八尋自身にできるとも思えなかった。  ときどき自分の中の「空白」が疼く。  ヒートのない身体をありがたく思いながらも、どこかで「Ωとして認められなかった」と言う、説明のつかない虚しさが胸に残っている。  誰にも話せないその気持ちは、心の奥で小さな棘となって引っかかったまま、静かに年月を重ねていた。  そんな淡々とした日々が激変したのは三月半ばのことだった。

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