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第2話『comprehend』
ふと目を開けると、なんだか膜が張っているかのように、目の前が判然としない。
手の甲で目元を擦ると少しずつ視界がクリアになってくる。
なんだか長い夢を見ていた後のように、頭がぼうっとしていた。
靄 を払うようにかぶりを振っていると、隣から伸びてきた指先が遠慮がちに肩をつつく。
「大丈夫か? 三十分は寝てたぞ。要の好きな講義なのに珍しいな」
昨日は夜更かしか?と少し掠れた甘く低い声がそう続けて問いかける。
その声はどうしてか、今の自分をひどく泣きたい気分にさせた。
『要』
そうか、自分の名前は木戸要 だった。
なぜそんなことさえも、自分は忘れていたのだろう。
声をかけてきた男は、なおも心配そうに要を覗きこむ。
その男の耳にいくつもあいているピアスの先端が視界の端で揺れた。
ちりん。
ピアスから垂れたチェーンは音などしていないのに、耳の奥でちりんと再度音がした。
その瞬間、冷水を浴びせられたような衝撃が要を襲った。
「…………相原?」
震える声でその名を呼ぶと、男は怪訝な顔をして言った。
「俺の名前まで忘れたのか? これは相当寝ぼけてるな」
相原弦 は要の様子があまりにもおかしかったのか声を殺して笑っている。
段々と状況が要にも読み込めてきた。
どうやら自分は大学の講義中に居眠りをしていたようだった。
普段は真面目に講義を受ける要が、急に居眠りを始めたのでかなり驚いたと、相原は小声で言った。
よほど眠いのだろうと、相原が気を利かせて寝かせておいてくれたようだ。
けれど、いつまで経っても起きる気配のない要を、相原が揺り起こしてくれたようだった。
「あとで講義のノートいるだろ?
いつも熱心に聞いてるから、要のために珍しく俺が代わりに聞いといたんだぞ」
ということで感謝の奢りよろしく。
相原はそう人懐っこく笑いながら言い、駅前にできたばかりだというパンケーキ屋を指定した。
地毛のようにひどく馴染む、明るい相原の茶髪が楽し気に揺れる。
その様子を見るだけでまた、ひどく泣きたい気分になる。悲しくもないのにどうしてだろう。
「どうした、体調悪いのか?」
心配して要を覗きこむ相原の視線に大丈夫だと答えた。
自分でもうまく言葉にできないこの感情を、要は持て余すのだった。
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