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第2話
自然に口から零れた言葉だった。
深い意味なんてない。でもそのぶん、当たり前のように思っていた。
ハッとして見ると、アケミの頬は先程より赤みを帯びていた。
「ナチュラルに褒めてくれるなぁ。というか、君もやっばい綺麗だけど」
珍しく照れくさそうに話す彼が新鮮で、思わず向き直る。
「俺、君に攫われるならそれも良いかなって思ったんだよ」
「……っ」
そんな……。
何て返せばいいか分からず、固まってしまった。
本来なら自分を攫った相手を憎むべきなのに。アケミはただまっすぐ、愛おしそうに自分を見つめている。
そうだ、思い出した。彼のこの目……まるで「慈しむ」ような目なんだ。
「まぁついてきたら俺に用があったのは君じゃなくて、冥王様とかいう真っ黒な物体だったわけだけど。それでもここってパーティ三昧で飽きないし、しばらくはお世話になろうと思う!」
「……それだと俺も助かります。またなにかあればご用命ください。では」
部屋を出て、真っ暗な通路を歩く。何故か来た時より胸がずきずきしていた。
すごく重くて、熱い。訳分からないな……。
とにもかくにも、アケミのあの台詞が頭に残る。まるで「一目惚れ」したと口説かれたみたい。
意識したら尚さら顔が熱くなった気がして、洗面台で顔を洗った。鏡に映る自分はここへ来る前よりもずっと暗く、なのに青白く見えた。
自分でも分かるけど、表情筋とか死んでる。だから時々はちゃんと笑うのか、と驚かれたんだ。
もちろん俺だって笑う時もある。ここに来てから笑う機会がなくなっただけで。
「そっか……」
あの人と会って、久しぶりに笑ったんだ。
鏡に映る白銀の髪を指でつまみ、ほんの少しこそばゆくなった。
俺がこの城でやることはアケミの世話。そして主である冥王の執事として働くこと。今は毎晩開かれる宴の為に、人間が暮らす世界で美男美女を捜し歩いている。
冥王は刹那的で、大体一晩遊べば満足する。下手すると顔というより、この陰鬱で暗黒な世界に耐えられる精神力の持ち主を捜しているのかもしれない。今まで心身共に健康でいられた人間なんて一人もいないからだ。
そんな中、アケミはよくやってると思う。食欲は落ちないし、大酒飲みだし、まぁまぁ性にも奔放な方だ。
「これも今さらですけど、お付き合いされてる方はいないんですか」
「いたら君が現れた時に拒否ってるって」
「じゃあ、好きな人は」
「それもいない。いや、いなかった」
アケミは赤ワインを飲みながら、よく分からない生物の脚を酢漬けにしたものを食べた。時々勝手に動くので気味が悪いのだが、それには特に触れず「酸っぱい」と舌を出してる。
当然のように、今夜も宴が催されている。
一応唯一の正妻になるんだから冥王の隣に行けばいいのに、アケミは自分の傍について離れなかった。
冥王も関心がないのか、新しい顔ぶれと壇上で飲み交わしている。
「あそこは楽しそうだよな」
「そうでしょうか? 明日には誰一人いなくなってるだろうに」
散らかったテーブルを片付けながら傍にいるアケミを一瞥する。
「たった一晩の関係。しかも記憶も何も残らない。虚しいです」
「そうだな~……。確かにそうかもな。でも、そう考えると俺と天使ちゃんは結構長い仲じゃない?」
彼は残ったおつまみを全て口に入れ、悪戯っぽく笑った。
「俺は、冥王様より君と一緒にいる時間の方が長い」
共に過ごした時間が全てではないけど、少なくともこの世界に来てからは……一番信頼しているのは君だ、と告げた。
「……だから、攫った相手を信頼したら駄目ですって」
可笑しくて、また苦笑しながらワインを注ぎ足した。何で彼はこう馬鹿正直なんだろう。普通に心配だ。
「貴方、よく人に騙されたでしょ」
「う。否定はできないな」
「はは。大丈夫、俺もです」
七色に光る照明に目を眇め、行儀悪くもテーブルに寄りかかった。
「何でこんなところにいるんだろ。最低。……ってずっと思っていたことを、今は自分が人にしてる」
空いてる椅子に座り、祈るように両手を組んだ。
アケミにしたことだってそうだ。自責の念に押し潰されそうになる。
黙って俯いていると、突然頭を撫でられた。
「あの……?」
「よく分かんないけど、元気出しなって。笑ってた方が可愛いよ?」
男に対して言う台詞じゃないと思うが、アケミはナプキンで口を拭くと、近くのフルーツにフォークを刺し、こちらに近付けてきた。
「はい、あ~ん」
「え? んっ!」
何なのかと口を開いた瞬間、フルーツを強引に詰め込まれる。
特に酸っぱい品種で、思わず目をつぶった。
「良い反応」
「からかわないでください」
「だって可愛いから」
何の言い訳にもならないことを言って、アケミは席を立った。
「さてさて。冥王様も俺らのことなんて見えてないみだいだし、部屋に戻ろうぜ」
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