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第8話
「空から降りてくるところ誰にも見られなくて良かったな。いや、いっそ見られた方が良かったか。天使の降臨ってことで大金持ちになれたかもしれないし」
中々下衆なことを言ってると思ったが、彼から離れて全身の土埃を落とした。
「貴方が帰れたのはいいけど、何で俺のことまで……。俺はこの世界に居場所はないのに」
「そんなの俺が作るから心配しない! 」
豪快かつ潔い即答にたじろく。けどアケミはこちらの心配などまるで気にしない様子で微笑んだ。
「無理やり連れてきたんだ。君ひとりぐらい、養ってみせるよ」
でも一ヶ月行方不明になってたな、と彼は少し青ざめて口元を押さえた。
無計画で楽観的な彼にどこから突っ込めばいいのか分からない。でも、何故だか笑ってしまった。
冥王は冥界から離れることはできないし、追っ手も亡者では送り込めないだろう。多分だけど、彼を危険な目に合わせる可能性は低い。
「今後のことはまた考えるとして。とりあえず俺の家に帰ろっか。あと、すごく今さらなこと聞いていい?」
「何ですか?」
「天使ちゃんって名前あるの?」
闇をかきわけるように、橙色の街灯が連なっている。
「ありません」
「ないの!?」
アケミは露骨に驚いた。住宅街では予想外に声が響いた為、慌てて口を押さえている。
「じゃあ俺が名前つけちゃおうかな。いい?」
「ええ」
「やった! 真白、でどう? 暫定だから、嫌になったら変えていいけど……」
「……」
多分、前に言ってた猫の名前を真似たんだろう。
「嫌じゃないです」
「ほ、ほんと?」
「だって、大切な家族だったんでしょ?」
笑いかけると、彼もつられて笑った。
小さく頷き、「もちろん」と、ひと言だけ。
右も左も分からない自分を導くように、手を引いてくれる。
こんなに心強いのは初めてだ。安心させてくれる人が傍にいることが、こんなにも幸せなことだったなんて。
「行こう、真白」
あれほど暗く騒がしかった連夜が嘘のように、小さな灯火が自分達を包んでいる。
これからはこの、狭く輝かしい景色を見ていくんだ。
「はい。……アケミさん」
俺が攫ったひとはすごいひとだったんだ。
こんなにも容易く、俺のことまで攫ってしまうんだから。
一歩前に踏み出して、踵を浮かす。油断してる彼の頬にキスすると、心配になるほど顔を赤くした。
初めてそんな顔にできたことに驚きと、少しばかりの優越感。そしてたまらない愛しさを覚える。
「初めて俺から触れられた。……こんなに嬉しい気持ちになるんですね」
はにかんで言うと、アケミも嬉しそうに微笑んだ。
頭を優しく撫でられ、「幸せにするよ」、と耳元で囁かれる。俺はとてもありきたりな感謝の言葉しか言えないけど、この夜は絶対に忘れない。時間も次元も超えて、大好きな人と歩き出せたから。
― ワープ!×ワープ! ―
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