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第1話
昼休み。
朝コンビニで買ってきたパンをかじりながら、窓の向こうの空を眺める。
「ニュース見たぁ?アイドルのユウナが獣人と結婚したんだってぇ」
「え?まじ?何獣人?」
風が強いんだな。
雲が凄い勢いで流れてる。
「トラ・・・あ違う、ヒョウだわ」
「へぇ。俺も獣人と結婚してーわ」
このまま雲が全部流れて行けば、今夜は星がよく見えるかもしれない。
「獣人ってハイスペだもんねぇ。え、何獣人がいいのぉ?」
「ええー?んー、ライオンとか?百獣の王最強じゃん」
バイト20時までだから、帰りにコンビニで肉まん買って、公園で食べながら星見よう。
「ライオンじゃ一夫多妻じゃん。オオカミとかカッコよくない?」
「え?オオカミはヤバいっしょ。だって・・・」
明日は土曜だけどバイトは午後からだし、ゆっくり星見てられるな。
「執着凄すぎて番を監禁するらしいよ」
「まじでぇ!?恐ぁ!」
・・・さっきから煩 いな。
獣人がどーのって。
ハイスペック獣人が、進学校とは言え公立高校の生徒なんて相手にしないだろ。
「でもさぁ、一途ってことじゃん?めっちゃよくない?」
「いやいや、女子はいいよ?子供産めば多少自由にさせてもらえるらしいし。男子は産めないから一生監禁だぜ?」
物騒な話ししてんな。
獣人って、女性が産まれにくいから、同族より人間の女性を番にすることの方が多いって聞いた。
まあ男性同士での結婚も少なくないらしい。
受け入れる立場の人間は大変だろうけど、それでも羨ましいなんて思ってしまう。
俺には家族がいないから。
親も親戚も、親しい友人もいない。
所謂 天涯孤独ってやつ。
施設で育って、高校進学を機にバイトしながら独り暮らしをしてる。
ずっと、家族が欲しいって思ってた。
家に帰って、おかえりって言ってくれるヒトがいたらなって。
獣人は番になった相手を生涯大切にする。
だから獣人の番になれば、俺のこと捨てたりしないだろう。
人間は好きじゃない。
だって、実の子すら、平気で捨てるんだから。
「俺はやっぱライオンかな。一夫多妻なら相手する頻度も低そうだし?気楽に養ってもらえそーじゃん」
「あははっ、ばぁか、向こうだってあんたなんか選ばないわよぉ」
別に何獣人でもいい。
俺のこと、家族にしてくれるなら。
一緒にいてくれるなら。
この時はまだ、そう思っていた。
───────
「橘花 くん、お疲れさま。締めはやっとくから上がって」
「はい。お先に失礼します」
うちの高校は部活加入が原則必須なんだけど、俺は家庭環境を考慮してもらい、部活免除の上バイトの許可ももらってる。
学校帰りにそのまま行った本屋でのバイトが終わり、制服に着替えてからコンビニへ向かう。
予想通り空は晴れていて、星が綺麗に見えた。
肉まんとお茶を買い、帰り道にあるいつもの公園へ。
たまに犬の散歩に来る人がいるくらいで、夜は人 気 のないこの公園は、俺のお気に入りの場所だ。
誰もいない部屋にいるより、ここで星空を見てる方が落ち着く。
「・・・っ、まだ風強いな」
10月になって残暑も落ち着き、夜は冷えるようになったけど、昼間はまだそんなに寒くないからってセーターもコートも着てこなかったのは失敗だったかも。
そう思いながら、いつものベンチに座って肉まんをかじる。
やっぱりちょっと寒い・・・。
でもまだ帰る気にはなれなかった。
風邪なんて引いたら、バイトも行けなくなるし、独りだし大変なのに。
「きれー・・・」
今日って新月だったんだな。
月が明るいと星が霞むから、今日は最高の星見日和だ。
「こんばんは」
「っ!?・・・こ、こん・・・ばん、ゎ・・・?」
ずっと星空を見上げてたから全然気付かなかった。
声をかけられて視線を下ろすと、目の前にヒトが立ってる。
え、このヒト、まさか・・・。
「獣人と会うのは・・・初めて?」
「え、あ・・・はい、すみませ、ん・・・」
「初めて・・・か。いや、謝らなくていいよ」
アッシュグレーの髪に、金色の瞳。
暗くてよくわからないけど、高そうなスーツを着た獣人だ。
俺よりずっと身長が高く、体格が良くて、頭の上には三角で肉厚の獣耳。
イヌ科の獣人・・・かな・・・。
「堪 らなくイイ匂いがして、我慢できなくて。驚かしてごめんね?」
「え?いえ、別に・・・」
いい匂い?
・・・肉まん?
1つしか買ってないから、俺がかじったのしかないけど、食べたいのかな。
「えっと、た、食べ、ます?」
「いいの?」
あ、そんなにお腹空いてるの?
食べかけでいいなら・・・。
「ど、どおぞ」
「じゃあ、いただきます」
「ふぇ・・・むうぅっ!?」
え、ちょっと待って!
食べるって、俺が持ってる肉まんじゃなくて?
なんで俺の口にかぶりついてんの?
意味わかんない、なにこれ、ぬるって、あったかいの入って・・・。
「ん・・・っ、ぁっ、んむ・・・んちゅ・・・んくっ」
身体に力入らなくなって、持ってた肉まんが地面に落ちた。
逃げようとしても、後頭部と腰を大きな掌で抑えられて身動きが取れない。
やばい、これやばい、絶対やばい。
逃げなきゃだめな気がする。
「んっ・・・ぅ・・・ぷぁっ」
「・・・ん、美味しい。まったく寄り道なんてして、探したよ?ずっと探してた。橘花璃都 くん。さあ、お家 に帰ろうか」
「・・・はっ、はぁ・・・か、かえ、る?」
待って、なんでこのヒト俺の名前知ってんの?
俺の混乱を放置したまま、俺の口を食った獣人は俺をひょいっと抱き上げた。
「ちょ、ちょっと、下ろしてっ、下ろしてくださ・・・」
「大人しくしてくれないと、ここで犯してしまうけど、いい?」
は?
おかす?
おかすってなに?
ヤバい意味のやつ?
「い、嫌です、下ろして、俺帰りますっ」
「うん、帰ろうね。お家に帰ったら、いっぱい愛してあげる」
はあ?
なに言ってんの?
あいしてあげるってなに?
いらない、恐い、逃げなきゃ・・・。
「心配しなくていいよ。アパートの解約もして荷物も運んであるし、バイト先にも後で連絡を入れさせるから」
「あ、あぱーと?かいやく?なんで、ばいと・・・?」
「璃都は俺の番だから、これからは俺の、俺たちの家に住んで、俺のモノになるんだよ」
つがい・・・?
え、うそ、俺が・・・?
俺たちの家ってどーゆう事?
俺を抱き上げたまま、公園の横に待機してた大きな外車に向かう獣人。
車の横に立っていた別のイヌ科らしき獣人が、後部座席のドアを開ける。
「ああ、しまった、璃都の鞄をベンチに置いてきてしまったな。シグマ、回収してきてくれ」
「かしこまりました」
ドアを開けてくれた、シグマと呼ばれた獣人が公園へ入って行く。
俺は抱きかかえられたまま、車に乗せられてしまった。
このまま連れて行かれていいのか。
いや、だめだろ。
どこ連れて行かれるかもわかんないし。
でもさっき、アパート解約して荷物運んだとか言ってた。
それ、俺のアパートを解約して、俺の私物を運んだってこと?
なんで、どうやって?
「あ、あの、待ってください、俺、一回家に帰って・・・」
「璃都の家はこれから向かう所だよ。今朝まで使っていたアパートの部屋は、さっきも言ったけど解約して荷物も運び出したから。あの部屋の鍵はもういらないね。後でシグマに渡そう」
訳わかんない。
そんなこと勝手にできるもんなの?
獣人はハイスペックって聞いたし、このヒトが凄いお金持ってそうなのもわかる。
わかるけど、でもそこまでする?
「ほ、ほんとに、俺が、あなたの・・・番、なんですか・・・?」
「そうだよ。俺はカイザル、カイザル・ルプス。ハイイロオオカミの獣人で、璃都の番、夫だ」
シグマさんが戻って来て助手席に乗り込む。
手には俺がベンチに置き去りにした通学用の鞄。
それを確認した人間の運転手が車を発進させてしまった。
どこに連れて行かれるんだろ・・・。
夜の公園で、会ってすぐキスされて、番だって言われて、車に乗せられちゃって・・・。
しかも、オオカミの獣人・・・。
別に何獣人でもいい、家族にしてくれるなら、一緒にいてくれるなら・・・なんて、馬鹿なこと考えてた自分に呆れる。
俺、これからどうなるんだろ。
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