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奈月と出会い、一週間と2日が経過したある日の夕刻。 「ちょ...!ちょっと待って!ちょっと待ってってば!高槻くん...!」 校門を潜るや否や、背後から迫り来る奈月を見ずして想は走る。 「あっ、足、早...っ!ちょ、ちょっと待ってってばーーー!!!」 なまじ脚が長いだけでなく運動神経が良いだけに想の瞬足に引き離されていく奈月。 かなりの距離が出来たが、不意にバタン!と豪快に奈月が倒れたと思しき音。 同時に、キャッ!と女性の悲鳴、うお!びっくりした!など、通りすがりだろう男女の声が飛び交い恐る恐る振り返る。 数メートル離れた先。 同じブレザーの制服姿の奈月がアスファルトのど真ん中でうつ伏せで大の字になり倒れていた。 周りには投げ出された指定のバッグから教科書や筆記具などが散乱している。 誰しもがそんな奈月を見下ろしたまま素通りしていく中、少々不憫に感じた想はうつ伏せで横たわったままの奈月に恐る恐る歩み寄った。 「だ、大丈夫....?」 しばしの間の後。 「....大丈夫に見える....?これが」 奈月の冷えきった声に想はだんまり。 代わりに奈月の手を引き、奈月はようやくアスファルトに座り込んだ。 「わ!大変!」 奈月の色白で小さな顔の額に目を奪われた。 アスファルトで強打したのだろう、無惨にも若干腫れ、擦りむいている。 「あ、絆創膏、あるよ?でも消毒した方がいいのかな...」 「やめて。絆創膏なんて。逆に目立つから」 サッ、と醒めた声色で瞬時に奈月は前髪で額を隠した。 「でも...腫れてる。痛くない?」 奈月の普段可愛らしい顔は怒りに滲み、想はたじろいだ。 「....痛いに決まってんじゃん。待って、て言ってたのに、ずっと」 「...ごめん、なさい...。あ」 想の視線が一点に移動する。 「なに」 「あそこ。自販機ある」 「....だから?」 「飲み物おごる。ついでにその、ペットボトルで額、冷やしたらいいかも...。とか...どう、ですか...?」 近くにあった自販機で想は飲み物を購入し、奈月に手渡した。 「....とりあえず、話しがあるから」 「は、はい....」 そうして公園のポールに並んで座ると奈月はミネラルウォーターのペットボトルで額を冷やし始めた。 「渡したい物があったんだよね」 「....渡したいもの」 「ちょっとペットボトル持ってて」 「はい...」 奈月は想に額にペットボトルを当てさせたまま、指定のバッグをガザゴソと探り始めた。 「これ」 しばし、それ、を想は見つめた。 「....ノート?」 「うん。でもただのノートじゃない。こっちを参考にして」 なんだろう、と三冊のノートを受け取った。 一冊のノートは白紙。 二冊のノートの表紙に目を奪われた。が。 「...読めない」 「こうかんにっき」 「こうかんにっき?」 「うん。うちの姪っ子がやってるの。今、幼稚園なんだけど、その友達と。参考になりそうだから借りてきた」 「...姪っ子さんいるんだ?」 「うん。お姉ちゃんの」 「へえ!そうなんだ!一緒だ!僕もそう!お姉ちゃんいるよ!?」 「ホント!?偶然だね!いや、運命か!」 「...運命って程でもないと思うけど」 「最近、お兄ちゃんのお嫁さんもね、子供が生まれて、まだ二ヶ月なんだけど。これがまた可愛くって!」 え、と思わずニコニコしながら交換日記をパラパラと捲る奈月を見た。 「...お兄ちゃんいるんだ?」 「うん、いるよー」 ....一緒だ、とは口にしなかった。 また、運命だ!と叫ばれかねない。 「...けど。なんて書いてあるのかな、わからない」 「まあ、文字、覚えたてだからね。でも本人たちにはわかるみたいだよ。この絵とかも」 「ふーん...」 「スマホとかのメール、多分、高槻くん、苦手というか、教えてくれなそうだな、て思って。お姉ちゃんに話したらこれアドバイスされた」 「....そっか」 「とりあえず!」 いきなり声を荒らげられ、再び、想はビクッとなる。 「交換日記から始めます!」 嬉々とした奈月を見つめる。 (始めましょう!じゃないんだ...僕の選択余地はない感じ....) 「言っとくけど!僕の身体に傷をつけたくらいだからね!」 「は、はい...」 そうして、 「じゃ、僕はこっちだから、また明日ね!」 奈月がひらひらと手を振り、二人は別れた。 想の手には奈月がひたすら想を追いかけ回し、手渡したかった三冊のノートが残された。
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