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第10話 不安だから、その

 くぐると真っ暗だった。何も見えない。 「へ?」 「あ、そっか……。人間って、見えないのか」  あまりの暗さに怖くなり、隣のモフモフに体当たりする勢いでしがみつく。 「おっと。……そんな熱烈にくっついてきてくれるなら、暗いままでも、いいかな~」 「……」 「うん。明かりつけます」  絶望顔に憐れんでくれたのか、室内(樹木内)が明るくなった。ぱっと。  見れば、天井や壁にぶら下げられた木の実が光っている。 「なにそれ」 「人間からすれば珍しいかな? こっちじゃ普通に見かけるよ。さ、適当に座って、あたたかい飲み物淹れるから」  あれだけ寒かったのに、この大樹の中は暖かい。真冬装備を脱いで、ベイ〇ックス体型からおさらばする。 「服はその辺に置いといて」 「うん」 「上着預かりまーす」  なんだか今。子どもみたいな可愛い声が。どこかで聞いたような。 「あれ? きみたち⁉」  足元に目を落としてギョッと飛び跳ねる。  キャンプ場にいた小学生カップルではないか……って、狼耳と尻尾があああああ⁉ タクトくんの時と同様。ケモノの姿に変わっていく。 「ああああ? ああ? ああああああ⁉」  ムンクになる俺に、タクトくんがしれっと答える。 「俺の弟たち。どっちもオスだよ」 「はあっ⁉ キャンプしてたの?」 「あそこは俺の縄張りで、あの場にいた人間は全員狼男。俺の見習い」 「……っ……! ……?」  脳の処理が追い付かない俺の前に、ことっとカップを置く。 「ベリちゃん。コーヒー好きでしょ? お砂糖は、どうする?」 「…………ひ……ひと、つ。で」 「はーい」  角砂糖がとぽんっと、黒い水面に落ちる。 「気づかないもんなんだね。あのキャンプ場で、みんな肉しか食べてなかったから。流石にバレるかなって冷や汗かいてたんだけど」  銀の細いスプーンで、ぐるぐるとコーヒーをかき混ぜる。 「…………」 「座らないの?」 「…………?」  丸太を切っただけのようなワイルドな椅子に腰かけた。  流れるようにテーブルに突っ伏す。 「……?」 「疲れちゃった? コーヒー飲んだら、もう寝ちゃう?」  コーヒーが美味しかったことだけは、覚えている。  違う世界に来てから二日目の朝。  天候、土砂降り。  目を開けるともう大雨だった。木の実ランプが二個だけ灯っていて薄暗いので真夜中かと思えば。  俺を抱き締めて寝ていたモフモフが教えてくれた。 「おはよう。よく眠れた?」 「……おは、よう。タクトくん、だよね?」 「人の姿の方が、落ち着くかな?」  ちゅっと、鼻に鼻キスしてくれる。獣の鼻先は、しっとりしていて冷たかった。  寝台はワラの上に毛布を敷いた簡素な物だが、掛け布団(タクトくん)があったかくてもふもふでふわふわなので何も文句はない。 (タ、タクトくんと、寝てたの? ……お、俺)  なぜだろうか。顔が熱い。彼と寝るのは、初めてではないってのに。  身を起こそうとする彼の腕を掴む。 「?」 「どこ行くの? もうちょっと、もうちょっとだけ。隣にいてて」  なんだろう。物凄く心細い。慣れない環境の、せいかな。  タクトくんがたらりと汗を流す。 「……あんまり可愛いこと言われると、その。理性が飛ぶんだけど」 「嫌なら、いいよ」  嫌がることを強制させられない。そんな思いをするのは自分だけでいい。  フイッと顔を背ける。 「……わう」  ぺたんと狼耳がへにょってしまった。え! かわいい。  何か葛藤しているようだったが、再びごろんと横になってくれた。 「どうしたのかな? ベリちゃんは」 「どうしたじゃないよ。勝手に連れてきて……。不安なの」  よしよしと、俺の肩を撫でてくれる肉球。 「不安? なにが? ここじゃ『あいつ』以外誰も俺も逆らわないし。家に居るのは兄弟と見習いだけだし。……えっと?」  本気で分かってないな。  そっと、額を彼の胸毛に押し付ける。 「か、かわ……」 「どんな生物がいるのかとか、虫とか。立ち入ったら駄目な場所とか、虫とか。何にも分からないと不安なの。タクトくんも初めは、人間の中に混じって、不安だったでしょ?」  きっと睨むが、彼は目元を押さえていた。 「どしたの?」 「お願いだから。あんまり可愛いことしないでね?」 「はい?」  タクトくんにとっての「可愛いこと」とはなんだろうか。 「聞いてる?」 「……はい。俺はそんなに不安じゃなかったよ? ある程度調べて行ったし。あ、そっか。ベリちゃんは俺が、予習もなしに連れて来たから。そりゃ不安、か」 「そうだよ」  ようやくわかってくれたんだね! 「だから! 俺が落ち着くまでもうちょっと……」  すりすりとあたたかな体毛に顔を擦りつける。  お、落ち着く……。 「ベリちゃん」  尻尾を一振りしたタクトくんは困った顔で、助けを求めるように顔を上げるも、弟たちは見ないふりして衣服を置いて出て行った。俺は、弟君たちがこの部屋にいたことに気づいてなくて……タクトくんに甘えているのをばっちり目撃されていたわけなんですが。  そのことで悶絶するまであと三十分。

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