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歩み寄り
5日後の金曜日の朝。
ダイニングで朝食を食べていると千景が部屋からでてきた。そして顔を赤くして俺に謝ってくる。きっと俺にヒートだったとわかってしまったのが恥ずかしいのだろう。
「陸さん、お昼を作るって言った翌日に作れなくてごめんなさい。あの……ヒートになってしまって。食事、大丈夫でしたか? もうヒートも終わったので今週末はお昼も夕食も作れるので作らせてください」
案の定ヒートという言葉を言うだけで赤くなってる。俺は千景がオメガだということを知っているんだからヒートを起こすことがあるのなんて百も承知だ。大体、いい歳してヒートというだけで顔を赤くするやつがいるか? 別に抱いてくれと言うわけじゃあるまいし。そんな事くらいで恥ずかしがるのは千景ぐらいじゃないか?
そして食事を作れなかったことを詫びてくる。確かに週末の夜は作って貰っていたし、前日には昼も作ってくれるという話をしていた。けれど、それは俺が千景の親切に甘えているだけで、それだって千景が作れるときだけでいいと話している。俺だって外で食べるときだってあるのだから。それでも謝るのが千景だ。
「ヒートだったんだろう。それなら仕方がないだろう。もう大丈夫なのか?」
「はい。もう終わりました。なので陸さんが家にいらっしゃるのなら今週末はお昼も作らせてくださいね」
こいつは作ってやる、っていう考え方はしないのだなと思う。確かに自分から作らせてくれ、とは言ったのだけど。それでも食事を作るのなんて面倒だろうにと思う。確かに1人分作るのも2人分作るのも大差はないのかもしれないが、それも料理をしない俺には良くわからない。
「今週は出かける予定はないから、作って貰っていいか?」
「はい!」
俺が作って貰って、千景の方が作る方だというのに嬉しそうにするのはどうしてだ? 作るのは楽しいのか? 俺には面倒くさそうにしか思えないが。それでも、それが嬉しいというのならお願いする。
今週は仕事が忙しいので、休日出勤をしようかと思っていたけれど、家で出来る仕事ではあるので家で仕事をしようと思っていたので、外出しろと言われても時間がない。だから作って貰えるのなら助かるのは事実だ。
「なにか食べたいものはありますか?」
「いや、特にない。おまえの気の向いたもので構わない」
「わかりました。では、適当に作らせて貰いますね」
「ああ」
「あ! 時間大丈夫ですか? 寺岡さんが待っているのでは?」
言われて時計を見ると、確かにそろそろ寺岡が来る時間だ。
「もうそんな時間か。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
そう言う千景の顔は明るい。昔からそうだ。俺が思春期を迎えて、こいつと遊ばなくなって、素っ気なくなってからもこいつは俺を見ると嬉しそうに笑っていた。それは今もそうだ。なんでだろうと思う。俺は千景になにかしてやっている、ということはない。ろくに話もしないやつだ。そんなやつと会って何が嬉しいのかとずっと思っていた。そして、それは今も続いている。
と、そこまで考えてふと思った。ヒートは性行為に明け暮れてしまう時期だろう。それを自分でなんとかするのは辛いのではないだろうか。だからヒート期にセックスをしたくてそういう店に行っているやつもいると聞く。まさか千景がそんな店に行くことはないだろうし、実際昼間はどうしていたか知らないけれど、朝晩は部屋から出ていなかった。
ということは自分でなんとかしていたのだろうか。俺と結婚しているのだから、抱いてくれとよく言わなかったなと思う。まぁ、ヒートという単語を言うだけで恥ずかしがるやつだから、どう頑張ったって抱いてくれと言えないだろうけれど。でも、万が一抱いてくれと言われたら俺はどうするだろうか。
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