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君のことを考える3
「今日はクラス会だから夕食はいらない」
土曜日の夕方、千景にそう伝える。
お互い干渉ナシでと言ったのは俺だ。だからわざわざ言う必要はないかとも思ったが、なんとなく伝えた。いつも作って貰う夕食が必要ないのもあったし。
「そうですか。わかりました。楽しんで来て下さいね」
俺が言ったことで千景は小さく微笑むとそう言う。最近は千景のその顔を見るとなんだか落ち着かない気持ちになる。それがなんだかはわからない。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
千景は行ってらっしゃいとは言うが、玄関まで見送りに来たりはしない。帰ってきたときも玄関までは来ない。それが俺と千景の距離だ。
家を出てタクシーに乗り、クラス会の開かれるホテルへと行く。ホテルへ着き、会場へ行くと既に結構な人数が集まっていて、その中には仲の良かった戸ノ崎や一条の姿もあった。
「陸! こっち」
戸ノ崎がいち早く俺に気づく。そしてその声で一条がこちらを見る。途中でシャンパンを受け取り、2人のところへと歩いて行く。戸ノ崎は手にワイングラスを、一条はシャンパングラスを手に持っていることから、もう飲んでいることがわかる。
「久しぶりだな。会うのって陸の結婚式以来か」
「そうだな」
「で、どうなの結婚生活は。政略結婚とはいえ上手くやってるのか」
「上手くというのがどういうことかはわからないけど、結婚生活は続いてるよ」
戸ノ崎の言う”上手く”がどんな状態なのかわからなかったのでそう返した。
「相手の千景くんだっけ、可愛かったじゃん」
「可愛かったな。でも、陸はまだその気になれないのか?」
2人とも和真のことを知っている。和真は同じ学校ではなかったが、2人に紹介したことがあった。当然、和真が死んだことも言ってある。和真が死んで2人に慰めて貰ったくらいだ。
「和真が死んでまだ1年しか経ってない」
「そうだけど、新しい恋をしたら忘れられるっていうのもあるぞ。それが結婚相手ならいいだろ」
「一条の言う通りだぞ。確かに簡単には忘れられないと思うけど、新しい恋をするのもありだぞ。それが結婚相手なら浮気にもならないしな。それにあの子なら可愛いしいいんじゃないか。それにオメガだろう。番になるのに不服はないだろ」
千景と新しい恋か。もし俺が千景とそういう仲になったら、きっと母さんや友子さんは喜ぶのだろう。それはきっと番にもなるだろうから。
そう考えて千景を思い出す。リビングで見送られた。今、なにをしているだろうか。今夜は夕食はいらないと言ったから1人で食べるのだろうか。たまには食べに行けばいい。と言っても、そんなことなにも言わずに出てきたけれど、言わなければそんなこともしないだろう。いや、言ったってしないだろう。最近は外食もしていなかったし、今度どこかに連れて行くか。千景の好きな元町のあのフレンチの店がいいだろうか。
「おい、陸!」
「……え?」
戸ノ崎の声に我に返る。千景のことを言われ、千景のことを考えていた。
「なに考えてたんだよ。千景くんのこと?」
にやにやしている戸ノ崎を軽く睨む。一条はシャンパンを飲みながら俺と戸ノ崎の会話を聞いている。
「……」
「え? 正解? なんだ、陸。進んでんじゃん。心配しなくて良かったみたいだな」
「お前が考えているようなのじゃない。最近外食をしてないから、千景の好きな元町に連れて行こうか考えただけだ」
俺がそう言うと一条は驚いたように目を見開いた。なにか驚かせるようなことは言っただろうか。そう思ったところで担任だった広池先生に声をかけられた。
「久しぶりだな」
「先生。お久しぶりです」
「3人とも飲んでるみたいだな」
そう言う先生も手にワイングラスを持っている。
「さすが一流ホテルだけあって食事も美味いな。食べたか?」
「いや、まだです」
「酒を飲むならしっかり食べろ。酔うぞ」
「はい」
先生に促され、料理の並んでいるテーブルへと行こうとしたところで先生に言われる。
「宮村。結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
結婚式には先生も出席してくれた。そして会うのも結婚式以来だ。
「相手を思いやって温かい家庭を作れ」
「……はい」
温かい家庭か。千景と作れるのだろうか。その前に俺は千景を思いやっているだろうか? 千景の顔を思い出してそんなことを考えた。
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