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重なる気持ち6

 寝室を同じにする。  その言葉の意味がよくわからなかった。だから、言葉はなにも出なかった。 「その……夫夫だし」  うん。僕と陸さんは夫夫ではある。形だけの。そこに愛はない。だから寝室はそれぞれの部屋だ。でも、それで寝室を同じにしたらほんとの夫夫みたいじゃないか。 「俺とほんとの夫夫になるのは嫌か?」  え? ほんとの夫夫になる? 僕と陸さんが? だって陸さんの気持ちは僕にないから。陸さんの気持ちは誰か別の人にあるでしょう?  頭の中がクエスチョンマークでいっぱいだ。ほんとの夫夫って言ったら陸さんの気持ちが僕にあるということになってしまう。それでいいの? そこで思い出すのが先日陸さんが酔って帰って来た日のことだ。 「ほんとの夫夫って……。だって、陸さんは好きな人、いますよね?」  言葉にするだけで辛いし、返事を聞くのが怖い。結婚するより前。僕は陸さんがスマホを愛しげに見ながらなにか操作しているのを見たことがある。それに、僕に気持ちがないから結婚式であんなに辛そうな顔をしていたわけだし。だからほんとの夫夫になんてなれないんだ。 「俺は……千景が好きだよ」 「……え?!」 「確かに、結婚するときは他の人が好きだった。でも、もう過去のことになりつつあるんだ。今、俺が見ているのは千景、お前だ」  陸さんが僕を好き? そんなことあるの? ほんとに? 「ほんと、に?」 「ああ」 「でも、好きな人とは別れたんですか? それは僕との結婚のせいですよね?」  僕がそう訊くと陸さんは辛そうな顔をして、そして視線をテーブルに置いた手に向ける。 「死んだ。結婚する前に。もうこの世にいないよ……」  え? 死んだ?  「お前と結婚したときはお前に対して気持ちはなかった。でも、いつも俺に笑顔を向けていて、それを見ていて気持ちが変わった。散々冷たい態度をとったし、酷かったと思う。でも、今は……千景とほんとの夫夫になりたいと思ってる」    僕のことを好きになってくれたっていうこと? そんなに僕に都合のいいことなんてあるの? それを信じていいのなら、僕の返事は決まっている。 「僕でいいんですか? 僕でいいのなら、その……ほんとの夫夫になりたいです」  僕がそう答えると陸さんは優しい顔をして笑った。こんな表情、初めて見た。 「俺でいいのか? お前こそ他に想う相手はいないのか?」  僕の返事を聞いて、ほんとにいいのかと念を押す陸さんに僕は微笑んで答えた。 「僕は子供の頃から陸さんのことが好きなので」  そう言うと目を見開く。そんなこと思いもしなかったんだろうな。でも、ほんとのことだ。でも、陸さんはにわかには信じられないのか言葉がない。なので僕が言葉を続ける。 「だから、ほんとの夫夫になるの、とっても嬉しいです。寝室も、えっと、はい……」  寝室を一緒にするというのがなんだか恥ずかしくて最後は声が小さくなってしまったけど、僕の気持ちを伝えた。 「ほんと、なのか?」 「はい」  僕がそう頷くと、陸さんは綺麗に笑った。ああ、やっぱり格好いい人だな。普段はクールだから破壊力がすごい。 「ありがとう。じゃあ主寝室のベッドリネンを買いに行くか。ないだろう?」 「リネンはないですね」 「よし、じゃあ行こう」  陸さんとほんとの夫夫になれる。それがほんとに嬉しくて奥歯を強く噛みしめていないと涙が出てきそうだ。でもこんなところで僕が泣いたら知らない人は陸さんが僕を泣かせたと思うかもしれない。だから泣くわけにはいかない。 「明日、ガラスの森美術館に行こう」 「ガラスの森美術館へ? なぜですか?」 「誓いの鐘があるんだよ。もう結婚式はしたからその鐘に誓う」  その言葉に鼻の奥がツーンとした。泣かないようにするのが精一杯だった。

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