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第14話 想像
14話 想像
目を開ける。足音が聞こえる。壁にかかってる白い無機質な時計を見る。
9時ぴったりに鍵の開ける音がして、優しい声でただいまと言う。リビングのペットに挨拶を済ませると寝室の方へ足音が近づく。
「ただいま。いい子にしてた?」
笑顔を絶やさないその顔を見上げる。男は微笑みながら頭を撫でると着替えて、ボタンをしっかり閉めたシャツとズボンの緩くない普段着でキッチンへ料理を作りに行く。
その後は皆で食卓を囲む。男とリョウは机で、ペットのユズキは床に伏してご飯を食べた。お風呂の時間になると男が最初に入り、リョウ、そして最後にユズキが入る。
その間は変な抵抗や逃げ出そうとしなければ何も無かった。暴力も暴言も、薬も無かった。それがリョウには耐えられなかった。この監禁生活では何も無い時間のほうが多かった。その時間はずっともどかしい気持ちを押し込めながら眠るしか無かった。リョウにとって欲を抑えることは何よりも苦痛であったし、薬のせいも相まって酷く禁断症状が現れた。
元々リョウは自身が欲望に忠実で、それを果たせないと乾いた喪失感が底から湧いてくるように感じられ、リョウはそれから逃れる為に他人を求めた。満たせば満たすほど大きくなる欲望は止まることを知らず、平たくいえばセックス依存、アドレナリン中毒。そんなことをリョウは自覚しながらも欲望を走り生きてきた。
しかし、男との生活では昼間の間のルールが決められ特別なことがない限りベッドから出られず。自身で慰めたりもできなかった。そして余計に夜の方で激しく求め、それを繰り返すことでより欲望が積もり悪循環になっていた。
「っう〜!」
下唇を噛みながらベッドシーツを握り締める。欲求不満と薬での幻覚幻聴に耐えようと必死になっていた。
「あっう〜っ!!う、ぅゔ……。」
記憶、時間感覚はよく分からなくなって。時計を見て薬まであと何時間か数えていた。
「ゔ……ゔ……。」
時々、黒いモヤが周りに集まり口うるさくリョウに何かを言う。それが煩く布団を被るも今度は体の中に何かが蠢く様な気がして自身の体を見る。何かが這っている。体の中を、ウゴウゴと血管に沿って中を這いずり回ったり、食い破ろうと皮膚を引っ張る。
「ひぃ……ぁ、やだっ、やだっ!」
何かを潰そうと自身の皮膚を叩く。それでも次々と湧いて湧いて体を食い破ろうとする。
「……リョウちゃん。」
リョウの叫び声を聞きつけてかユズキが寝室の扉を開ける。ユズキは四つん這いでリョウのいるベッドまで歩き心配そうにその周りをうろちょろする。ユズキにはベッドに入るなと沢山教え込まれてあるため、リョウを助けることは出来ずに心配そうにするしか無かった。
「……リョウちゃん。しっかりして、リョウちゃん。」
「うぅ……。ゔぁ、あ、む、虫が……っ!虫がっ!!」
「虫……?どこ?怖いの?」
「やだやだやだ!ゆ、ゆび、む、胸からっ!出てきちゃうっ!やだやだ!」
「リョウちゃん……虫どこ?ねぇ、見えないよ……リョウちゃん……。」
二人は無力にベッドの上と下で這いつく這っていた。
――
ガルゴはユウジと夜のバーにいた。
2人は出会って何回か連絡を取り、リョウとユズキがいっていたバーに足を踏み入れていた。ガルゴは正直こういった場は好きではなく酒と香水か何かの匂いが鼻腔を刺激し気が立ってくる。
しかし、ユウジに唆されリョウがいるかも知れない。リョウの居場所を知ってる人がいるかも知れないという希望をどこか胸を内に植え付けられユウジに付いてきた。
「リョウさんがもしかしたら居るかも知れませんよ?」
「なんで!?リョウさんが心配じゃないんですか!?ああいう所って危ないんでしょ!」
「ああ……もしかしてユズキがどっかに売り飛ばされてたら……。ガルゴさんだってリョウさんが売られてたら嫌でしょ!心配でしょ!」
そんな事を何度もリョウの名前を出されながら言うもんだからガルゴはつい想像してしまう。そんな事リョウに限ってあり得ない。警戒心が強く縛られることが嫌いなリョウからすぐどっかいってしまうと自身を説得してもガルゴはいても居られなくなり今日ユウジの説得に折れた。
ユウジが最初一人でバーに入り聞いて回る。その後情報が得られればガルゴが回収する。ユウジに話を聞けば店を回っていた時何度か危ない目に遭いそうになったりネットで調べて行きにくそうと考えた場所は入れなかった。それの対策としてガルゴはうってつけだった。
ガルゴはタバコを吸いながらこの見た目が役になったなと眉を下げながら小さく笑い灰を落とした。
ユウジから連絡が入る。
「ダメそうです。」
メールでメッセージが来たらその店は終わり、電話がかかってきたら店に入る。
ガルゴはタバコを吸いながらユウジが店から出てくるのを待つ。バーの前では忙しなく歩くスーツ姿の男女らやそれを引き留めようとする茶髪や金髪の人が店前や交差点付近でうろちょろしている。
ユウジが店から出てくるとその後を追うようにガルゴも歩き出す。体が小さいめでこの場所に似合わないユウジには口が軽い奴が見下しつつもペラペラと喋る。ガルゴが聞くとそういった輩は萎縮し何も話さない。ガルゴは納得した。どおりで自分が聞いて回った時と得られる情報が違う訳だと。
そうして何件か回っていき何杯かの酒を飲んだりもしたりして朝日が昇ってきた。
「……ダメでしたね。」
「まあ、まだ回ってない所があるんだろう?」
「……まぁ。」
しおしおとしょぼくれるユウジを見てガルゴは気まずそうに頭を掻いた。
「今日はもうこれで解散にしますか……。」
酒に弱いのかフラフラと歩きながらユウジは言う。
「ああ、そうしよう。今日は……。」
ガルゴは手を伸ばしユウジの腕を引っ張る。角から出てきた女にぶつかりそうになったのだ。
「ちょっと!危ないんですけどっ!」
女は驚いた顔を癒そうな顔に瞬時に変え二人を睨みつける。
「あ、す、すみません……!」
ユウジは背を丸めへっぴり腰でペコペコと謝る。
「ん、まぁいいけど……。って、ちょっと待って!」
女は急にユウジの顔を両手で掴みじっと見る。
「えっ、ユズキの彼氏じゃん!?えぇ!こんなとこ来るの!?てか写真より男前じゃん!」
女は急に騒ぎ出しユウジの顔をいじる。
彼氏という言葉を聞いて驚きガルゴはユウジを見るがユウジは目をキョロキョロと泳がせ口をモゴモゴさせてる。
「え、えっと。……その、ユズキのお知り合いですが?」
「そーそー!ユズキの……飲み友?的な!手は出してないから安心しな!」
「ほ、ぼ、僕のことはなんで……?」
「ユズキが写真掲げて自慢してたから、うざいくらい見たから覚えてる!」
「へ、へぇ……知らなかった。」
「ここに何しに来たの……てか、聞かないほうが良さげ?」
女はガルゴの方をチラリと見て言う。
「え?あ……ぼ、僕達は!」
「いやいや言わなくていいよ。金髪好きかぁ……ふぅん。」
女が勘違いしてることにガルゴは眉間のシワを寄せ首を振る。
「俺らはそんな関係じゃない。俺はリョウを探して、こいつはユズキを探してるだけだ。最近二人に会ってないか?」
「えぇ……ん〜。会ってないけど?」
女は納得してないと言うように口を尖らせながら答える。
「どこにいるか知らないか?」
「知らない〜。てか二人とも居ないの初めて〜どっちかは必ずどっかに居るのに……。」
「な、何か知らないんですか?」
オドオドしながらもユウジも話しかける。
「知らない〜。でも、ユズキの彼氏見れてラッキーだから教えてあげる。」
ガルゴとユウジの二人の顔に一気が緊張に走る。そんな二人を見て女は大した事じゃないからと手をヒラヒラさせる。
「んっとねぇ……少し前にリョウのことを聞き回ってる男がいて。そいつスーツだった。でも見た目は普通、派手なやつじゃなくて昼働いてそうなやつ。」
「そいつはなんでリョウのことを?」
「知らないよ、リョウのこと知ってるかって聞かれたぐらいしか話してないし。……てかそいつその後ユズキにお酒奢ったり何かプレゼントしてたり。」
「……。」
ユウジの顔が固まり口元をぎゅっと結んだ。
「あとは……ちょっとしたスキンシップ。」
女は語尾を小さくしながらユウジのことを伺いながら話す。ユウジは俯き頭を抱えた。
「あぁ!べ、別にユズキはほら、元々スキンシップ多めな人じゃん!パーソナルスペースガバガバじゃん!!」
「それでそいつは?どこに?話を聞きたい。」
ユウジを気の毒に思いながらも女から話を聞こうとガルゴは口を開ける。
「最近?見てない。急に現れて急にいなくなった。てかそのあたりからニ人のことも見てないかも。」
「は?」
思わず低い声が出る。ユウジも顔を上げ女のことを見た。
「な、なんでそれ……教えてくれなかったんですかっ!」
「男とリョウは結局会ったのか?二人は話していたのか?」
ユウジとガルゴは言葉を矢継ぎ早に女に浴びせる。それに女は縮こまりながらも苛つく態度を見せ声をあげ、言う。
「はぁ?なんで見知らずのあんた達に言わなきゃなんないのよ!ここ以外にも居場所がある様な奴が土足でノコノコ入り込んできて!話すとでも!?」
女は息を吐くと二人を睨みつける。
「いや、その……」
「警察でもないあんたらに話すわけないでしょ!」
「すまない。不快にさせたのなら謝る。しかし、さっきの質問に答えてくれないか?こっちも色々大変なんだ。」
ガルゴは若い頃取引先に怒鳴られて平謝りする先輩を思い返しながら女に問う。
「はぁ?てかあんたはなんなんだよ!ユウジは分かるよ?あんた見たことも聞いたこともない!リョウの何よ?!」
「えっ、リョウとは……昔馴染みで。俺はリョウのことが心配で。」
ユウジとユズキは恋人という関係にあり、ガルゴとリョウは昔馴染みとでした説明が出来ず、どこかモヤッとした気持ちが出てきそうになったのを押し留め女に話す。
「リョウとは中学からの馴染みでよく飲んだり飯食ったりしてたんだ。それが最近さっぱりで、あいつの性格もあるからどっかで野垂れ死んでるんじゃないかって……。」
「かもね?」
「え?」
ユウジは顔を青ざめさせガルゴと女を見やる。
「な、そんな日本でそんな事……。」
「いや、あるでしょ。あぁ、なんか話しかけていたスーツ男に連れられて変な所行って、そこでお陀仏とか。」
ユウジの顔が白くなった。そんな様子を楽しむように女は次々と例え話や実際にあったことだけどと前置きして話す。
「おい、やめてやれ。それで?男が行きそうな場所は?親しそうな人とかは?」
「知らないよぉ。急に現れて居なくなったって言ったでしょう。あ、でも二人みたいな感じ!こっち側の人間じゃないね。マトモ……ってわけでもなかった。ふとした時の目!ギンギンだった!あれはイカれてるね!」
「そ、そんな奴とユズキは一緒にいたんですか……?」
震える声でユウジが聞く。さっきからショックを受けすぎてるのか一層弱々しい。
「……まぁね?あの子割かし危ないことにもグイグイ行くタイプだし。」
女もそんなユウジに気を使ってるのか優しい口調で言う。
「まぁ、心配ならあの子が働いてる店に行ってみな。ああ、タバコ屋ね。タバコ屋のおばあちゃんが腰痛めたからってあの子が品出しの手伝いしてたらしいし。あのおばあちゃん何かとユズキのこと心配してたから何か知ってるかもよ?」
「ほ、ほんとですか!!」
ユウジは嬉しそうに顔を輝かせる。
「リョウは……?何か……あぁ、親しい人だったりは?」
「リョウ?あいつにそんな人居ないよ。あいつ一匹狼極めてるから。」
手をヒラヒラさせ女は言う。ガルゴは身体が重くなるのを感じた。不安と困惑が身体を満たす。しかし、リョウとユズキが一緒にいる可能性があることを思い出し、誤魔化すように深く息を吸っていつの間にか俯いていた顔を上げる。
「ありがとうございます。」
ユウジもハッとして女に言う。
「あ、ありがとうございます!タバコ屋はどこのでしょうか?」
その後は女にタバコ屋の場所を聞き、今はもう遅いからと明日また落ち合って話を聞くことにした。一応女の連絡先を聞いておいてユウジと別れる。
その日ガルゴは酒を飲まずに寝た。
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