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第15話 衝突
15話 衝突
ガルゴらは夜、タバコ屋で店主に話を聞いていた。夜なのは両者の仕事後にしか都合がつかなからだ。季節的にも寒くなってきて厚手の上着を羽織って二人は話す。
「ええ、そうです。ユズキの知り合いなんです。僕達。」
店主のおばあさんはへえへえと首をカクカク動かしながら頷きしゃがれた声で話す。
「はぁ、まあ……あの子に友達が多いことは知ってたけどねぇ。まぁまぁ。そうだねぇ……。そういえば、あの子、いなくなる前にお金を借りてったよ。」
「お金?ユズキはお金に困ってたんですか?僕そんなこと知らない……。」
「いやぁ、なんか少し顔出さないなぁと思ってたら急に来て。その日なんかボロボロでさぁ、何があったのか聞いても話さねぇんだ。でさ、お金貸してくれっていうもんだから小遣いあげてぇよぉ。喧嘩か?誰だいうてもきかなねぇくて走っていなくっちまったんだぁ。」
「そ、その後って……。」
「さぁな。お巡りさんにも言ったんだがここらへんは喧嘩も色んな危ないこともあるだろう。だから探すって言われてそれきりさぁ。」
ユウジはヘロヘロとその場に座り込んでしまう。顔を緊張させ自身の上着の袖を強く掴んでいる。
「おい……。」
ガルゴがしゃがみ込みユウジの肩を叩く。ビクッと震えるが何も言わずさらに丸くなってしまう。ガルゴにはそれがとても小さな背中に見え、蹲って顔が見えなくなったユウジの表情を想像することができなかった。昨日の女の話を聞いて顔を明るくしたユウジとは今蹲っているユウジと同じ人物のように思えなかった。
「ぁあ、あとねぇ……あと、あとはぁ、ああカラオケ行くって言ってたなぁそれをボソって言うもんだから最初なんのことだか分かんなかったよ。」
「カラオケ?」
ユウジの肩に手を置いたまま顔を上げガルゴが聞く。
「ああ……なんかしんどそうな顔してたからさぁ、カラオケに何にしいくんか聞けばよかったなぁ。」
おばあさんは肘をつきながらその時を思い返しているのか細い目で空を見ている。
「どこのカラオケか分かります?」
ガルゴは身を乗り出し聞く。
「さぁ……まぁ、ここは沢山店あるからなぁ。でもまぁあの子がよく行く店なら知ってるよ。教えてやる。あの子のこと連れて帰ってきてくれよなぁ。」
おばあさんは震えている手でメモを書きガルゴに手渡す。
「ありがとございます。」
ガルゴはおばあさんに感謝して礼をし、その店に向かうためユウジを立たせるため振り向く。すると、ユウジはもう立っておりそこに突っ立てた。ガルゴはどうしてもその顔を見ることが出来ず彼の後で下を向きながら話す。
「ここから近そうだ。この通りを真っすぐ進んで……。」
住所を見た限りすぐに行けそうな範囲だったため、メモを読み上げてみる。するとフラフラとした足取りでユウジは歩いていく。立ち止まらず歩くユウジの姿に驚きと困惑を感じながら後を続く。
ユウジはどんな状態なのか、恋人であるユズキがボロボロだったことを知らされて。リョウならいつものことだと割り切って考えられるがとガルゴは頭の中を巡らせる。
今歩いている道のりの行き先も、かかる時間もどれほどかどこなのか分かっている筈なのにその移動時間は長く永遠のようで真っ暗闇を歩いているようだった。
そんな重くのしかかるような道の先に目指していたカラオケ屋があった。ガルゴはついてしまったと感じた。
二人は店に入りフロントに話しかける。フロントは二人を見て顔をしかめたりもせず機械的に言う。
「他のお客様の情報についてはお伝えできかねます。」
当然と言えば当然だった。二人はただの一般人であり何も権限がなく店員も話す義務などない。
「……何か忘れ物はありますか?知り合いのものがあるかもしれないんです。」
ガルゴは捻り出して言う。
「例えば携帯とか。」
ガルゴはリョウの、ユウジはユズキの携帯の見た目について説明する。すると、それでしたらと店員は二つ携帯を持ってくる。
「男子トイレに捨てられてました。水没していましたが一応貴重品は回収することになってますので。」
それは紛れもなくリョウのものだった。ユウジも目を開き言う。
「ゆ、ユズキのです!これ!このストラップ、ぼくがあげたものです!」
そんな二人に店員は身を寄せ言う。
「本来ならご本人様以外は受け取りできませんが、もう三ヶ月なので破棄する予定のものだったから受け取ってください。あ、何かあっても俺の名前は出さないでくださいよ。面倒なことは嫌なんで。」
丁寧な口調から砕けた口調になった店員はニコッと笑いながら二人に書類にサインを求める。
二人は素早く書類にサインし携帯を受け取る。リョウとユズキのもの両方ともヒビだらけで所々欠けている。水没していたともあり電源がつかないが、二人はこの二つの携帯が希望の光のように思えていた。
「修理屋さんってまだやってますかね?」
ユズキの携帯を涙目で握りしめながらユウジは言う。
「もうこんな時間だしな……。後日の方がいいだろう。」
「そうですよね……。」
カラオケにある壁掛けの時計を見やって二人はため息をつく。
仕方なく二人は帰路につく。繁華街から離れると辺りはいつの間にか静かになりまばらに街灯が灯っていて、明かりのついている家も少なく道は真っ暗闇に染まっている。
寝静まった住宅街を無言で二人は進み。次の街灯へ目指して歩いて、また次の街灯へと目指すように地面に当たる光を踏む。
ふと、ユウジが口を開ける。
「リョウさんとは恋人関係なんですか?」
ガルゴは口を閉ざしたまま目を見開く。歩む足を止めずに少しどもりながら言う。
「いや、違う。ただの友人だ。」
リョウのことを考える。今、友人と言ったがリョウとそういう関係になりたいという考えを持っていない訳では無い。リョウがいなくなる前のあの日のことを思い出す。
「そうだったんですか。すみません、早とちりな考えでした。」
ユウジは申し訳なさそうに小さく礼をする。
ガルゴはそんなユウジを見て罪悪感を覚えた。ユウジは恋人であるユズキを助けようと奮闘している。それに対してリョウに向ける感情は恋とは言い難く、その感情が支配欲か何なのかも自身でも判断が付かずどうすることもできない感情が渦巻いていた。
「ガルゴさんはリョウさんとご親友なんですね。」
ユウジは微笑みながら言う。
「どんな人なんですか?ぼく、ユズキから色々聞いてはいたりするんですがあの子結構いい加減だから。」
「……。リョウもいい加減な奴だ。フラフラどっか行く。そのどっかで怪我する。仕事も俺が紹介するまでフリーターとか言ってどっかの店で働いてクビになってを繰り返してた。」
「そうだったんですね……。ユズキもですよ。バイトとか始めたって最初大はしゃぎして伝えるのに3日後には辞めてるんですから。」
「ああ、そうだな。店長やらに呆れられるのが異様に早い。どんなことしたんだって聞いても言われた通りやっただけっていうが、結局何もしてなかったり、ああ、あと部屋もすぐ汚くするし。」
「あはは!そうですね、ぼくたち一緒に住んでいるんですけどユズキ専用のスペースだけ物がゴチャゴチャしてて!」
そうやって二人は遊び人二人のどうしようもなさを語りながらも笑っていた。
「ユズキって本当は心開くの遅かったんですよ。表だけじゃなくて本心を聞き出すのに何年もかかっちゃって。……懐いたと思ったらフラッといなくなる猫みたいだなって思ってました。でも、本当に居なくなられたら……。」
ユウジは首を傾け、顔に影ができる。
「……絶対見つけよう。」
ガルゴは思わず口から出た言葉に驚いた。自分がこういう発言をする事はあっても意識せず出た言葉に困惑したが、ユウジは眉を上げ意気込むように言う。
「……はい!」
その顔に気圧されながらもガルゴはユウジの半歩後を歩きながら考え事をしているとちょうど交差点につく。
「ぼく、こっちなんでそれじゃ。また。」
ユウジは丁寧にお辞儀をして歩いていく。ユウジの方向は明るくある程度コンビニや24時間スーパーがある地域だった。
「ああ。」
ちょうど信号が変わりガルゴも住宅街の真っ暗な道に歩いていく。
――
もどかしさも有りつつもユウジが訪ねてきてからは、リョウに近づいているような気がしてガルゴは部屋の片付けをし、自炊も簡単なものから再開し始め三食食べるようになった。携帯は修理に出すと一週間後また来てくれとあり、ユウジと安堵のため息をついたりもした。
何かスーツの男についてリョウかユズキが情報を残していたり、どこにいるか分かるようなものがあればいいと期待しながら日々を過ごした。
時々またユウジと町へ赴き情報を集めていたがガルゴは腑抜けていた時期に溜まっていた仕事を片付けなくてはならずユウジが殆ど一人で夜出かけて、その翌日ガルゴに報告するといった形をとっていた。
しかし、携帯を取りに来てほしいとガルゴの方に修理屋からの連絡があった日からユウジと連絡が取れなくなった。
メールをしてみて一日反応が無いとガルゴは不審に思い電話をかけた。
「……もしもし?」
自動音声が流れるばかりで何回かけても時間を変えてもこちらに何も返ってこなかった。
ガルゴの中にある不安が浮かび上がり町へと繰り出し話を聞いて回った。二人で調べていた場所、ユウジが以前調べたという場所を回り、タバコ屋やカラオケにだって行った。
見かけたという情報はあった。けれどユウジ本人を見つけることはできなかった。
その日ガルゴはトボトボと下を向きながら帰路についた。もはや、何も考えられなかった。何が起こってるのかさえよく分からなかった。抜け殻のように歩き、ユウジと二人を探した日が遠い昔の出来事のように思われる。
いつの間にか繁華街を抜け、交差点に差し掛かる時、前から歩いてきたスーツの男にぶつかってしまう。
「ああ、すみません……。」
顔を上げ気迫のない声で言う。スーツの男は首を振り微笑みさっさとその場を立ち去ってしまった。
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