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第1話

人々で賑わうホストクラブや飲み屋が並ぶ歓楽街。その暗い路地裏で、キラは息も絶え絶えに壁を背にもたれ掛かっていた。殴られた顔は口はしから血が出ている様だし、何より体も痛い。 (顔は商売道具なんだけどね…) 殴られた顔をさすりながら、キラは先ほどの事を思い出していた。 歓楽街を歩いていたら男に因縁をつけられたのだ。その男は、キラがホストとして接待していた女性客の彼氏らしいが、女の名前を言われてもどの女かすぐに結び付かなかった。 最低な話だがどの女か思案していたところ、男に殴られる。調子の悪かったキラは反応が遅れ、殴り返す間もなく殴られ続ける。 治安の良くないその歓楽街では喧嘩は珍しくない。人々は少し気にする素振りはするものの、助けようとする者はなくキラは尚も殴られ続ける。 隙を着いて逃げて来たはいいものの、見つかるのも時間の問題だろうか。 (腹が減っていなければあんな奴…) と、面倒くさがって食事をしなかった自分を恨む。 しかし、食事を用意するのも面倒なのは事実だ。何故なら、彼の食事は…。 カランッ…と缶を蹴る音が聞こえた。男が追って来たのかと音のした方を向くと、そこには見知らぬ青年がいた。 青年は人がいた事に驚いているらしい。しかし、キラと違い夜目が効かないのか、目を細めながらキラの様子を伺っている。 (コイツでいいか…) キラは食事をしようと青年に近づく為、立ちあがろうとした。 「ッ…!」 軽いうめき声をあげるキラ。思いのほかダメージが深かったのか、立ち上がれない。 そうこうしている内に、青年は息を呑むとどこかへと立ち去ってしまった。 食事にありつけると思った彼は舌打ちする。 ここでこうしていてもあの男に見つかるだけだが、痛みもありもう動けそうにない。 意識が朦朧とする中、再びあの青年が戻って来た。 青年は先ほど持っていなかった紙袋を持っている。すると、青年はキラに近づき、紙袋からとある物を取り出した。 霞む視界の中、青年は痛ましげな顔をして傷薬を塗ったガーゼや絆創膏をキラの顔へと貼っていく。 「他は…どこか怪我をしていませんか?」 気弱そうな、だが優しげで柔らかな青年の声が響く。 痛む腕を動かしシャツを軽く捲るキラ。 新たに見えた青痣達を見て青年は痛ましげに表情を歪めながらも、同様に応急処置を施していく。 その様子を目を細めてキラは眺めていた。 応急処置が済み、青年は道具を紙袋へしまう。 「これで少しはマシになるといいんですけど…。 とりあえずお家へ運びましょうか?」 「いや…家は遠いんだ。俺の職場がちかい、案内するからそこへ運んで欲しい」 「わかりました。では、立ち上がらせますね。痛むところがあれば教えてください」 青年はキラの腕を肩にかけて立ち上がらせる。キラの方が背が高い為、青年は少しよろけつつもしっかり支えてくれる。 そうして着いたのはキラの職場であるホストクラブの裏口だ。 キラは青年から離れ、裏口のドアを開けようとしたがドアは勝手に開いた。 そこには驚いた顔の同僚がいる。 「キラ!お前どうしたんだ、その怪我…!」   お調子者で元気な彼の声も、今はノイズの様だ。 顔を顰めるキラに同僚は続ける。 「変な女にでも引っかかったかね…。ま!よくある事だ、気にすんな!」 空気の読めない同僚はバンバンと容赦なくキラの体を叩く。 痛みに呻くキラを心配そうに眺める青年。同僚を軽く払いのけ、キラは青年へと優しく笑い声をかける。 「傷の手当…ありがとう。ここへも運んでくれて助かったよ」 「いえ…!大したことはできてませんが…。 あの…じゃあ、僕はこれで失礼します」 ぺこぺこと頭を下げ、青年は去っていった。 ホストクラブの休憩室の中。怪我をした経緯をしつこく聞いてくる同僚を受け流しつつ、手当してくれた箇所を撫でながらキラは先ほど助けてくれた青年へと思いを馳せた。 キラの胸へと温かい何かがあった。
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