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第21話
身体を綺麗にして、自分を落ち着かせてからリビングに戻ったが、スラッシュはいなかった。私室をノックしても良かったが、今顔を合わせるのもバツが悪い。ちょっとホッとしたのは確かだった。
キッチンのフライパンの蓋を取ると、リゾットは出来上がっていた。だが手はつけられていなかった。
先に食べてしまおう。もしスラッシュが戻れば、温め直せばいい。ほんの少し加熱してクリームがやわらかくなったリゾットを自分の分だけ皿に移す。オニオンスープも温め直して具と共にスープマグに注いだ。
広いダイニングで食事をする。
最近はスラッシュといつも一緒だった。談笑しながらというわけでもない関係だが、彼といると穏やかだった。だからか少し寂しく感じる。
リゾットは美味しかった。きのこの香りもして、米もふわふわで柔らかかった。オニオンスープも私好みの優しい味。別で温められたブロッコリーとカブは綺麗な色を保ったままだ。スラッシュの料理はいつでも私に幸せをくれる。
私は、彼を幸せにしてやれているんだろうか?
(何だか、自分ばかり得をしているような気がする)
ふと思う。
私が彼にしたことは、皆金で解決できることばかり。嬉しいとは違う。衣装だってたくさん用意したが、彼は嬉しそうにしていたわけじゃない。4WDを用意した時は嬉しそうだったが、エドを思っていたからかもしれない。
スラッシュは幸せなんだろうか、私といて。
一緒に過ごしてしばらくが経つ。あのしかめ面がうっとりと微笑む時などあるんだろうか。ニヤリと粗野に笑うのは見ても、破顔は見たことがない。
空になった皿を手に取りシンクで洗う。皿を片付けながらも記憶しているスラッシュの顔を思い出していた。
(やっぱり見たことない)
がっかりした。
彼は私といても幸せを噛み締めることはないのだろう。義務なのかもしれないし、彼にとってはこの生活全てが「仕事」なのかもしれなかった。
そんな風に思わないで欲しい。
長く平坦な運命でも、日々に喜びを味わって欲しい。たとえ「契約」があっても、彼の自由を奪いたいわけじゃない。
私にできることがあれば……
スラッシュを幸せにしてやりたい。
「……」
そうだ。今日は血を飲みすぎてしまったし、スラッシュは腹が空いてるだろう。リゾットとスープだけじゃ足りないかもしれない。詫びも含めて何か作ってあげよう。
とはいえ、私に料理の才覚はあまりない。
簡単なものしか作れないが…バケットがある。サンドイッチくらいなら私にも作れるだろう。
具は何がいいか。ハムやチーズなら挟むだけだ、卵なら少し手間をかけた感じがするだろうか? よし、卵にしよう。
冷蔵庫から卵をふたつ取り、ボウルに割り入れる。よく混ぜて軽く塩で味付けを…どれくらいだろうか? これくらい、もうちょっと…? スラッシュはオムレツを作る時ミルクを入れていたような気がする。炒り卵の時はいるんだろうか…?
小さなフライパンで卵を焼く。簡単だ、混ぜればいいだけだ。…いや、バターをひかないと。よし、ちゃんといい匂いだ。卵を入れたらかき混ぜて。そうだ、マヨネーズとマスタードを絡めたのが美味しかった、あれを作ろう。
冷蔵庫を開いてマヨネーズとマスタードを探す。普段あまり触らないので、どこに何があるのかわからない。
「どこだ…? …あっ!」
ハッとしてフライパンに戻る。しまった少し焦げた。真っ黒ではないから大丈夫か? 火を止めておくべきだった。少々茶色いところがあるがマヨネーズとマスタードを混ぜれば大丈夫だろう。
皿の中で炒り卵と調味料をまぜる。これをバケットに挟んで、彩りに少しレタスを。なかなか見た目は良い出来だ。スラッシュは喜ぶだろうか?ラップをかけて冷蔵庫に入れておけば気がつくだろう。でも自分の分だとわからないかもしれない、メモをつけておこう。
散らかした道具を片付けてから、メモを書く。
さきほどはすまなかった
サンドイッチを作った
足りないようだったら食べてくれ
(これでいいだろうか…少し味気ないか?)
色々と付け足したりして書き直してみたが、結局初めの簡素なものにした。
メモを書いているうちに私室から出てくるかと思ったが、スラッシュはうんともすんとも言わなかった。具合が悪くなっているとは思えないが、もしかしたら眠ってしまったのかもしれない。目覚めれば腹も空かしているだろうし、気付くだろう。
サンドイッチを気に入ってくれるだろうか。
美味しいとは言わずとも、腹の足しになればいい。
慣れないことをして、少し気恥ずかしい。スラッシュが起きる前に私も眠ろう。
リビングの照明を少し落としてから、寝室に戻る。
彼の顔が見たいような気もしたが、それは私のわがままだろう。寝支度をしてベッドに入る。しばらく耳を澄ませてスラッシュの気配があるかを気にしていたが、次第に眠りへと落ちていった。
夢でくらい、スラッシュの笑顔を見てみたかったが…
それは難しいようだった。
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