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第29話
夜になり、雪がまた降り始めたようだ。
消音にしたモニタのニュースはずっと街の様子を映している。ステラの定点カメラを提供したので、街全体を見渡すことができた。
今のところ緊急性はないだろう。セキュリティや自治体の甲斐あって、大きな障害は出ていなかった。後は雪が止んでくれることを祈るばかりだ。
私はダイニングで仕事をしていた。ここならば玄関からスラッシュが帰ってくればすぐわかる。ステラの運営報告を読んでいたが、時計ばかりが気になった。随分と夜が更けてきたのに彼はまだ帰宅しない。
モバイルに連絡をしてもよかった。だが帰宅をせっついて束縛と取られるのも嫌で、していなかった。
(話したいことがたくさんある)
頬杖をつき、モバイルを見る。スラッシュからの連絡はない。まだリリィにこき使われているんだろうか。それとも流雪溝はそんなにも埋まってしまっているのか。いやしかしトラブルがあれば私に連絡が来るだろう。主要道路の閉鎖も解消されている今、流雪溝に不備はないはずだ。
まさか…
まさか、スラッシュの発情はまだ終わっていなくて、どこかに解消しに行ってしまったとかではないだろうな。見ていた限り、あっちこっちの女性に色目を使ってきたスラッシュだ。そんなことがあったっておかしくない。
ということは、私では満足できなかったということで。
「……」
指を組み、肘をついて額を甲に乗せる。
昨夜は彼に気に入られているんだと思っていた。スラッシュの欲は収まることを知らず、私はくたくたになるまで抱かれた。情熱的なキスも、止まらなかった。
だが一夜明けた後、時間が経過すればするほどその確信は朧げになり、今ではあれはやはり「一時の過ち」…つまり間違いだと思われているのではと不安になる。
スラッシュはどう思っているんだろうか…私のことを。
それに、私は?
私自身はスラッシュとどうなりたいと思っているんだろう。
そう考えると、本当に…自分でもはしたないと思うが……
(もう一度、スラッシュに抱かれたい)
それに行き着いてしまう。もう一度抱かれればよりもっと明確な気持ちが持てるんじゃないかと。何せ昨夜は荒波に揉まれるような情交だった。スラッシュの欲望を感じて私も経験がないほどに乱れ、溺れた。思い出すと顔が熱くなるほどに。
それに…彼は上手かった。
確かに初めは苦しさも痛みもあった。受け入れられたのは私が吸血鬼だったからかもしれない。けれど、それでも彼の性技はとても…よかった。だからこそそれに夢中になってしまって、彼自身をあまり見ていないような気がする。
私を抱く、スラッシュをもう一度見たい。
どんな顔をして、どんな瞳をしているのか。
確かめたい。
そこに、私への愛があるのかを。
妙な緊張を覚える。
自分の希望と、現実の残酷さを考えてしまい、心がギュッと苦しくなった。
気分転換にシャワーを浴びよう。それからスラッシュが腹を減らして帰ってきた時のために…そうだ、冷凍庫にカレーがあったはずだ。あれを温めておこう。そう思いながら体を流していたが、悶々とする気持ちは消えない。
シャワーあがりバスローブのまま、煩悶しながらベッドに転がると、睡眠不足が祟ったのかいつしか眠ってしまった。
ベッドが軋み揺れる感覚に、目を覚ました。
ハッとして顔を上げると、スラッシュだった。
いつの間に帰ってきたんだろう、まるで気が付かなかった。
上半身は裸だ。まだ髪は濡れていた。眼帯はつけていたが、風呂上がりであるのがわかった。
「よう」
「スラッシュ…、あ。私は眠って…すまない、食事を用意しようと思っていた、のに……、…?」
彼の手が、私のバスローブの腰紐を引く。ほどくと、掌を中へ差し込んでくる。
「……っ」
ドキリと胸が高鳴る。
「飯は後でいい」
「でも、疲れてるんじゃ」
「疲れてねえよ。…でもそう思うなら」
掌を私の胸に滑らせる。
「癒してくれ…」
甘い微笑み。いつもは鋭いだけの隻眼に、艶を帯びる。昨夜の快感が思い出されて、身体がすぐに疼く。
(聞かなきゃならないことが、たくさんあるのに)
そんな風に思っても、私の中の淫らな部分がそんなこと今はどうでもいいと言う。スラッシュの感触をもっと知りたい。あの激しい愉悦をもう一度味わいたい。吸血鬼としての享楽な性が頭をもたげる。
スラッシュの身体がベッドにのし上がる。目を離せないまま後退りすると、解けていたローブが自然と肩から抜けていった。彼も腰に巻いていたタオルを取ると、一糸纏わぬ姿だった。
すでに雄は勃ち上がっている。それを見ただけで、下腹が疼いた。
スラッシュの顔が近づき、唇が重なる。始めは優しく唇を喰み、次第に強く吸い、温かい舌が入ってくる。私はそれに今夜も驚いていた。
彼はもっと乱暴なのかと思っていた。ただのイメージなのだが、身に潜む猛る生命力を感じるたび、荒々しいセックスをするタイプなんだと勝手に思っていた。
予想に反していた。彼はとても優しかった。
もちろん力は強く、時に荒くなる時もある。けれど、私の身体を省みず痛めつけるような行為はしなかった。
今も…いや、昨日よりもっと…焦ったいほどに優しい。
「メテオラは、意外に雪深いんだな…雪かきに難儀した」
「ん…、…今年は、雪が多い…かもしれない」
頸を撫でられ、ゆっくりとしたキスを交わしながらスラッシュが言い、私も答える。
「寒いが、雪は…嫌いじゃない」
唇が首筋を辿りながら言う。スンスンと鼻を鳴らし、匂いを嗅がれている感覚があった。同時に、両手が脇腹を滑ってゆく感触に昂る。尻をくるりと撫でられると、足が開いてしまう。彼の腰が足の間に入ってきて、雄同士が擦れて少し痛かった。
恥ずかしい…私の方が早く早くと急かしているようで。
「お前も、雪のように白いしな」
私の肌を啄みながらスラッシュが呟く。硬い腕が身体を包むように巻きつき、抱きすくめられる。
「え?」
「…ん? だって真っ白だろ? 髪も肌も…」
いやそうじゃなくて。
「なら、それは」
と言いかけて、唇を塞がれる。舌を絡めとられチュッチュと吸われた。とろけるように甘いキスで、この何百年味わわなかった感覚にすぐぼんやりとしてしまう。もっとと強請るように彼の顎や首を撫でる。
もしかして…スラッシュは……
セックスがすごく上手い?
それとも人狼の御業なのか? ひとを酩酊させるような何かを持ってる? 私はそれに翻弄されている?
ふたりの腹に挟まれた私の雄が濡れる。そこにスラッシュの硬い雄が擦り付く。彼の腹筋が揉むようにそれらを捏ねる。
「ア、アっ…」
痛いようで気持ちいい。揺れる彼の腰に手を回し、引き締まった尻を自分に引き寄せる。隆々とした張りのある筋肉が撓むように動くのを感じ、いっそう夢中になる。
少し荒くなる息。それでもスラッシュは唇を離さない。私も縋り付く。低い艶やかな吐息を吐き、快楽を隠さない。私の吐息は上擦る。追い立てられ、どうしても。そうするとスラッシュは嬉しげにさらに強く腰を揺らした。
ベッドが軋む。
彼は気持ちいい。
身体ごと、何もかも。
普段は仏頂面で、相手によってはとても不遜で制御しづらい気難しさも持っているのに。
どうしてこんなに――
「いいものを買ってきた」
「え…?」
達しそうだったところに急に言われ、呆けた声が出る。スラッシュが腕を伸ばしてサイドボードに乗っていた何かを取る。
「どうしても濡れねえからな」
ボトルのキャップを取ると、ひっくり返して。彼は体を起こすと、自身の雄にそれを垂らした。糸を引き、私の腹にも溢れる。
「あっ」
スラッシュの指が私の後孔をさぐる。片手は膝を掴み、胸につくほど押し上げられた。
「もう柔らかいな……さすがやらしい身体してんな、お前」
「……」
恥ずかしくて、何も言えずシーツを掴む。
それでも欲しくて。あられもなく開かれた体勢に耐える。スラッシュの指がローションに濡れた自身の雄を掴み、先を私に押し当てるのが見えた。
「欲しいか」
そんな風に聞いてくる。スラッシュを見上げると、悪戯じみた笑みを浮かべて私を見ていた。
お前だって欲しいくせに。
そんな言葉が頭をよぎったが…
私はただ頷いた。
すぐに熱いものが入り込んでくる。
「ああっ! ア――…!!」
滑りのせいで奥まで突かれ、勢いに果てる。
けれど、スラッシュは腰を止めない。
「や…待っ…、…イ…っ……!!」
よすぎる。込み上げる快感が止まらない。タチュッ、タチュッと糸を引きながら肌がぶつかる音。擦れる滑らかさ。彼の腰を止めようと美しく割れた腹筋を押しても、止まるわけがない。
「…っん…、…レオ…」
もう、ズルい。
この時だけ、そう呼ぶのは。
足を開かせる呪文だとわかっている。
私が抗えないことも。
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