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百日目の姫君 1-4
「お父さん、静かだね」
「寝たんだろう」
飛鳥と清人が囁くような声を交わす。
「さっき俺が言ったこと、本気だからね」
「そうか。そりゃ困ったな」
清人が喉奥で笑うのを、飛鳥が高い声で制した。
「清人さんは俺の言うことをいつも本気にしないんだから」
車の振動で身体がガタガタと揺れる。
「俺はいつまでも子供じゃないよ」
「ちん毛見せてって言ったら、見せてくれなかったじゃないか」
「あれは中学生のときだったから! 薄くて恥ずかしかったんだよ」
「今はボーボーか」
「ボーボーですよ」
くだらない下ネタで、ふたりは声を揃えて笑っている。飛鳥と清人は仲が良かった。飛鳥は父親の自分よりも、清人の言うことをよく聞いていた。
清人は穏やかで優しい性格で、子供や動物に人気があった。清人はアルファとしての特性が弱く、いままで誰とも番になろうとしなかった。
オメガの自分がアルファの清人と友達を続けているのも、清人が幼いころから自分の一歩後ろをついて歩く性格だったからだ。幼稚園のころ、未来は小柄でいじめられっ子だった清人を守っていた。その関係が、三十数年経ったいまでも続いている。飛鳥に頼まれると、清人は真夜中でもこうして車を出してくれる。
車が停まって、未来の物思いは途絶えた。飛鳥の手で肩を揺すぶられたからだ。
「ひとりで立てる? 大丈夫?」
未来は飛鳥の手を軽く叩くと、シートから起き上がった。
築四十年の家へ入ると、未来は気になっていたことを飛鳥に訊いた。
「清人に本気だって言ってたこと、何だ」
「聞いてたんだ」
リビングの電気を点けながら、飛鳥が不快そうに目を細める。飛鳥は首が長くてほっそりしていて、目の大きな鳥の雛のようだ。
「僕はお父さんみたいに自分がオメガであることを嫌だと思ってはいないよ」
リビングのソファーに手をついて身体を支えながら、まだ発情期も来ていない子供が生意気なことを言っていると思う。
「お前はまだ苦労してないから、そういうことが言えるんだ」
「これから苦労しても、自分の身体が嫌だと思いはしないよ。俺は俺を肯定して生きていく」
飛鳥は唇を引き結ぶと、未来の顔を挑みかかるように見上げた。
「俺は清人さんと番になるんだ」
「飛鳥!」
ショックでグラリと頭がかしいだ。
「清人は俺と同い年だぞ!」
「知ってるよ。でも、決めたんだ」
「お前はまだ世間を知らないだけだ。簡単にそんな重要なことを決めようとするな」
「僕はお父さんみたいに人生を呪って生きるのは嫌だよ。自分の人生は自分で決める。お父さんは邪魔しないでよ」
「俺は反対だからな!」
「今はそれでいいよ。おやすみ」
飛鳥はリビングを出ると二階の自分の部屋へ上がっていった。
未来は重い頭を手で支えながら、三人掛けのソファーへ腰を下ろした。
飛鳥が清人を好きになったのは、鳥の雛の刷り込みのようなものだ。清人は飛鳥を生まれたころから知っている。飛鳥が自分の幼なじみを好きになるとは、未来は考えたこともなかった。
飛鳥が清人と番になったら、自分と同い年の息子ができることになるのか。未来はソファーに頭を預けると、蛍光灯を見上げて目を細めた。
何度も心のなかで思ってきたことを繰り返す。
神様は絶対に世界の作り方を間違えている。
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