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百日目の姫君 1-3
喉の奥と鼻が痛い。下剤を飲まされたので腹の調子も悪かった。未来は胃洗浄されて気分が悪いので入院させろと医師に言ったが、医師は二時間ほどの処置を済ませると『ご家族が迎えに来ていますから帰ってください』と告げた。
鳩尾を押さえて処置室を出ると、未来は薄暗い蛍光灯の下に立つ息子と幼なじみを見つけた。
「お父さん、大丈夫?」
細面で目の大きな飛鳥の顔が歪んでいる。怒っているが、病院の廊下で喧嘩を始める気はないらしい。言葉の代わりにひらりと手を挙げる。
「未来、飛鳥。帰ろうか」
車のキーを指に引っかけた清人がふたりを促した。
冷気が漂う廊下を抜け、緊急病院を出る。星の光が明滅する、寒々しい夜だった。清人の車の後部座席に乗り込むと、未来はシートに横になって目を閉じた。
「お父さん、いいかげんにして。メンタルケアにも行ってないんだって? 俺が医者に怒られたよ」
助手席から飛鳥の甲高い声が降ってくる。
「変なところから薬貰ってないだろうね?」
インターネットの薬関係のサイトへ行けば、どんな発情抑制剤も手に入れることができる。しかし、家族に気づかれるようなへまはしない。未来は苦しげに唸ると身体を丸めて飛鳥の小言を避けた。
「飛鳥、寝かせてやれよ。体力を消耗して辛いんだろう」
「寝る前に少しでも自分の馬鹿さ加減に気づいてもらわないと」
「親を馬鹿と言ってはいけないよ」
清人の声に苦笑が混じる。清人の言うことは素直に聞く飛鳥が押し黙る。
車内にラジオの音声が流れた。邦楽の女性ボーカルのバラードだった。
この世には六つの性別がある。まずは生まれながらの性別、男と女。そして思春期に確定する性別、アルファとベータとオメガだ。
アルファは人口の十パーセントを占め、オメガとなるとさらに希少になる。人口の殆どを占めるベータは、本能に振り回されることがないかわりに突出した能力もない。
アルファは優れた容姿と能力を持つが、オメガのフェロモンや発情期に影響を受ける。オメガは男女共に妊娠する器官があり、周期的に訪れる発情期を回避しながら生活しなければならない。
オメガの自分は、アルファの妻の子供を産んだ。それが飛鳥だ。飛鳥も最近、オメガであることが確定した。容姿は自分に似てくれてもよかったが、性別まで似る必要はなかった。
番であった志織が亡くなってから、未来は発情期の管理をふたたび行わなければならなくなった。最近は発情抑制剤の効きが悪く、今は日本では認可されていない抑制剤を使っている。時には粗悪な抑制剤に当たることもある。今回も抑制剤をカクテルしたのが悪かったのだろう。医師の容赦ない胃洗浄で苦しむことになった。
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