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第9話 レアンと魔法訓練

 ルカとシェーンとのお茶会を、リリムは思い返していた。 『五感の護り』候補である二人が揃ってリリムにそれらしい反応を示した。 (だけど、僕は『神実』じゃない。主人公の前に立ちはだかる闇堕ちラスボスだ。『神実』を守ってラスボスを倒す『五感の護り』が僕に反応するわけがない)  とはいえ、はっきりと反応を示したわけでも、覚醒したわけでもない。  夜神版リリムは、本来のリリムとはかけ離れたキャラになっている。物語の展開が多少歪むのは仕方がない。 (僕がラスボスとして、最後にきっちりと主人公に倒されれば問題あるまい。完璧で至高の悪役令息になるために、僕は今、努力しているのだから)  中途半端なかまってちゃんではない、純然たる悪役令息、闇堕ちラスボスとなり、主人公に華麗に倒される。それがリリム夜神の目標だ。  自分の目標を改めて胸に刻んで、リリム夜神は努力を重ねた。  今日は、レアンに魔法の基礎をおさらいしてもらう。  レアンは光属性で、リリムは闇属性だが、魔法を使うための基礎は同じだ。  魔法を使う感覚を体で思い出すために、というか知るために、訓練をお願いしていた。  学院には魔法訓練室がある。  大中小と規模が別れた個室だ。  今日は基礎訓練だから、小個室を予約しておいた。 「遅れて、すまないね。待ったかい?」  レアンが訓練室に入って来た。  リリムは教科書を閉じて立ち上がった。 「練習前に教科書を確認していたから、時間を気にしていなかった。それより、レアンは忙しいんじゃないのか? 無理に僕に付き合わなくても」  魔法訓練はリリムが先んじて願い出ていたが、レアンのほうからも打診があった。カデルと剣の練習をしたり、フェリムと勉強したり、合間にルカやシェーンとお茶しながら礼儀作法の見直しをしていたら、すっかり後回しになった。  気付けば、この世界に来てから三週間以上が経過していた。  レアンがリリムの肩に、ポンと手を乗せた。 「私がリリムと訓練したいんだよ。待っていたのに全然、声を掛けてくれないから、待ちかねて私から声を掛けたんだよ」  微笑と気遣いが優しい。  さすが完璧王子だ。 (レアンはいつも、僕に気を遣わせないように言葉を選んでくれる。大人だ)  二歳しか年が離れていないのに、とても大人に感じた。 「ありがとう。レアンには、いつも助けてもらってばかりだ」 「そうかな? それほど、助けた覚えはないよ」    誰かと話している時、困ると助け舟を出してくれるのは、いつもレアンだ。それだけでも充分に助かっている。 「早速、始めようか。まずは魔力を体内で練って、出力する方法。総ての魔法の基礎だね」 「実は、それが巧くいかない。自分の体の中に魔力を感じるのに、外に放出できないんだ」 「練ることはできる?」 「巧くできない。まるで自分の魔力ではないようで、操れない」  リリムの話を聞いて、レアンが考え込んだ。 (本当なら教員に相談すべきなんだろうが、色々問題になっても困る)  闇魔術の筆頭たるヴァンベルム家の跡取りが、急に魔法が使えなくなったと知れては事だろう。  自主練で何とか使えるようになっておきたい。 (レアンなら、他に言触らしたりもしないだろうから、安心だ)  考え込んでいたレアンが、振り返った。 「少し試してみたい術があるんだけど、良いかな?」 「あぁ、構わない。よろしくお願いします」  ぺこりと頭を下げたリリムの両肩にレアンが手を置く。  顔を上げたら、レアンがニコリと笑んだ。  次の瞬間、強い魔力がリリムの中に流れ込んで来た。 「ぃっ……、待て、レアン……っ、ぁっ……」  電流でも流されたように、体が痺れて動かない。  全身が強張って、一気に力が抜けた。  崩れた体をレアンが支えた。  支えるというより、抑え込んでいるようだ。 「あぁ……、やっぱり、リリムは特別だ」  心酔した声が、頭上で響いた。  首を上げて何とか見上げる。  レアンが、うっとりとリリムを見下ろしていた。 「どうして急に、魔法を基礎から学び直したいなんて言い出したのか、疑問だった。けど、理由がわかったよ。魔法が使えなくなったんだね」 「そう……だ。けど、なんで、レアンは、僕に、何を……」  力が入らないし、上手く話せない。  脱力して倒れたリリムの体を、レアンが拘束するように胸に抱いた。 「大丈夫、害はないよ。逃げられないように少し、力を奪っただけだから。私の質問に答えてくれたら、ちゃんと戻してあげるよ」 「質問……?」  ぼんやりと問い掛ける。 「記憶を失くしたり、勤勉になったり、最近のリリムは、おかしな行動ばかりだ。まるで別人になったようだと皆が騒いでいるけど。理由はちゃんと、リリムの中にある」  レアンがリリムの胸を、とんと突いた。  どきり、と嫌な汗が滲む。 (まさか、リリムの中身が別人に変わっていると気が付いたのか? いや、気付かれたからといって、罪に問われるわけではないだろうが)  しかし、目の前のレアンは何故か強行手段に出た。  リリムを動けなくしてまで、何かを聞き出そうとしている。 「自分の中の果実の変化に、いつ気が付いた?」  質問の意味が解らなくて、咄嗟に返事が出来なかった。 「リリムは知っているはずだよね。自分が特別だって」  レアンの言葉が全然理解できない。 (特別って、何が? 将来、ラスボスになって『神実』の敵になると、レアンは知っているのか?)  物語の設定上、有り得ない。  レアンは登場人物で、物語はまだ始まってすらいない。  主人公はまだ学院に入学すらしていないのだから。 「果実? 特別? ……何の、話だ?」  レアンの眉がピクリと動いた。  優しい指がリリムの頬を滑る。   ゾクリとして体が震えた。 「嘘は吐いていないようだね。もしかして、本当に気が付いていないのかい?」 「レアンの言葉が、よく、わからない」  ここはもう、正直に話すしかない。  何せ体は、指一本動かない。 「じゃぁ、どうして魔法が使えなくなったと思ったんだい?」 「わから、なくて。けど、誰かに話したら、いけないと思って、レアンに、相談を、しようと」  実際、魔法の使い方を知らないから、できないだけだと思っていた。  だからレアンに教えてもらおうと思っただけなのだが。 「誰にもできない相談を、私にしようと思ったのかい?」 「ん……、レアンになら、話せると、思った」  レアンの腕が、リリムの体を引き寄せた。 「はぁ……、可愛いね、リリム。少し前の性格激悪なリリムとは、また違う可愛さだ。今のほうが、私は好みだよ」 「レアンが、何を言ってるのか、わからない」  本気でわからない。  この部屋の中でのレアンの行動は、小説に描かれている完璧王子の像とは違い過ぎる。 「今は、わからなくていいよ。誰にもできない相談を私だけに話すリリムが、可愛いだけだからね」  うっとりとした目でリリムを見下ろしながら、レアンが頬を撫でる。  その手つきが優しくて、余計に怖い。

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