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第17話 マムーレの森
ミレニア王国の首都は、国のほぼ中央に位置する。
カロンが住むカヌレ村は南東部の郊外で、すぐそばにマムーレの森がある。
木こりのカロンは、その森で仕事をしている。
マムーレの森の奥には『竜穴』と呼ばれる洞窟がある。
大昔の『神実』と『五感の護り』が黒竜を封印した穴といわれている。
それこそが魔窟の竜、主人公が倒す敵だが、今はまだ封印されている。
竜が眠る洞窟からは瘴気が漏れている。そのせいで、森には魔物が多い。
元々が、危険な場所だ。
リリムたちは、村ではなく森に入った。
森で仕事をしているであろうカロンの気配を感じ取って探すためだ。
「この森に、『神実』の気配を感じるのかい?」
レアンに問われて、リリムは頷いた。
『神実』の詳細な名前や出自を、リリムが明かすわけにはいかない。
レアンとシェーンには「何となく、ここにいそう」程度の感覚として伝えただけだった。
森に入って随分と歩いた。
とはいっても、手前になるのだろう。マムーレの森は広く、奥に行くほど瘴気が濃く魔物が多い。木こりのカロンは森の手前で仕事をしている設定だったはずだ。
「なら、風を巡らせて音を拾ってみるね」
シェーンが手を翳す。
掌の上に渦巻いた小さな風が広がって、森の中を駆け巡った。
「凄い……。シェーンの風は、格好良いな」
ちょっと興奮した。
魔法を使うシェーンを見たのは、初めてかもしれない。
シェーンが嬉しそうに笑んだ。
「この程度で褒めてくれるなら、これから会う度に魔法を使おうかな」
シェーンがリリムの髪に口付ける。
さりげなくリリムの腕を引いて、レアンが隣に立った。
「私も千里眼で探してみるよ」
目を瞑ったレアンから、広範囲に魔法が展開された。
広がる魔力が濃くて強くて、圧倒された。
「レアンの魔力はよく練られて、強いな。僕も、そんな風に使えるようになりたい」
純粋に憧れる強さだ。
きっとすぐには追いつけない高見だ。只々、尊敬する。
「また一緒に魔法の訓練をしようか」
リリムの髪を撫でながら、レアンが微笑んだ。
「是非、お願いしたい」
「その時は俺も一緒にね。二人きりは駄目だよ。抜け駆け禁止なんだから」
「……抜け駆けナシなんて、言わなければ良かったな」
レアンがぽそりと零した。
何となく言い方が子供っぽい。
シェーンに甘えているのだなと思った。
『……リリム、リリム……』
誰かに呼ばれた気がして、リリムは周囲を見回した。
聞いたことがあるような、知っている声な気がする。
千里眼を使っていたレアンがピクリと反応した。
「木を切り倒している男の子がいる。あの子の中に、何か、見える……」
「リリムの中の『魔実』に似た、果実の拍動が聴こえる。レアンが視てるのと、同じ男の子かな」
ほぼ同時に、シェーンも反応した。
(さすが、『五感の護り』だ。見付けるのが早い)
そう考えながら、リリムは自分を呼ぶ声が気になっていた。
周囲を探しながら、耳を聳てる。
『……あの子はまだ、本当じゃない。すぐに、本物が目覚める』
正体不明の声が、リリムに何かを伝える。
「本物じゃない? 目覚めるって、どういう……」
リリムの呟きに、レアンが振り返った。
「リリム? どうしたんだい?」
「声が聴こえるんだ。僕を呼ぶ声だ。レアンとシェーンには、聞こえないか?」
レアンとシェーンが、怪訝な顔で首を振った。
『女神様が選んだ、もう一人の果実。この世界の歪みを正す者』
頭の中にまた、声が響いた。
「女神が、選んだ? 歪みを、正す? どういう意味だ?」
聞こえた声を反復する。
レアンとシェーンがリリムを挟んで周囲を警戒した。
「確かに『神実』はミレニア王国を守る女神アメリアが造った果実だけど」
「問題は、リリムに語り掛けているのが誰なのか、だ。この場所は、魔窟の竜を封印した竜穴が近い」
シェーンがリリムを振り返った。
「闇属性のリリムは、引っ張られる危険があるね」
「リリム、私とシェーンから離れるな、私たちの後ろにいろ」
レアンの命令通り、リリムは二人の後ろに下がった。
(悪役が主人公パーティのメンバーに守られるのは、情けない。しかし今は、言われた通りにするべきだ)
リリムは、まだ何もできない。ここで無駄に逆らっても迷惑をかける。
今は、主人公の『神実』を無事に見付けることが先決だ。
声がまた、頭の中に響いた。
『女神様は今、動けない。だから、リリムが呼ぶんだ。この世界をリリムと共に救う『神実』の名前を、呼んで』
ドクン、と心臓が下がった。
何かの力が流し込まれたような異物感があった。
足が震えて、立っていられない。
(僕と共に、救う? 僕は悪役で、ラスボスなんじゃないのか? 僕は『神実』の敵じゃないのか?)
『敵は『神実』でも『魔実』でもない。リリムと一緒に女神様を助ける果実が必要なんだ。早く、名前を呼んで。リリムは、その名前を知っているはずだよ!』
「名前……」
一瞬、彼が浮かんだ。
名前も顔も、思い出したいのに思い出せない、クラスメイトの彼だ。
頭の芯が熱くなって、思考が鈍る。
体から力が抜けて、よろよろと力なく、その場に座り込む。
「リリム! どうした? 私の声が聴こえるかい? リリム!」
ぼんやりするリリムに、レアンが必死に声を掛けている。
その顔が、霞かかって滲んだ。
「魔獣の気配はないのに、一体、何が……」
シェーンが周囲の音を注意深く聞いている。
その姿まで、霞んで滲んだ。
(僕が、知っている名前。僕が思い出したい、会いたい人は……)
もう一度、笑った顔が観たいと思った。
彼が笑うと、嬉しくなる。
楽しそうにしていると、自分も楽しい。
だから、呼ぶなら、彼の名前を呼びたい。
「……神木、陽向」
その名を呟いた瞬間、空が明るく光った。
警戒していたレアンとシェーンが空を見上げる。
金色の光の柱が、森に降りた。
「あれは、神界からの光?」
「あの場所に、『神実』がいるのか?」
レアンとシェーンが何か言っているが、よくわからない。
ただ、リリムは安心していた。
(神木が、来てくれる。また、あの笑顔が見られる。会ったら、どんな話をして神木を楽しませよう。この世界に来てからの話を、たくさんして、それから……)
嬉しい気持ちになって、リリムは目を閉じた。
「リリム? ……リリム! 待て! 行くな!」
レアンの必死の叫びが聞こえても、目を開けられない。
とても眠い。眠ってもいいような気がして、リリムは眠りに意識を堕とした。
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