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第19話 大好きな世界を守るために

 空間にフワフワと浮きながら、リリムは不思議に思った。 「そういえば、ここはどこなのだろうか?」 『ここは私が幽閉されている場所です』  アメリアにニコニコと答えられて、返事に窮する。 『竜穴だよ。魔窟の竜が封印されてるところ。アメリアは今、竜に閉じ込められて封印されてんの。全部、メロウの仕業だよ』  アンドラスが分かり易い説明をくれた。 (魔窟の竜は、主人公が倒そうとする敵だ。アンドラスは竜にリリムを取り込んで、『神実』を殺そうとする)  そもそも竜はアンドラスが造った世界を壊すための怪物だ。  闇属性の魔力を竜に組み込んで強くするため、アンドラスはリリムを誘惑して取り込もうとする。 「仮に、今の状態で竜が倒されたら、アメリア様も死んでしまうのだろうか?」  素朴な疑問を口にする。 『正解です。私が死ぬと、もれなく世界が無くなります』  アメリアが明るく教える。  リリムは首を傾げた。 「それは、無に帰す、と? 滅亡……、消滅?」 『消滅のほうだね。メロウの思惑通りになる。逆に言うなら、アメリアを殺さない限り、この世界は消えてなくならない』 「つまり、この世界を消滅させるには、アメリア様を殺すしかない、と?」  アメリアとアンドラスが同時に頷いた。  世界を消滅させる方法は、思った以上にシンプルだった。 『メロウは私を竜に封印して、竜ごと人間に殺させようとしています』 『人間は女神様が竜になってるなんて、知らないからさ。仮に封印が解けて竜が出てきたら、倒すよね。世界、終わるよね』 「あぁ、なるほど。それでメロウはアメリア様を竜にしたのか」  アメリアとアンドラスの説明には、納得だった。  封印されている竜が表に出てくれば、人間は退治しようとする。  物語の展開も同じだ。  更に物語の中で、竜の封印を解くのは他でもない、闇魔術師のリリムだ。 (物語通りの展開を再現すれば、世界は消滅する、ということか。ならば僕が竜の封印を解かずにおけば、一先ず竜は表に出てこない)  リリムに竜の封印解呪をそそのかすアンドラスは、女神アメリアの味方だ。  魔窟の竜を外に出すきっかけは、なさそうだ。 「封印を解かなければ、アメリア様は逆にこの場所で守られるのだな。ならば僕が大天使メロウを堕天させるまで、茶でも飲んでのんびりしていてくれればいい」  その間に『神実』と『五感の護り』を覚醒させて、共にメロウを討ち取る。  アメリアとアンドラスが顔を見合わせた。 『竜穴の封印は、いずれ解けます。竜は解き放たれる』 『前の『神実』に封印されてから、かなり時間が経ってるしねぇ。そのうち自然に綻んで勝手に解けるよ』  アメリアとアンドラスが実も蓋もない説明をした。 『そうでなくとも、きっとメロウが封印を解こうとするでしょう。その為に『神実』であるカロンを利用するはずです』  アメリアが悲しそうに目を伏した。 「カロンを? アメリア様でなくても、カロンに語り掛けたり、できるのか?」  物語の中でカロンに神託を与えていたのは、『神実』を与えた女神アメリアだけだった。 『直接、語り掛けたりは、できません。ですが、神界の全権は今、メロウの手にある。私の不在を悪魔の所業と偽り、悪魔を討てと人間を動かそうとするはずです。何かしらの手段を講じて、竜穴の封印を解こうとするでしょう』  放っておいても、いずれ竜穴の封印は解ける。  そうでなくとも大天使メロウが人間を操る。 『神実』であるカロンや『五感の護り』が利用されるのは明白だと思えた。 (この物語が大好きな神木が、物語に登場しない外野キャラに利用される。神木が好きな物語じゃなくなる)  それでも、神木陽向は笑うだろうか。  否、きっと笑わない。 「絶対に、ダメだ。カロンは純白の正義であるべきだ。カロンを汚す者は、天使だろうと僕が討ち取る」  神木が好きな物語も、神木が転生したカロン=ラインも汚させない。  リリム夜神に新たな目標ができた。 「天使の顔をした悪魔は、僕が成敗する。僕は悪役令息で闇堕ちラスボスのリリム=ヴァンベルムだ。天使殺しの汚名はむしろ、栄誉だ」  アメリアが嬉しそうな顔で笑んだ。 『さすが、アンドラスが選んだ『魔実』を持つ者。私が選んだ救世主。どうか、この世界と人々を御救いください』 『我が選んだリリムは、もうちょっと適当でダメな人間だったけどねぇ』  アンドラスが残念そうにしている。解せない。 「天使を討つとはいっても、具体的にどうすればいいのだろうか」  基本、神界にいる存在と接触する方法が思い付かない。  物語の中でも、女神アメリアは神託という形でカロンと話していた。 『大天使メロウが人間界に降りてこなきゃならない状況を作ればいいのさ。とりあえず、この竜穴を再度、封印するんだね』 「そうか。封印を強めれば、アメリア様は守られるし、メロウは慌てるんだな。だけど、竜穴の封印は僕ではできないな」  リリムは闇属性だから、封印術は得意ではないはずだ。  数百年前に封印を施したのも、『神実』と『五感の護り』だった。 『それこそ、『五感の護り』を覚醒させる必要がありますね。『神実』であるカロンも早く覚醒させて、六人で結界を盤石にしてもらうのです』 「なるほど……」  アメリアがニコニコと提案する。 『リリムは『魔実』です。『神実』と『五感の護り』の力を相乗的に飛躍させる存在になれる。貴方が側に居るだけで、皆が強くなれます』  アメリアの言葉に首を傾げる。  アンドラスに視線を投げた。 『本当なら『魔実』にそんな効果ないよ。魅了で人間を虜にして快楽を貪らせて操るのが、我が造った魔性の実だもん。だけどさ、それだとリリム、拒否るし。それがリリムが望んだ魔性の実の使い方なんでしょ。我は萎えるけど、危機回避のためには仕方ないよね。萎えるけど』  アンドラスがげんなりした顔をする。  今のは、悪魔らしい発言に聴こえる気がする。 「僕が望んだ使い方、か」  そんな風に意識はしていなかったが、『神実』と『五感の護り』が強くなってくれるなら、願ったりだ。 『ま、これからは我がこの姿で従魔になってあげるから。サポートしてあげるから、有難く思いなよ。本物の悪魔を従魔に出来るとか、普通は有り得ないんだからさ』  リリムの顔を眺めたアンドラスが、顔を顰めた。 『なに、その嫌そうな顔。失礼極まりないね』 「いや、なんというか、微妙に可愛くないから」 『はっきり言うなよ! フクロウと狼とか、可愛いしかない組み合わせだけど⁉』 「可愛いが見当たらない組み合わせだ」  肉球でリリムをポカポカするアンドラスを眺めて、アメリアが笑った。 『仲良くやっていけそうですね。良かった。今後、私とはこんな風にお話できないと思うので、何かあればアンドラスを通して聞いてください』 「そうなのか?」  何気に結構長い時間、話している気がするが。 『かなり無理してんの。我の魔力がなかったら、無理なの。あんまり話してると、メロウにバレるしね』 「そんなにリスクを負った会話だったのか」  それなら、アンドラスを介して言葉だけくれても良かった気がする。 『私がリリムに会ってみたかったのです。だから、アンドラスにお願いしました。私の可愛い『神実』を守ってください』  女神様が深々と頭を下げる。  とても委縮してしまう。 「出来る限り頑張ります。僕がラスボスとして討たれる世界に戻すまで、カロンを守って育てます」  リリムは正座して、深々と頭を下げ返した。 『そこはブレないんだ』  アンドラスが呆れた声で呟いた。解せない。  アメリアが小さく笑った。 『そんなリリムが私は好きですよ。だけど、自分の気持ちに囚われすぎないで。心とは流動的で不確かです。正解も真理も一つではないと、忘れないでくださいね』  アメリアの言葉は、この時のリリムには響かなかった。  この時はまだ、リリムにとって最も大事なのは至高の悪になることで、その為に歪みを排除することだったから。  守りたい笑顔がどれだけ大事かリリムが思い知るのは、もっとずっと先のこと。  人間は一つや二つ、間違ってみないと、大切な真実に気が付かないものだから。  リリムが女神アメリアと悪魔アンドラスと楽しく話をしている時。  竜穴の外では、割と大変な事態になっていた。  リリムがそれに気が付くのは、もう少し先のこと。

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