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第20話 カロン=ラインの絶望【KK】→

 神木陽向が『魅惑の果実』の主人公カロン=ラインに転生を果たしてから、三日が過ぎた。  目を覚ましたら知らない家にいて、最推しの皇子様が迎えに来てくれた。  まるで御伽噺のような展開から一転、カロン神木は早速異世界の現実にぶち当たっていた。  転生してからの話の展開は早かった。  その日のうちに学院への入学が決まり、次の日にはレーヴァティン魔法学院への入学が決まった。  カロンを迎えに来てくれたのは、ミレニア王国第一皇子、カロンを見付けてくれたレアン=ファクタミリアだった。 (俺、本当に『魅惑の果実』の世界に転生したんだ。レアンが迎えに来てくれるのとか、物語の通りだ)  数十年振りに現れた『神実』は物語の中で大層、重宝される。  レアンも意気揚々とカロンを迎えに来てくれる、筈なのだが。  馬車に揺られるレアンは、どう控えめに見ても憂い顔だ。喜んでいる風ではない。  思案した顔で時折、溜息を吐いている。  心ここに非ずな様子だ。 「あの、何か心配事とか、あるんですか?」  出会って間もない相手に聞いて良いものか悩んだが、聞かないほうが不自然だと思えるほど、レアンの溜息の回数は半端ではなかった。 「……あぁ。すまないね。突然、学院に入学になったカロンのほうが不安だろうに。私がこんな顔では余計に不安にさせてしまうね」  気遣ってくれる辺りは、流石レアンだと思うが。  小説の中のレアンはたとえ心配事があっても顔に出したりはしない。 「もし、話せることなら、話してください。少しは気が楽になるかもしれないから」  不躾かもしれないと思いながら、聞いてみた。  レアンが、カロンをじっと見詰める。  憂いを帯びた目にすら色気があって、ドキリとする。 (どんな表情も、格好良い。流石、一番人気のレアン。俺の最推し)  ネット小説『魅惑の果実』の中でも、レアンは一番人気の完璧王子だ。最近はコミカライズ化が決まってキャラの立ち絵が公開になっていたが、イラストもレアンが一番だと思った。 (そういえば、コミカライズ化と立ち絵の話、夜神くんに出来なかったな。伝える前に、穴に落ちたんだ)  穴に落ちる前の数日、夜神は学校を休んでいた。  メッセを送っても既読が付かなくて心配していた。 (俺も多分、向こうの世界じゃ死んだっぽいし、人の心配している場合じゃないか)  あれだけ長い穴に落ちたのだから、きっと死んだんだろう。  現実世界での死は異世界転生のデフォだ。 (もう夜神くんに会えないは、心残りだな。もっと話したかったな)  色々な話をたくさんした『魅惑の果実』の世界に転生したせいか、妙に夜神が気になった。 「そうだね。カロンになら話しても、いいかもしれない。むしろ、話すべき事柄だ」  レアンが悲し気な瞳を伏す。  そういう仕草、一つ一つに胸キュンする。 (やべぇぞ、俺。この程度で胸キュンしていたら、この先、身が持たない)  物語の通りなら、『神実』であるカロンは(シード)にレアンを選ぶ。  男女問わず子をなせる『神実』のカロンはレアンと結婚して王族になり、子を孕む。 (そ、そんな未来が、俺とレアンに? 顔面最強の完璧王子と、俺が?)  物語すぎる現実に、まだ全然慣れない。  そんな妄想で鼻血を吹きそうになっているカロンに、レアンが話し始めた。 「実は、友人が気を失ったまま目を覚まさないんだ。カロンを森に探しに行った時、一緒だった親友でね。目を覚まさない原因も、いまだ不明のままなんだ」 「親友、ですか?」  確か、カロンは森で木こりの仕事中、魔獣に襲われたところをレアンに助けられたはずだ。 (俺が転生したのは、その後っぽいから、よくわからないけど)  物語の中では、森の中での触れ合いで、カロンとレアンは互いに『神実』と『五感の護り』として覚醒する。 (初見で抱き合うんだよな。そのシーン、体験したかった……)  残念に思いながら、ちょっとした違和感がカロン神木にはあった。 (いわゆる『神実』って、こんな感じ? 魔力とかよくわかんないのって、俺が転生して間もないから? こういうのって、転生得点で感覚でわかっちゃうもんじゃないの?)  自分の中に特別な魔力なんか、感じない。  しかし、目の前のレアンからは、強い魔力を感じ取れる。 (それに、森にカロンを探しに来るのは、レアン一人きりのはずだ。(アイズ)として覚醒しかけていたレアンが、カロンの『神実』の気を感じ取って探しに来る)  今の話だと、最低もう一人いたらしい。  しかし、『五感の護り』はまだレアンしか覚醒していないはずだ。  他のメンバーは、カロンが接触することで、これから覚醒する。それも物語の展開の一部だ。 (レアンて、親友って呼べるほど強い繋がりのキャラ、いたかな。誰とでも浅く広くな感じで、主人公としか深い関係にならないキャラだったような)  ぼんやりと違和感だった。 「私にとっては、誰より大事な人だよ。カロンを見付ける前に、森が光に包まれたのを、覚えている?」  わからないながら、頷いておいた。  その時点ではまだ、カロンに転生していなかったから、知らない。   それよりも何よりも、カロン神木にとって聞き逃せない台詞は、最初の一言だ。 (誰よりも大事な人って、誰? レアンにそんな人、いんの? レアンてカロン()と恋愛するんじゃないの?) 「リリムが何かを唱えたら、森が光の柱が降りた。その後、カロンの『神実』の気が強くなった。明らかにリリムの影響だと、私は思うんだ」 「は? リリム?」  突然飛び出した悪役令息の名に、思考が止まった。 「リリムは『魔実』だ。『神実』であるカロンと同様に大事な果実だよ。私とシェーンはリリムが覚醒してくれた『五感の護り』(アイズ)(イヤーズ)なんだ。あの日は三人で『神実』を探しにマムーレの森に入ったんだよ」  最早、言葉にならなかった。   (待って、待って。『魔実』って、何? リリムは悪役令息だよな? 怠惰で横柄で皆の嫌われ者だよな? レアンだって嫌煙していたはず。つか、もう二人も覚醒してんの、どゆこと?) 「その後、リリムの姿が突然、消えた。竜穴の近くで倒れているのを見付けて、連れ帰ってきたんだけど。それから目を覚まさないんだよ」  レアンが心配しきりな顔で息を吐いた。  冗談でも形式的でもない、心から案じている顔だ。 「あの……、リリム……様は、竜穴の側で倒れていたんですか? 封印を解こうとした?」  物語の中で竜の封印を解くのはリリムだ。  中盤以降の展開だから、今だとかなり早いが、リリムが竜穴に近付く理由なんて、他に考えられない。 「今のリリムが悪戯に竜の封印に手を出すなんて、考えられないよ。カロンはリリムを知らないのに、どうしてそう考えるんだい?」  レアンの目がカロンを鋭くとらえた。  その目がやけに冷えていて、びくりと肩が震えた。  物語の中では、絶対に描写されないような目付だ。 「いえ、何となく……」  物語の展開を知っているから、とは言えない。  カロンは、それきり黙った。 (話の流れからして、レアンの大事な人って、リリムだよな。シェーンを覚醒させたのも、リリム。つまりリリムが、悪役令息じゃなくなってるってこと?)  頭の中は、かなり混乱している。  同時に悲しい気持ちが広がっていた。 (小説の中のレアンは、カロンにあんな風に冷たい目を向けたりしない。あの目はリリムや敵に向ける目だ)  最推しに睨まれた事実に泣きそうになる。  会って早々に嫌われたかもしれない。 (この世界って、俺が知ってる『魅惑の果実』とは違うのかもしれない。変なコト、言わないようにしないと) 「すまない、カロン。今のは八つ当たりだ。気持ちが焦っていてね。竜穴に近付く行動自体、良いものじゃない。カロンのように考えるのは、きっと不思議ではない」 「いえ、俺こそ、浅はかでした」  レアンが表情を切り替えて、笑みを向けた。 「カロンにはカロンの役割がある。気にせず学院での生活を楽しんで、実力を付けて欲しい。我々『五感の護り』は『神実』と『魔実』の守護者だ。頼りにしてくれて、いいからね」 「はい……」  レアンの笑顔と言葉を聞いて、気が付いた。   (レアンのこの笑顔も言葉も、その他大勢に向けた表情なんだ。レアンは役割だから俺を守るだけなんだ)  この世界が自分の知っている『魅惑の果実』と同じではない。  早々に気が付いたカロンの胸には、不安と虚しさしかなかった。

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