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第26話 恋のライバル

 カロンは、リリムと一緒に剣の練習や勉強に参加することになった。   「この世界を知るのに、とても勉強になる。小説には描かれていない知識も身に付く」  という、リリム夜神からの提案だった。  普通にありがたいので一緒に学ぶことにした。  とりあえず初日の今日は、学院内と寮の案内をレアンがしてくれる予定だ。  予定通りの時間に、寮の扉がノックされた。  出てみたら、案の定、レアンだった。 「おはよう、カロン。迎えに来たよ。今日は学院内と寮内を案内するね。広いから結構、時間がかかると思うけど。疲れたら、声を掛けて」  如何にも無害な優しい笑顔に、ほっとした。 (昨日の馬車の中では、ちょっと怖かった。それに、レアンはどう控えめに見てもリリムが好きだ。恨まれてんじゃないかと思ったけど)  昨日、目覚めたリリムに連行された時のレアンの視線は怖かった。  次に会った時に何をされるかと、ヒヤヒヤしていたが。 (大丈夫そうかな) 「ありがとう、レアン。準備できてるから、もう行ける……」  出ようとしたカロンをやんわりと部屋の中に押し戻して、レアンが扉を閉めた。 「え? あれ?」  見上げたレアンの顔には笑みが張り付いている。  嫌な予感しかしない。 「その前に、少しだけ聞きたいことがあるんだ。正直に答えてくれたら、時間はかからない。簡単な質問をするだけだよ、いい?」 「その確認、無意味ですよね?」と言いたくなる威圧感だ。拒否権はない。  カロンは無言で頷いた。  何を聞かれるか、想像がつく。 「昨日、起きたばかりのリリムと何を話したんだい? 初対面のはずだよね? それとも、知り合いだった? やけに親し気で、まるで知己の会話に聴こえたけれど」  やっぱりな、という言葉しか、カロンの頭に浮かばなかった。 (しかし、この質問は想定内だ。あの時の夜神くんとの会話、なるべく小声にしたけど、近くにいれば聴こえちゃう声だった)  カロン神木は言葉に気を遣ったつもりだが、起き抜けのリリム夜神はそうでもなかった。 (思いっきり俺のこと、神木って呼んでたし。交わした会話も、知り合いだと疑われても仕方ない内容だった)  だから念のため、対応策は考えていた。 「リリムとは初対面だけど、俺が『神実』だから、何か通じ合うものがあったみたいで。『魔実』として、感じ取っていたみたいです」  ふわふわでやわやわな説明をする。  レアンの張り付いた笑顔に変化はない。 「俺も初対面な気がしなくて、夢の中とかで、会ってたのかなぁって」  すぃっとレアンから目を逸らした。 (俺の二次元脳が導き出した安牌な答え。ふんわりやんわり躱す。魔法全盛なこの世界なら、特別な二人が夢の中で会っていても不思議ではあるまい!)  あまり詳細に話すと襤褸が出るので、ふんわりざっくりがポイントだ。   「なるほどね。夢の中か」  笑顔を変えないまま、レアンがカロンの肩に手を置いた。  ビクリと体が震える。   「百歩譲って、今の話を信じると仮定しよう」  レアンの目が薄らと細まった。  懐疑的な視線が近付いた。 (全然、信じてない人の台詞だ! 俺とリリムの関係、確実に疑われてる) 「君は『神実』だ。『神実』と『魔実』は高め合い補い合う存在でもある。だがもし、神託で『魔実』を排除しろと命を受けたら、カロンは神様に逆らえないよね?」 「え……?」  そんな命令が神様から下ったり、するのだろうか。   (リリムの『魔実』は小説にない設定だから、いまいちどんなもんか、わかんないけど。そういえば『魔実』が現れた時代は世が荒れるって、夜神くんが話してた)  だとしたら、世が荒れるのを恐れた人間が『魔実』を排除した時代も、この世界にはあったのかもしれない。 「リリムはね、君が来る一月程度前まで、今とは別人のように怠惰で横柄だった。加えて、ヴァンベルム家は闇属性の家系で、国が監視を付けている伯爵家でもある」  レアンが説明した話は、知っている。  それこそが、『魅惑の果実』の中のリリム=ヴァンベルムの設定だ。 「国が排除する可能性もあるって、言いたいんですか?」 「私と会う前に、他の誰かに声を掛けられていた、とか。だから、リリムに探りを入れて接触した、なんて可能性も、考えられなくはないね」  レアンの声が冷たく響く。   (カロンは『神実』だから、国に重宝される。そのカロンに、異分子かもしれない『魔実』で謀反の恐れもあるリリムを始末させるかもって、レアンはそう言いたいのか)  第一皇子にまで秘された国の任務をおっていないかの確認がしたいのだろう。  カロンの胸が、どんどん冷えた。 (俺が知ってるレアンは、格好良い完璧王子だ。こんな風に間諜みたいな真似はしない。いつも優しく笑ってて、気高くて、強くて、後ろ暗さなんかない、そういう完璧だ)  この世界のレアンがどうしてこうなったのかなんて、知らない。  どんな環境がレアンをこうしたのかなんて、今は考えたくない。  カロンは腕を伸ばして、レアンの襟を掴み、引っ張った。 「もしリリムに何かしようとすんなら、アンタら国だろ。俺は『神実』だから、どんな相手からもリリムを守って見せるよ。奪わせたりしない」  強い気持ちで、レアンを睨みつけた。  レアンが意外そうな顔でカロンを見下ろした。 「だから手出しすんなよ。俺のリリムだ」  夜神と一緒に元の世界に帰る。  それがカロン神木の目標だ。  連れて帰るまで、誰かに奪われるわけにはいかない。  驚いた顔をしたレアンが、嬉しそうに笑んだ。  その顔が本当に嬉しそうで、思わず襟を掴んだ手を離した。 「いいね、カロン。久し振りにゾクゾクしたよ」  レアンの手がカロンの顎を掴まえた。 「もし私がリリムを知らなかったら、私はきっと君に恋をした」  ドキリとして、心臓が跳ねた。  その顔で、その瞳で、そんな台詞を言われるのは、やっぱりときめく。 「だけど、私はリリムを愛している。だから、私たちは恋敵(ライバル)だね」  明言されて、カロンは言葉に詰まった。  リリム夜神に誰よりもときめくが、恋だとはっきり自覚する程、自分が夜神を好きなのか、まだよくわからない。 (でも、断言しちゃった。勢いでレアン相手に、俺のリリムとか言っちゃった)  思いっきり勢いだ。  王族相手に襟を掴んで、暴言を吐いた。不敬罪に問われないか、急に不安になった。 「私はカロンが気に入ったから、ライバルとして認めるよ。リリムをあげる気は、ないけどね」  レアンが、カロンの頬に口付けた。  ドキリとして、顔が熱くなる。 (何、何々、何で? 何で急に、頬にキスとか)  ふわりと肩を抱かれて、またドキドキする。 「これからは仲良くしよう。シェーンに抜け駆けはナシと言ったけど、こうなっては抜け駆けしないと、リリムを手に入れるのは難しいね」  シェーンもリリムが恋愛的に好きらしい。  あれだけ必死に馬乗りになったレアンを剥がそうとするんだから、意外でもない。 (リリム夜神は、どれだけ誑し込んでんだ。本当に何してるの、夜神くん)  呆れるような感心するような気持になった。   「あの、国がリリムを排除しようとしているとか、そういうのは、ないんですよね?」  急に不安になって、レアンを見上げた。  レアンが可笑しそうに笑った。 「今更、敬語は要らないよ。レアンと呼んでくれて構わない。私たちは友人で、ライバルなんだからね」  確信的な瞳が細まる。 「さっきの話は、私のアドリブだよ。ああいう言い回しをしたら、カロンがどんな反応をするのか、知りたかったんだ」  呆れるというか、怖いというのか。  どうやらこの世界のレアンは、小説世界と違って腹黒要素があるらしい。 (そういうレアンも嫌いじゃないけどさ。俺が憧れたレアンは、そうじゃなくてさ……)  真っ直ぐで、弱きを放っておけない正義のヒーローだ。  清い眼で世の中を見ている人だ。 (そう、例えば今のリリム夜神みたいに、闇堕ち不可能なぐらい真っ直ぐで勇敢でブレない正義というのか)  そこまで考えて、はたと考えを止めた。 (やばい、俺……。こっちに来てからのほうが夜神くんに恋してる。え? 恋、して……、この気持ちって、本当に恋なの?)  とくとくと、急に鼓動が早くなった。  レアンに肩を抱かれているのに、そんなのどうでもいいくらいに、夜神ばかりが浮かぶ。  カロンの顔をレアンが覗きこんだ。  視線が絡んで、カロンは腹をくくった。 「俺、まだリリムのこと、好きとか、実はよくわかってなくて。だけど、誰にも渡したくないとは、思う。だから、相手がレアンでも、遠慮しない」  レアンが楽しそうに笑んだ。 「気持ちが強い子は、好きだよ。カロンとは仲良くなれそうだ。だから、昨日、リリムと二人きりで何を話したのか、私にも教えてくれるかい? 話以外にも、何かしたかな?」  顔を覗き込まれて、ぎくりとした。  昨日の話は流石にレアンにはできない。 「抜け駆けは、極力なしの方向でいこうか」  笑顔の圧が強くて怖い。  もうレアンにときめいたりはしなそうだと、腹黒な笑みを眺めて思った。

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