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第34話 悪魔の従魔【LY】→
リリムは、去っていったカロンの背中を見詰めていた。
ルカたちと入れ替わりにやってきたレアンが、リリムの隣に座った。
「動き出したようだね。光の護りは付与したけど、あれで良かったのかい?」
「一先ずは、カロンとルカの安全が確保できる。ありがとう、レアン」
「リリムの役に立てるなら、この程度、易いものだよ」
リリムの手を取って、レアンがキスを落とした。
「俄かに信じ難いと思っていたけど、あの会話を聞いちゃうと、本当なんだって思うね」
シェーンが、いまだに信じられない表情をしている。
「ルカの言葉は明らかに作為の塊だった。ラスの話は間違っていないらしい」
「だからぁ、何回も言ってんじゃん! 悪魔だって嘘つかない時もあんの!」
リリムの背中に隠れていたアンドラスが、ひょっこりと姿を現した。
「ルカに憑いてるのが、大天使メロウの使いの小天使だよ。二人いるはずだからもう一匹、どこかに隠れていると思うけど。嘘ついてないんだからな!」
シェーンが、アンドラスの顎を指で撫でた。
「わかったって。もう疑ってないよ。相変わらず、微妙に可愛くない所が良いよね、ラス」
「馬鹿、やめっ、気持ちくないから、やめろって」
気持ち良くないという割に、素直に喉を撫でられている。
「リリムの従魔の言葉だからね。今更、疑いはしないよ。しかし、本物の悪魔を従魔にするとは、さすが闇属性のリリムだね」
レアンがアンドラスの額を撫でる。
「やめろ、光魔術師は触んなよ。溶けるだろ。気持ちくないから、やめろ」
やめろを連発しながらも、気持ちよさそうに撫でられている。
可愛くないなりに、その姿が可愛い。
「あとは、カデルの報せを待つしかないな。僕らも、いつでも動けるように待機しよう」
レアンとシェーンが頷く。
顔は真剣だが、二人ともアンドラスを撫でる手を止めない。
じゃれ合う二人と一匹を眺めながら、リリムは数日前を思い出していた。
〇●〇●〇
学院は週末の一日だけ休みがある。
リリムは自室の机に向かって、今後の計画を立てていた。
「レアン、シェーン、カデルまでは順調に覚醒できた。残りはルカとフェリムだが。どういうわけか、隙がないな」
フェリムとは勉強会が、ルカとは礼儀作法の指導があるから、顔を合わせる機会が多くあるのだが。カデルと違い、話を持っていく隙がない。
「特にルカは、最近、様子がおかしい。『五感の護り』の話題を避ける。その割に、カロンには絡む」
ルカは最初からカロンを気に入っている様子だったから、絡むのはおかしい行為でもないのだが。
「時々、僕をぼんやり眺めている目線も、何かを含んで感じる」
殺気、とまでは言わないが、負の感情であるのは間違いないと感じる。
ルカに嫌われるような真似をしただろうか。
「乗っ取られかけてんだよ! 性悪クソ小天使に!」
聞き覚えのある声が響いて、リリムは部屋を見回した。
天上からぶらんと小さな狼が頭を下にしておりてきた。
「アンドラスか。遅かったな」
「これでも頑張ったの! 竜穴の封印が綻び始めて、繕うの大変だったんだよ。我、悪魔だから結界とか不得手なの!」
「それは、お疲れさまでした。ゆっくりして、いられないな」
手の上に乗った悪魔に向かって、リリムはぺこりと頭を下げた。
「わかればいいけどさぁ」
アンドラスの機嫌がちょっとだけ良くなったから、良かったなと思った。
「それで、乗っ取られかけている、とは、どういう意味だろうか?」
「その前にさ、従魔契約しちゃおうよ。面倒なことになる前に」
アンドラスの視線が、何となく扉に向いた気がした。
「面倒? アンドラスはまだ、僕の従魔になっていないのか?」
「ほとんど従魔だよ。リリムが我に名前を付けたら、完了」
「名前? アンドラスじゃないのか?」
「リリムの従魔である間だけの名前だよ。悪魔には、よくある契約なの」
「よくあるのか。アンドラスのままじゃ、ダメなのか?」
アンドラスが、じっとりとした視線を向けた。
ダメらしい。
「なら……、アンド、いや、ラスのほうがいいな。ラスにしよう」
「名前を半分に切るだけって、如何にもリリムらしくて、良いと思うよ」
けっと吐き捨てるように、アンドラスが吐き捨てた。
「嫌なら他の名前を……、太郎、次郎、三郎、与太郎、史郎、五郎。好きな名前を選んでもらって構わない」
「ラスで良い。リリムにセンスないってわかったから、ラスで良い」
日本語の名前はこの世界ではセンスが悪く捉えられるらしい。解せない。
ラスがリリムの指をかじった。指先から血が滲んだ。
「その血を吾の額に押し当てて、名前を呼んで従魔にすると宣言して」
言われた通り、血が滲んだ人差し指をラスの額に押し当てる。
「ラスを我が従魔とする」
じゅっと焼ける音がして、血がラスの中に解けた。
「これで従魔契約が完了。我はリリムの命に逆らえない。悪さも出来ない。安心でしょ」
「確かに安心だ。僕がラスボスになるまで、ラスは世界を亡ぼせないな」
滅亡の悪魔が自分に不利になる契約をするくらいだから、状況は前以上に切羽詰まっているのだろう。
リリムが『魔実』を放棄しないように見張る目的もあるのだろうが。
(竜穴の封印も、女神様も心配だ。急がなければ)
フクロウの羽と目を持つ小さな狼を、見詰める。
順当に物語が進んだ場合、滅亡の悪魔は竜を使って世界を壊そうとする。
その竜にリリムを取り込もうと悪魔が画策する、というのがカロン神木の予測だった。
(世界の歪みが戻れば、僕はアンドラスと共に悪役になる。ラスとは最後まで一緒だ)
きっとこの先、長い付き合いになるのだろうと思った。
「最後の、その時まで、よろしく」
リリムは小さな肉球と握手した。
「よくわかんないけど、契約中はよろしく」
アンドラスが不思議そうに握手を返した。
「では、ラス。当座の問題、さっきの話の続きだ。乗っ取られそうというのは、どういう意味だ?」
アンドラス改めラスが、考える顔をした。
「クソ性悪小天使の話ね。まぁ、いっか」
ラスが肉球同士を打ち付けて、手を叩く仕草をした。
部屋を囲っていた幕が剥がれたような感覚がした。
「結界、張っておいたんだよね。会話聞かれても、面倒だし。でも、この先は巻き込んだほうが、面倒がないかもって思うよ」
ラスが今度は、空中を引っ張るような仕草をした。
扉が開いた瞬間、レアンとシェーンが流れ込んで来た。
「おっと」
「やぁ、リリム」
「二人とも、どうしたんだ? いつから扉の前に?」
照れたように気まずそうな顔をする二人の姿に、驚いた。
「我が来た時に、一人はいたよ。だから、結界、張ったの。いつの間にか、もう一人増えた」
宙に浮くラスを見付けて、シェーンが駆け寄った。
「なぁに、この微妙に可愛くない生き物。魔獣?」
「僕の従魔のラスだ。仲良くして欲しい」
シェーンがラスをわしっと掴んでよくよく観察している。
「我、本物の悪魔だから。強いから。お前たちは何していたわけ? 盗み聞きなワケ?」
ラスが不機嫌に問いただす。
「シェーンは盗み聞きかもしれないけど、私はリリムに話があってきたんだよ。扉をノックしても反応がないし、開けようとしても開かないから心配して様子を見ていたんだよ」
レアンが何故か得意げに言い放った。
「俺だって、リリムに相談があったんだよ。でも急にリリムの部屋から禍々しい気が流れてきたから、慌ててね。扉を開けようとした時には、既に開かなかったんだ。ラスのせいだったんだね」
どうやらシェーンが先に来ていたところにレアンが合流したらしい。
ラスが結界を張ったのは正解だったようだ。
「ラス、紹介する。『五感の護り』の目 、レアンと、耳 のシェーンだ」
「知ってる。我、悪魔だから、そういうの、聞かなくても知ってる」
「そうなのか。何でも知っているラスは、凄いな」
頭を撫でたら、肉球でペタペタされた。
「やめ、馬鹿、やめろって。撫でるな」
撫でるなといいなら、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「性悪クソ天使に『五感の護り』鼻 候補と『神実』が乗っ取られそうになっている話、この二人も巻き込んだほうが、効率がいいよ、リリム」
ラスの話に、レアンとシェーンの纏う気が張り詰めた。
別人のような変わり振りに、リリムは驚いた。
(表情や態度に変化はないのに、魔力が研ぎ澄まされた。こんなにも変わるのか。洗練された魔術師の魔力だ)
この世界に来て一月以上が経ち、自分もある程度魔力が使えるようになってきたからこそ、感じられる変化なんだろうと思った。
「それって、もしかしてルカの話? だとしたら俺の相談とも合致するんだけど」
シェーンが真剣な表情を向ける。
「私も同じ話をしに来た。このところ、ルカが纏う気が濁って見える。それが気になっていた」
リリムはラスと顔を合わせて頷いた。
「そういう話だ。二人に協力してもらえたら、僕も有難い」
「ついでに、アメリアから伝言を預かってきたよ。早々に『五感の護り』を覚醒させて、現状を共有しろってさ」
ラスの話にリリムは頷いた。
「わかった。じゃぁ、まずは、この国の歪みの話からだな」
ついに大天使が動き出した。メロウはカロンを狙っているはずだ。
カロンと二人だけの秘密だった話を、リリムはレアンたちに話す覚悟をした。
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