37 / 59

第37話 天使の皮を被った悪魔【LY】

 準備を整え、リリムたちはルカの部屋に向かった。  隣の部屋の扉が開いて、カデルが手招きした。 「リリム、こっちだ」  小さな声で手招きする。  リリムたちはカデルの部屋に入った。 「結界が張られていて、扉からは入れない。破れそうな場所を探してみたが、難しそうだ」  レアンがルカの部屋側の壁に触れた。 「強い神力だね。相手が天使というのは、間違いなさそうだ」  リリムも同じように触れる。  バリン、と電気が走った。白と黒の小さな稲妻のように見えた。 「僕なら壊せそうに思うが、無理に破るのは危険だろうか」  三人を振り返る。 「ルカとカロンを人質にとられているようなものだからね。中に入って状況を確認できるまでは、相手を刺激しないほうが、良さそうだよね」  シェーンが御尤もな意見をくれた。 「のんびりしていると、カロンが天使に洗脳されちゃいそうだけどねぇ」  ラスの指摘に、皆の気が尖った。 「ラスには見えるのか?」 「見えるというか、感じるというか。そもそも、大天使メロウの目的が『神実』と『五感の護り』を取り込むことなんだから。カロンを扱いやすいお人形にするのは、順当な発想じゃないのぉ?」  怠く流れたラスの声に、全員が息を飲んだ。 「二人とも助ける~とか、天使は生け捕り~とか。生温いこと言ってるから、全部失う羽目になるんだよ。これだから人間は愚物だっていうのさ」  リリムはラスを鷲掴みにした。 「洗脳するには、どうするんだ? されてしまった場合、解けるのか?」 「さぁねぇ。自力で解く奴もいるけど、今のカロンには無理じゃないの? 一気に神力流しこまれたら、抗えないでしょ」  ラスが、ムフっと笑んでリリムを眺めた。 「ちなみに、一番濃い神力を流す方法は、口移しだよ。口から流し込まれたら、光堕ち確定だね」 「つまり、キス……。光堕ちとは、なんだ」  ラスが、ムフフっと笑った。 「カロンが大天使の玩具になるって意味だよ。好き勝手遊ばれちゃうかなぁ。カロン、可愛いから、いっぱい悪戯されちゃうかもねぇ。気持ち良くなれるから、いいかもだけどぉ」 「気持ち、良く……」  リリム夜神の頭に、カロンの卑猥な光景が浮かんだ。  一瞬にして血の気が引いた。 「レアン、シェーン、プランC決行だ。カデル、準備できているな」 「あぁ、この壁に、準備してあるが」  カデルが戸惑いながら、指さした。  レアンがリリムを抱きかかえた。 「ライバルとして、カロンの危機は見過ごせないね。この状況はフェアじゃない」 「一番、賭けに近いけど、今なら一番確実かもね」  シェーンが、レアンとリリムに向かって手を翳した。 「飛び上がったら、頼むよ」 「了解」  レアンとシェーンが短いやり取りで打ち合わせを終えた。 「準備いいかい? リリム」 「いつでも、大丈夫だ」 「じゃぁ、行こう」  リリムを抱えたレアンが軽く飛び上がる。  後ろからシェーンが風魔法で突風を浴びせた。  レアンの転移魔法が加速した。 「煽り過ぎだぞ、ラス」 「あれくらい言わないと、思い切らないでしょ。あながち冗談でもないしぃ」  カデルとラスのやり取りを後ろに聞いているうちに、目の前の壁が消えた。 「陽向! ……、カロン!」  必死過ぎて本名を呼んでしまったが、今はそれどころではない。 『リム! ここだ! 俺はここにいる!』  カロンの声が聴こえた。  リリムは声のほうに手を伸ばした。  バリン、と膜が破けるような感覚がして、体に強い圧が掛かった。  一瞬、瞑った目を開ける。  背中に羽が生えた生き物が、カロンに馬乗りになっている。  気が付いたら駆け寄って、その顔面に拳をめり込ませていた。  羽の生えた生き物が部屋の隅まで吹っ飛んだ。   「カロン! 大丈夫か? 意識はあるか? 口移しはされていないか?」  カロンの体を起こす。  首に赤い痣が付いている。締められたのだろうか。 「大丈夫、ちょっと触れた程度だよ」  カロンが自分の唇に指で触れた。 「ちょっと、触れた……?」 「ん、でも神力流されたりはしてないか、らっ!」 「リリム⁉」  遠くでルカを保護していたレアンが声を上げた。  カロンの体を抱き寄せて、唇を重ねていた。  あの羽が生えた生き物の唇が触れた感触を消すように、舌で唇を舐め上げる。 「ん、ぁ……」  声と共に薄く開いた唇に舌を割り入れた。  口内を舐め回して、舌を絡める。  カロンの手が、リリムの腕をぎゅっと掴んだ。 「ぁ……、は……、リムぅ」  甘えるような声がカロンから漏れて、我に返った。  慌てて唇を離した。 「ぁ……、ごめん、いや……」  咄嗟に謝ったが、謝るのは違うと思った。 「僕の魔力なら、天使の神力も、消毒できるから」 「消毒……?」 「そう、消毒、解毒だ。洗脳されないように」  ぐっとカロンの腕を握る。 「うん、わかった。ありがと」  リリムの圧に押されて、カロンが仰け反った。 「あー、ムカつく。天使の顔面にグーパンとか、どういう神経? マジ今すぐ殺してぇ」  転がっていた羽の生き物が起き上がった。  自分で天使と名乗ったので、天使なのかと思った。 「あれが天使か。僕には酷く醜悪な生き物に見える」  実際、美しさも可愛らしさもない。只々、醜い生き物だ。   「悪魔が造った魔性の実なんか体に宿している奴には、僕たちの美しさは感じ取れないよ」  誇らしげに宣う天使の体に、土の帯が巻き付いた。 「悪いけど、お前の何処が美しいのか、僕にもわからないよ」  レアンに介抱されていたルカが起きていた。  ルカの土魔法とレアンの光魔法の合わせ技で、拘束したようだ。 「リリム! 急ぐんだ!」  レアンに急かされて、リリムはカロンに向き直った。 「今からあの天使もどきを捕縛する。カロンと僕の力を合わせるんだ」 「合わせるって、どうやって」 「考えていたんだ、カロンに一番似合う武器は何だろうと」  リリムは手の中に弓を再現した。  室内であることを考慮して、闇魔法でクロスボウを作る。 「僕の闇魔法とカロンの光魔法で、矢を作る。それを、あの天使に打ち込む」 「矢を、イメージするの?」 「そう、イメージだ。あの天使を捕縛するための矢だ」  カロンの目が天使に向いた。  天使の目が嘲るようにカロンを見下す。 「はぁ? お前らみたいに覚醒したばかりの素人が僕に敵うと思うの? その自信はどこから湧くワケ? 勘弁してよ」 「できた」  カロンが光魔法で矢を作った。 「あのクソ天使ヤるための矢だったら、すぐ作れる」  カロンの中にも相当怒りが溜まっているらしい。  リリムはクロスボウを構えた。  光と闇の矢を二本、番える。 「ちょっと、ちょっと。射るってわかってて避けないとでも思うの? 馬鹿も大概にしてよ。こんな拘束、すぐに解ける……」  突風にのった火が天使を覆った。  白い羽が火に巻かれて燃える。 「えぇ⁉ 何だよ、この火!」  部屋の扉を開けて、カデルとシェーンが普通に入ってきた。 「自分が張った結界が消えたのすら気が付けないようじゃ、まだまだだねぇ、小天使様」 「修行が足りないんじゃないのか? アモル」  光魔法で固めた土の拘束と、風で逆巻く火に炙られて、天使が悔しそうに顔を歪ませた。 「ふざけるなよ。『魔実』に味方するような真似して、ただで済むと思うなよ。『神実』も『五感の護り』も神界の所有物だ! お前らは最初から大天使の管理下なんだよ!」  小天使アモルが叫び声をあげる。 「ならば最初から、命じて従わせればいい。カロンを洗脳しなければならない意図はなかったはずだ」  レアンに毅然と指摘されて、アモルが歯噛みした。 「お前らが言うコト聞かないからだろ。だから従わせてやってんだよ!」 「根本から間違ってんだよ、お前」  リリムと一緒に、カロンが弓を構えた。 「俺らは誰の所有物でもない。この地上で生きる人間だ。従う相手も守る相手も、自分で決める。手前ぇらは、俺の敵だ」  力いっぱい弦を引いて、狙いを定める。  同時に、矢を放った。 「ひっ……、やだ、その矢は、嫌だぁ!」  逃げようとするアモルを矢が追いかける。白い衣をまとった胸に深く、突き刺さった。 「ぁ……、力が、メロウ様の神力が、漏れる……」  アモルの体が見る間に縮んで、小さくなっていく。  あっという間に掌大にまで縮んだ。 「へぃへーぃ、いっただき~」  飛んできたラスが嬉しそうに言いながら、自らの体を大きくした。  部屋にギリギリ収まるほど体が大きくなった。  ラスが大きく口を開けた。 「ひぃぃ、終末の悪魔!」 「その呼び名は間違ってもいないが、我は滅亡の悪魔。終末のラッパを吹くのは天使の役割だろう。無論、吹かせはせんがな」  大きな顔が近付いて、アモルが大袈裟なほど震えあがった。 「あ、やだ、いやだ、たべない……で、あ」  ラスが迷うことなく、ぱくりと天使を喰った。  ごくりと飲み込んで、満足そうに笑んだ。 「悪党ほど美味いものだが、天使が美味いとは、世の歪みも大概だ」  元のサイズ感に戻ったラスが、ぺろぺろと前足を舐めて毛繕いしている。  その姿はただの犬のようなのに、さっきは格好良かったなと思った。 「ごめん、リリム~、うっかり食べて消化しちゃったぁ」  てへっとしながらペロリと舌を出す顔は確信犯だとわかった。  だが、怒る気になれなかった。  きっと、この場にいる皆がそう思ったのだろう。  誰もラスを咎めなかった。 

ともだちにシェアしよう!