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第38話 キスの余波【KK】→
カロンは羽が生えた犬を鷲掴みにした。
「これが悪魔、アンドラスか」
小説に出てきたアンドラスは、さっきのように大きかったし人型にもなっていた。
小さいヴァージョンはこの世界オリジナルだ。
「離せ! 触るな、やめろ、馬鹿! お前『神実』なんだから! 神力持ってるんだから! 溶けるだろ! 我、悪魔なの、繊細なの!」
「え? 悪魔って神力で溶けんの?」
手を放して、肉球をぷにぷにする。
アンドラスが微妙に嫌がりながら気持ちよさそうな顔をした。
「我、リリムの従魔になったから、今の名前はラスだから」
「本当に悪魔を従魔にしちゃったんだ、リリム。最早、魔王じゃん」
リリム夜神が、この世界で着実に悪役の地位を固めている。
夜神のラスボス回避を誓ったカロン神木としては、歓迎できない。
(でも、今のラスなら俺たちの味方だし。さっきみたいにクソ天使喰ってくれんなら、いいよな)
「カロン!」
後ろからルカが抱き付いてきた。
「カロン、ごめん! 天使に体を奪われて、僕、何もできなくて」
振り返って、ルカを抱き止めた。
「ルカは悪くないよ。俺こそ、気が付かなくて、ごめんな」
『五感の護り』が覚醒前に天使に体を乗っ取られるなんて展開は、小説にない。
だから、考えもしなかった。
「ルカは怪我とかしてない?」
アモルに馬乗りにされた時、ルカを放り投げたのを思い出した。
「怪我はなかったけど、私が治癒と浄化術を施したから、心配ないよ」
レアンが声を掛けてくれた。
「そっか、良かった」
「次は、カロンだ。その首、絞められたのかい? 良く診せて」
レアンの手が首に触れる。
温かな魔力が触れて、首に残っていた痛みが引いていった。
「やっぱりカロンは、アドリブこそ格好良いね」
レアンが微笑んだ。
その顔がちょっと悔しそうにも見える。
「え? 俺が? どこが?」
「誰を守るかは自分で決めるって、格好良かったよ! あと、主人公は俺だ! っていうのも、格好良かった!」
ルカが興奮気味に話す。
恥ずかしすぎて、かっと顔が熱くなった。
「ルカ、聞こえてたの……?」
天使に乗っ取られて意識がないのだと思っていた。
「ずっと意識はあったよ。でも、何もできなかったんだ。まさか、天使様が人間を操って悪さするなんて、思わなかったよ」
ルカの表情が曇る。
ライト教が国の宗教になっているミレニア王国では、女神も天使も絶対的な正義だ。
王族であるルカにとっては余計に、信じ難いだろう。
「ルカ、私たちは認識を改めないといけない。私たちが『五感の護り』として対峙するべきは、大天使なんだ」
レアンが言い聞かせるようにルカの肩に手を置いた。
「レアン、その話、どうして」
今の時点では、リリムとカロンの秘密だったはずだ。
「ラスとリリムが教えてくれたんだよ。大天使メロウは、この世界を消滅させるために、『神実』であるカロンを利用しようとしている。同じように『五感の護り』もね」
「その話、レアンは信じてくれたの?」
リリムとアンドラスは悪魔側だ。
小説世界なら、悪役になる。
そんな立場の人間の話を、神界至上主義の王族が信じたのが不思議だった。
「最初は信じられなかったよ。だけど、こうして現実を目の当たりにした。それに、今のリリムを疑う気はないよ。たとえ闇属性の魔術師だろうとね。何より……」
レアンの手が、カロンの頬を滑った。
「我々『五感の護り』は『神実』と『魔実』を守るためにある。女神アメリア様の神託に従い、カロンとリリムを守るのが、私たちの務めだ」
レアンの指先が優しくて、ちょっとドキッとした。
「じゃぁ、『五感の護り』は俺たちと一緒に、大天使メロウと戦ってくれるんだ」
「勿論だよ。私たちは、その為の守護者だ」
「良かった……」
安心と感動で、目が潤んだ。
この先、事情を知っているリリム夜神と二人だけで乗り切るのは、きついと思っていた。
話せない話はあるにしても、多少なりと事情を理解して協力してもらえるなら、心強い。
「良かったね、リリム……。リリム?」
そういえばさっきから、リリムの姿が見えない。
小天使に矢を射った時は、確かにカロンと一緒にいたのに。
「カロン、一先ず、ルカを覚醒させてほしいと、リリムが言ってる」
部屋の隅から、カデルの声がした。
カデルの後ろから、細い腕が伸びている。
リリムが隠れているらしい。
「何してるの? 二人羽織なの?」
不可解すぎて、どうツッコんだらいいか、わからない。
「俺は体がでかいから、小さいリリムがすっぽり隠れるだろ」
カデルが苦笑している。
「恥ずかしいんだってさ。察してあげてよ。俺は認めたくないけど」
シェーンが眉間に指をあてて苦悶の表情をした。
リリムが後ろからカデルにギュッと抱き付いている。
「恥ずかしいって、何が……ぁ」
唐突に思い出した。
(消毒、解毒の。あれは確実に、キスだったよな。あんな濃いめのキス、初めて……、そもそもキスしたのが初めてだよ、俺)
思い出したら途端に恥ずかしくなって、顔がまた熱くなった。
「私も認めたくはないけど。あれはあくまで解毒の、洗脳されないための消毒、なんだよね、リリム?」
レアンの問いかけに、リリムが手だけで頷く仕草をした。
「これからは私も、リリムに遠慮なく消毒、させてもらおうかな」
何故かレアンがカロンの顎を掴んだ。
「え⁉ なんで俺?」
レアンの唇が、ふわりとカロンの唇に重なった。
柔らかな感触が不意打ちすぎて、驚く暇もなかった。
「私もカロンに消毒しておくよ。リリムの唇を間接的にでも、感じておかないとね」
レアンの唇が、今度は耳元に寄った。
「抜け駆けはナシだからね、カロン」
囁きがゾワゾワして、背中に寒気が走った。
あの時のキスはリリムからだったし、カロン的にはどう考えても不可抗力だ。
「だったら俺は、こっちかな」
シェーンの手がリリムに伸びた。
カデルに絡まっていたリリムの手が、びくりと固まった。
「シェーン、なにするんだ……」
「だから、消毒だよ。どうせするなら、リリムに直接がいいからね」
カデルの背中に隠れて、シェーンがリリムにキスしたらしい。
満足そうに笑むシェーンを、レアンが冷たい目で眺めている。
その目がもう、怖い。
(リリムが他の誰かとキスするの、俺だって嫌だけど。レアンの目が怖すぎて、それどころじゃない。何かもう、キス解禁みたいな空気になってんのも怖い)
「そこまでだ。これ以上、乱れた行為に及ぶなら、本気で怒るぞ」
パンパン、と手を叩いて、カデルが真面目な顔をした。
カデルがリリムを背中に庇ってシェーンから離れた。
「レアンも、それ以上、カロンに何もするなよ。今はルカの覚醒だろ」
カデルがレアンを睨んだ。
一番、あっさりしているのに、こういう時のカデルは頼りになる。
仕方がないとばかりに、レアンが頷いた。
「あのさ、僕って『五感の護り』なの?」
ルカがおずおずとカロンに問い掛けた。
「うん、ルカは『五感の護り』鼻 だよ」
「そっか。だからリリムやカロンから良い匂いがしてたんだね」
ルカが納得の表情をして、頷いた。
「天使様……、ううん、あの性悪天使が僕を狙ったのは、僕が『五感の護り』候補で、まだ覚醒していなかったからだと思うんだ」
ルカがカロンを見上げた。
「多分だけど、覚醒したら操れなくなるんだと思う」
「それって、『五感の護り』として覚醒したら、操れないってこと? 何でルカがそんな話……」
「僕ら『五感の護り』もだけど、『五感の護り』が全員覚醒すると、『神実』であるカロンを洗脳できなくなるんだ。カロンが完成するから」
「完成? 俺が?」
ルカの話が分からな過ぎて混乱した。
「もしかして、アモルが誰かと話しているの、聞いた?」
ラスがルカに問い掛ける。
ルカが頷いた。
「誰かと通信しているみたいだった。その相手が狙っているのが、フェリムなんだ。もしかしたらフェリムも、僕みたいになっているかも」
ルカの話は的を射ている。
フェリムは『五感の護り』舌 だ。
同じように天使に狙われても不思議ではない。
カロンはリリムを振り返った。
リリムがカデルの後ろから、半分だけ顔を出した。
「ここ数日のフェリムに異変は感じなかったが。確認した方がいいかもしれないな」
リリムが、ぼそりと呟いた。
カデルの後ろから出てくる気はないらしい。
「つまり、フェリムも『五感の護り』候補なんだね」
「フェリムが覚醒すれば、『五感の護り』が全員、揃うのか」
シェーンの呟きに、レアンが続ける。
「さっきみたいな性悪天使に乗っ取られたら、厄介だぜ」
「急ぎ、探そう」
カデルが後ろを振り返る。
リリムが頷いた。
「カロン、急いでルカを覚醒してくれ。それがルカとカロンを守る手段になる」
リリムに促されて、カロンは頷いた。
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