38 / 59

第38話 キスの余波【KK】→

 カロンは羽が生えた犬を鷲掴みにした。 「これが悪魔、アンドラスか」  小説に出てきたアンドラスは、さっきのように大きかったし人型にもなっていた。  小さいヴァージョンはこの世界オリジナルだ。 「離せ! 触るな、やめろ、馬鹿! お前『神実』なんだから! 神力持ってるんだから! 溶けるだろ! 我、悪魔なの、繊細なの!」 「え? 悪魔って神力で溶けんの?」  手を放して、肉球をぷにぷにする。  アンドラスが微妙に嫌がりながら気持ちよさそうな顔をした。 「我、リリムの従魔になったから、今の名前はラスだから」 「本当に悪魔を従魔にしちゃったんだ、リリム。最早、魔王じゃん」  リリム夜神が、この世界で着実に悪役の地位を固めている。  夜神のラスボス回避を誓ったカロン神木としては、歓迎できない。 (でも、今のラスなら俺たちの味方だし。さっきみたいにクソ天使喰ってくれんなら、いいよな) 「カロン!」  後ろからルカが抱き付いてきた。 「カロン、ごめん! 天使に体を奪われて、僕、何もできなくて」  振り返って、ルカを抱き止めた。 「ルカは悪くないよ。俺こそ、気が付かなくて、ごめんな」 『五感の護り』が覚醒前に天使に体を乗っ取られるなんて展開は、小説にない。  だから、考えもしなかった。 「ルカは怪我とかしてない?」  アモルに馬乗りにされた時、ルカを放り投げたのを思い出した。 「怪我はなかったけど、私が治癒と浄化術を施したから、心配ないよ」  レアンが声を掛けてくれた。 「そっか、良かった」 「次は、カロンだ。その首、絞められたのかい? 良く診せて」  レアンの手が首に触れる。  温かな魔力が触れて、首に残っていた痛みが引いていった。 「やっぱりカロンは、アドリブこそ格好良いね」  レアンが微笑んだ。  その顔がちょっと悔しそうにも見える。 「え? 俺が? どこが?」 「誰を守るかは自分で決めるって、格好良かったよ! あと、主人公は俺だ! っていうのも、格好良かった!」  ルカが興奮気味に話す。  恥ずかしすぎて、かっと顔が熱くなった。 「ルカ、聞こえてたの……?」  天使に乗っ取られて意識がないのだと思っていた。 「ずっと意識はあったよ。でも、何もできなかったんだ。まさか、天使様が人間を操って悪さするなんて、思わなかったよ」  ルカの表情が曇る。  ライト教が国の宗教になっているミレニア王国では、女神も天使も絶対的な正義だ。  王族であるルカにとっては余計に、信じ難いだろう。 「ルカ、私たちは認識を改めないといけない。私たちが『五感の護り』として対峙するべきは、大天使なんだ」  レアンが言い聞かせるようにルカの肩に手を置いた。 「レアン、その話、どうして」  今の時点では、リリムとカロンの秘密だったはずだ。 「ラスとリリムが教えてくれたんだよ。大天使メロウは、この世界を消滅させるために、『神実』であるカロンを利用しようとしている。同じように『五感の護り』もね」 「その話、レアンは信じてくれたの?」  リリムとアンドラスは悪魔側だ。  小説世界なら、悪役になる。   そんな立場の人間の話を、神界至上主義の王族が信じたのが不思議だった。 「最初は信じられなかったよ。だけど、こうして現実を目の当たりにした。それに、今のリリムを疑う気はないよ。たとえ闇属性の魔術師だろうとね。何より……」  レアンの手が、カロンの頬を滑った。 「我々『五感の護り』は『神実』と『魔実』を守るためにある。女神アメリア様の神託に従い、カロンとリリムを守るのが、私たちの務めだ」  レアンの指先が優しくて、ちょっとドキッとした。 「じゃぁ、『五感の護り』は俺たちと一緒に、大天使メロウと戦ってくれるんだ」 「勿論だよ。私たちは、その為の守護者だ」 「良かった……」  安心と感動で、目が潤んだ。  この先、事情を知っているリリム夜神と二人だけで乗り切るのは、きついと思っていた。  話せない話はあるにしても、多少なりと事情を理解して協力してもらえるなら、心強い。 「良かったね、リリム……。リリム?」  そういえばさっきから、リリムの姿が見えない。  小天使に矢を射った時は、確かにカロンと一緒にいたのに。 「カロン、一先ず、ルカを覚醒させてほしいと、リリムが言ってる」  部屋の隅から、カデルの声がした。  カデルの後ろから、細い腕が伸びている。  リリムが隠れているらしい。 「何してるの? 二人羽織なの?」  不可解すぎて、どうツッコんだらいいか、わからない。 「俺は体がでかいから、小さいリリムがすっぽり隠れるだろ」  カデルが苦笑している。 「恥ずかしいんだってさ。察してあげてよ。俺は認めたくないけど」  シェーンが眉間に指をあてて苦悶の表情をした。  リリムが後ろからカデルにギュッと抱き付いている。   「恥ずかしいって、何が……ぁ」  唐突に思い出した。 (消毒、解毒の。あれは確実に、キスだったよな。あんな濃いめのキス、初めて……、そもそもキスしたのが初めてだよ、俺)  思い出したら途端に恥ずかしくなって、顔がまた熱くなった。 「私も認めたくはないけど。あれはあくまで解毒の、洗脳されないための消毒、なんだよね、リリム?」  レアンの問いかけに、リリムが手だけで頷く仕草をした。 「これからは私も、リリムに遠慮なく、させてもらおうかな」  何故かレアンがカロンの顎を掴んだ。 「え⁉ なんで俺?」  レアンの唇が、ふわりとカロンの唇に重なった。  柔らかな感触が不意打ちすぎて、驚く暇もなかった。 「私もカロンに消毒しておくよ。リリムの唇を間接的にでも、感じておかないとね」  レアンの唇が、今度は耳元に寄った。 「抜け駆けはナシだからね、カロン」  囁きがゾワゾワして、背中に寒気が走った。  あの時のキスはリリムからだったし、カロン的にはどう考えても不可抗力だ。 「だったら俺は、こっちかな」  シェーンの手がリリムに伸びた。  カデルに絡まっていたリリムの手が、びくりと固まった。 「シェーン、なにするんだ……」 「だから、消毒だよ。どうせするなら、リリムに直接がいいからね」  カデルの背中に隠れて、シェーンがリリムにキスしたらしい。  満足そうに笑むシェーンを、レアンが冷たい目で眺めている。  その目がもう、怖い。 (リリムが他の誰かとキスするの、俺だって嫌だけど。レアンの目が怖すぎて、それどころじゃない。何かもう、キス解禁みたいな空気になってんのも怖い) 「そこまでだ。これ以上、乱れた行為に及ぶなら、本気で怒るぞ」  パンパン、と手を叩いて、カデルが真面目な顔をした。  カデルがリリムを背中に庇ってシェーンから離れた。 「レアンも、それ以上、カロンに何もするなよ。今はルカの覚醒だろ」  カデルがレアンを睨んだ。  一番、あっさりしているのに、こういう時のカデルは頼りになる。  仕方がないとばかりに、レアンが頷いた。 「あのさ、僕って『五感の護り』なの?」  ルカがおずおずとカロンに問い掛けた。 「うん、ルカは『五感の護り』(ノーズ)だよ」 「そっか。だからリリムやカロンから良い匂いがしてたんだね」  ルカが納得の表情をして、頷いた。 「天使様……、ううん、あの性悪天使が僕を狙ったのは、僕が『五感の護り』候補で、まだ覚醒していなかったからだと思うんだ」  ルカがカロンを見上げた。 「多分だけど、覚醒したら操れなくなるんだと思う」 「それって、『五感の護り』として覚醒したら、操れないってこと? 何でルカがそんな話……」 「僕ら『五感の護り』もだけど、『五感の護り』が全員覚醒すると、『神実』であるカロンを洗脳できなくなるんだ。カロンが完成するから」 「完成? 俺が?」  ルカの話が分からな過ぎて混乱した。 「もしかして、アモルが誰かと話しているの、聞いた?」  ラスがルカに問い掛ける。  ルカが頷いた。 「誰かと通信しているみたいだった。その相手が狙っているのが、フェリムなんだ。もしかしたらフェリムも、僕みたいになっているかも」  ルカの話は的を射ている。  フェリムは『五感の護り』(タング)だ。  同じように天使に狙われても不思議ではない。  カロンはリリムを振り返った。  リリムがカデルの後ろから、半分だけ顔を出した。 「ここ数日のフェリムに異変は感じなかったが。確認した方がいいかもしれないな」  リリムが、ぼそりと呟いた。  カデルの後ろから出てくる気はないらしい。 「つまり、フェリムも『五感の護り』候補なんだね」 「フェリムが覚醒すれば、『五感の護り』が全員、揃うのか」  シェーンの呟きに、レアンが続ける。 「さっきみたいな性悪天使に乗っ取られたら、厄介だぜ」 「急ぎ、探そう」  カデルが後ろを振り返る。  リリムが頷いた。 「カロン、急いでルカを覚醒してくれ。それがルカとカロンを守る手段になる」  リリムに促されて、カロンは頷いた。

ともだちにシェアしよう!