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第39話 ルカの覚醒

 カロンはルカの肩に手を置いた。 「じゃぁ、ルカに印をつけるね」 「うん……」  緊張した面持ちのルカに顔を近づける。  項を撫でると、そっと口付けた。  唇をあてた項から、魔力を吸い上げる。 「ぁっ……! カロン!」  ルカが小さく悲鳴を上げて、カロンに抱き付いた。   (なんだろ。ルカの魔力以外に何か、感じる。何か、出てくる) 「カロン、そのまま吸い上げろ。僕が受け止める」  いつの間にか目の前にリリムがいた。  言われた通り、カロンはルカの魔力を吸い上げ続けた。 「ぁんっ!」  嬌声のように可愛く啼いたルカの背中から、ころん、と何かが転がり落ちた。  同時に、ルカの体から魔力が大きく流れ出た。 「はぁ……」  唇を離す。  ルカの項に、ハート型の護りの印が浮かんでいた。 「はぁ、ぁ……。ちょっと、気持ち良い。カロン、こっち向いて」  蕩けた目をしたルカが近付く。  カロンの頬に口付けを落とした。 「これからは守護者として、僕がカロンを守るからね」  ルカが嬉しそうにカロンに抱き付いた。 「うん、俺ももう、ルカを酷い目に合わせないように、頑張るよ」  ルカを受け止めたカロンは、目の前のリリムに目を向けた。  リリムの手には両掌に乗るくらいの大きさの丸いモノが載っている。 「それ、何? 卵?」 「天使の卵だよ。孵化したら、完全に乗っ取られてたねぇ」  ラスがまじまじと卵を見詰めている。 「天使の卵? これから天使が生まれるのか?」  リリムが自分の手の中の卵を、じっと見詰めた。 「天使は神が造る特殊な個体だけど、神に選ばれた人間が天使になる神話があるね」  レアンが卵を観察しながら、思い返すように話した。 「普通は神様が造るよね。人間が天使になるのはレアケースだよ。特に卵を使う場合はレアもレアでさぁ。人間の中で天使の卵が孵ると、その人間は強制的に天使になる。今なら、もれなくメロウの下僕が確定~」 「めちゃめちゃ、危険物じゃん」  カロンは蒼褪めた。  リリムがラスに卵を差し出した。 「ラス、食べるか?」 「いいの? やったぁ! いっただきぃ~」  ラスが大きな口を開けて舌で卵を掬うと、一口で頬張った。  器用な食べ方だと思う。 「美味ぁ。たまにしか味わえない珍味だよぉ。ラッキーだなぁ」  ラスが本当に美味しそうな顔をする。 「ラスは悪いものほど美味しく感じるんでしょ? あれがルカの中で孵化していたらと思うと、ぞっとしない話だね」  シェーンが蒼褪めていた。 「だとしたら、フェリムの中にも卵が埋め込まれている危険があるよな。早く探したほうがいいんじゃねぇのか?」  カデルの焦燥は、妥当だ。  アモルと連絡を取り合っていた相手は、恐らく天使だろう。猶予はない。 「ラスが話していたクピドという小天使が、フェリムに憑いている可能性が高いな」 「けど、お茶会の前に勉強会した時は、いつものフェリムだったよね?」  カロンとリリムは、今日も午後一でフェリムと勉強会をしている。  その時は、取り立てて変わった様子はなかった。 「ルカのような違和感は、フェリムからは感じなかったな」  リリムが考える仕草をした。 「リリムはルカの異変に気が付いていたの?」  何気なく聞いた言葉に、リリムが慌てた顔をした。 「何となく、いつものルカではないと、感じていた。だから……」 「私たちもルカを気に掛けていたんだ。だからこのタイミングで、カロンとルカを助けに来られたんだよ」  言い淀んだリリムの言葉をレアンが繋いだ。 「そうだったんだ。そうだよね。助けに来てくれるの、早かったよね」  まるで狙い澄ましたようなタイミングで、リリムたちが来てくれた。 「カロンに話していなくて、すまない。話したほうが、良かったんだろうが……」 「確信がなかったからさ。不安にさせても悪いと思って」  言い淀んだリリムを、今度はシェーンが繋いだ。 「カロンもルカも、絶対に守るつもりでいたから、よく観察してたんだぜ」  ダメ押しのようにカデルがカロンの肩を叩いた。  カロンに抱き付いたままのルカが、小さく息を吐いた。 「何となく皆の意図がわかったけど、納得してあげるよ。皆のお陰で僕もカロンも助かったからね。次からは確信がなくても話してよね。僕だってもう『五感の護り』なんだからさ」  ルカが、ぎゅっとカロンに抱き付いた。  カロンの腕の中で、ルカがむくれている。 「早速だが、フェリムを探しに行こう。かなり心配だ」  言いながらリリムが立ち上がった。 「待って、リリム。もしかしたら、クピドって小天使はフェリムの中に入ってないかもしれない」  ルカの言葉に、リリムが振り返った。 「アモルの通信してた会話、全部は覚えていないんだけど。アモルと同じやり方はしないって話していたんだ。恋の矢を使うとか、そういう話をしてた」 「恋の矢?」  ルカの説明に、リリムが怪訝な顔をした。 「あぁ、なるほど、恋の矢かぁ。それはある意味、憑依より厄介かもねぇ」  ラスが短い腕を組んでフワフワしている。 「恋の矢って、キューピッド的な?」  元の世界になら、そういう存在がいた。  あくまで架空の話だが。 「キューピッドはよくわかんないけど、クピドが持ってる恋の矢は、射抜かれた相手がクピドの思い通りの相手を好きになるんだよ。無理に憑依して洗脳するより、愛で縛るほうが、ある意味強い洗脳だよね」  それは大変恐ろしい話だと、カロンは思った。 「強制的に相手を好きにさせて妄信させるってコト? ヤバすぎじゃん。てか、天使って質が悪すぎじゃねぇの?」  ルカに憑いていたアモルといい、クピドといい、やり方がえげつない。 「元々、天使だって悪魔とやってること、変わんないの。神様とか天使とか、人間がやけに有難がってるだけ」  ラスの言葉は、大袈裟にも聞こえなかった。 (あれだけ天使に痛めつけられた後だと、むしろ説得力があるな)  カロン的にはトラウマレベルの惨事だった。 「アメリア様も、天使と悪魔に大きな差はないと話していたな。そういうモノなのかもしれない」  リリムが噛み締めるように話す。 「実際、女神アメリア様に会って話しているリリムの言葉となると、重みが違うね」 「その上、こういう経験をすると余計になぁ」  シェーンとカデルが、しみじみと呟いた。 「一先ず、フェリムだが。今は授業中だと思うよ。終わるのを待つかい?」  レアンがリリムに問い掛ける。 「授業終わりに掴まえて、そのまま覚醒させよう。フェリムとカロンを守るために一番効果的なのは、フェリムの覚醒だ」  リリムの意見には満場一致だった。  教室の前で待ち構えてフェリムを探したが、授業には出席していなかった。  全員でフェリムを探したが、学院内に姿を見付けることはできなかった。

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