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第40話 恋の矢

 半日かけてフェリムを探したが、どこにもいなかった。  大事にするわけにもいかないと、明日も探索して見付からなかったら、学院に届ける流れになった。  カロンは自室に戻り、今日の出来事を振り返っていた。  大天使メロウのパシリの小天使が、『神実』を取り込もうとして『五感の護り』候補を乗っ取ろうとした。『魔実』を殺すために。 (構図として間違ってないのかもしれないけど、小説世界とは逆だよな)  小説なら、悪役令息であるリリムが『神実』を殺そうとする。  実際、リリムは嫉妬で何度もカロンに命に係わる嫌がらせをしている。 (夜神くんはリリムをかまってちゃん、ていうけど、本当にそんな感じなんだよね)  小説の中のリリムに『魔実』なんて設定はない。 『五感の護り』に選ばれない上に、最初から皆に嫌われているリリムに入り込む余地はない。  だが、リリムは明らかにカロンに興味がある素振を見せる。 (今のリリムとは全然違う性格だ。仮に夜神くんが小説の中のリリムと同じ設定で同じ立場でも、ああいう行動はとらないだろうな)  きっともっと潔く、格好良い悪役になるのだろう。 (それはそれで見てみたいけど、強すぎて誰も勝てねぇよな)  不意に、自分の唇に触れる。  確かにここに、リリムの唇が触れた。しかもかなり濃厚な触れ方をした。 「俺のファーストキスは、利睦だ」  言葉にしたら、途端に恥ずかしくなって、カロンは枕に突っ伏した。 (ダメだ、考えると恥ずかしい。リリムに会う時は、考えないようにしよう)  消毒、と言い張ったリリムを思い出す。 「嬉しかったし、気持ち、良かったのに……。夜神くんは、違ったのかな」  自分の言葉に自分で照れた。  顔が熱くなって、カロンはぶんぶんと首を振った。 「ダメだ、ダメだ。今は、フェリムを探すこと、考えなきゃ」 「悪魔とキスなんて、蠱惑的だねぇ。でもカロンには、もっと美しい愛を貫いてほしいなぁ」  知らない声が聴こえて、カロンはガバリと起き上がった。  背中に白い羽が生えた天使が、ベッドの足元に座っていた。 「お前、どこから入ってきた」  咄嗟に後退る。  天使がニコリと笑んだ。 「フェリムがどこに居るか、気になるよねぇ? その前に僕と、世界を正す話をしようよ、カロン」  天使が質問ガン無視で自分の話を始めた。 「お前が、クピド? フェリムを洗脳して、隠したのか?」 「洗脳なんかしないよぉ。僕はアモルみたいに浅はかなやり方はしないんだ。アモルは天使なのに愛が足りないんだよ。愛があれば、分かり合えるのに。フェリムもわかってくれたよ」  クピドがニタリと笑んだ。  酷く歪んだ笑みに吐き気がした。 「恋の矢を射るってこと? それって洗脳と何が違うんだよ」  人の心を操って好きに動かす行為は、洗脳と同義だ。 「恋の矢はねぇ、心を解放するんだ。気持ちを素直にするだけだよ。メロウ様が与えてくださった素晴らしい力だ。カロンにも、すぐにわかるよ」  クピドがジリジリとカロンに迫る。  カロンは後ろに下がった。 「それより、正義の話だよ。歪んだ世界を正すための正義は、カロンだ。カロンが悪を倒すんだよ。竜を倒して悪魔を討つんだ。それが正しいでしょ?」  小説の中の展開なら確かに、それが正しいのだろうが。 (今のこの世界じゃ、それがもう正しくない。メロウは俺に竜を倒させて、女神様を殺させたいんだ) 「どうしてカロンは悪魔の言葉を信じるの? 『神実』は神界の女神が造ったのに。騙されてるんだよ、カロン。可哀想にね」 「今更お前らの言葉なんか、信じられるか。『神実』は女神様が造った果実だ。俺は女神様の言葉を信じてるんだよ」  後ろに下がり過ぎて、壁にぶつかった。  クピドが楽しそうにカロンを眺めた。 「その女神様の言葉は、悪魔と『魔実』の言葉でしょう? 信じていいの? 本当に女神様の言葉だって保障、あるの?」  攪乱しようとするクピドの言葉に、えらく腹が立った。 「お前たちなんかより、リリムとラスの言葉のほうが信じられる。今更、神界の言葉なんか、信じる気になれねぇよ」  笑みを張り付けていたクピドの顔から、表情が抜け落ちた。  ドキリとして、心臓が下がった。 「やっぱり、言葉じゃ無理か。じゃ、こうするしかないね」  クピドの手に弓矢が浮かび上がった。  避ける間もない速さで、クピドがカロンに向かい、矢を射る。  真っ白い光を纏った矢が、胸に突き刺さった。 「っ! ……、あれ? 痛くない? 何ともない?」  白い光はすぐに消えた。 「あれ? 今の『神実』になら、効果あるはずなんだけどな」  クピドが首を傾げている。  ずぃと近付いて、カロンの顔を覗き込んだ。 「俺は、騙されたり洗脳されたりしない。自分で見て、判断する」 「へぇ、じゃぁ、カロンが最も愛している相手って、誰?」 「愛している、相手?」  それを言葉にするのは、恥ずかしい。  咄嗟に言葉が出なかった。 「信頼している相手だよ。ねぇ、教えてよ」 「そんなの……メロウ様に決まってんだろ」  恥ずかしいから、いちいち聞くなと思う。 「だよねぇ」  クピドが、ニィと笑んだ。 「カロンはメロウ様だけを愛しているし、信頼している。メロウ様だけが絶対的な正義だよね」 「そうだよ。俺がメロウ様を裏切るとか、有り得ねぇよ。できれば触れて欲しいし、抱いてほしいよ」  照れた顔を逸らす。  クピドが、カロンの顔を胸に抱いた。 「素直なカロン、可愛いよ。もう一度、メロウ様への忠誠を言葉にして」 「俺はメロウ様を愛してる。メロウ様の命令は絶対だし、その為なら命も賭ける」  クピドが髪を撫でてくれて、胸が締まった。  まるでメロウが撫でてくれているようで、嬉しい。 「じゃぁ次の確認だよ。カロンは『神実』だから、敵は悪魔だよね。アンドラスとリリムは敵だ。ちゃんと覚えてる?」 「覚えてる。竜を作ったアンドラスと、『魔実』のリリムは俺が倒すべき敵だ。メロウ様がそう望んでいるから、間違わない」  クピドが愛おし気にカロンの額にキスをした。  嬉しくて胸がいっぱいになる。 「蕩けた顔のカロン、可愛い。今の気持ちを『五感の護り』全員に伝播するんだよ。僕の力は『五感の護り』に及ばないけど、『神実』の意志なら共有できる。体に刺さった矢を使って、皆に幸せな気持ちを分けてあげようね」  クピドが頬を撫でて、キスしてくれた。  嬉しくて、素直に頷いた。 「皆にこの気持ち、伝える。皆でメロウ様をもっと愛して、リリムを殺そうって、伝える」 「良い子だね、カロン。上手に出来たら、メロウ様に抱いてもらおうね。卵を貰えば、カロンも天使になれる。もっとメロウ様の玩具になれるよ」  クピドが、カロンをベッドに寝かせた。 「天使になって玩具になったら、たくさん、気持ち良くしてもらえるよ」  耳元で囁かれて、胸が躍った。 「早くメロウ様の玩具になりたい。弄ばれたい。気持ち良くしてほしい……」  目の前に手を翳されて、眠気が降りた。  瞼が重くて意識が遠のく。 「ほぅら、こんなにチョロい。アモルは何を梃子摺ったのかな。馬鹿だよねぇ。今は僕が玩具にして、弄んであげるからね。ゆっくりお休み、カロン」  クピドの言葉は総て心地よい呪文に聴こえる。  カロンは幸せな気持ちで眠りに落ちた。

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