40 / 59
第40話 恋の矢
半日かけてフェリムを探したが、どこにもいなかった。
大事にするわけにもいかないと、明日も探索して見付からなかったら、学院に届ける流れになった。
カロンは自室に戻り、今日の出来事を振り返っていた。
大天使メロウのパシリの小天使が、『神実』を取り込もうとして『五感の護り』候補を乗っ取ろうとした。『魔実』を殺すために。
(構図として間違ってないのかもしれないけど、小説世界とは逆だよな)
小説なら、悪役令息であるリリムが『神実』を殺そうとする。
実際、リリムは嫉妬で何度もカロンに命に係わる嫌がらせをしている。
(夜神くんはリリムをかまってちゃん、ていうけど、本当にそんな感じなんだよね)
小説の中のリリムに『魔実』なんて設定はない。
『五感の護り』に選ばれない上に、最初から皆に嫌われているリリムに入り込む余地はない。
だが、リリムは明らかにカロンに興味がある素振を見せる。
(今のリリムとは全然違う性格だ。仮に夜神くんが小説の中のリリムと同じ設定で同じ立場でも、ああいう行動はとらないだろうな)
きっともっと潔く、格好良い悪役になるのだろう。
(それはそれで見てみたいけど、強すぎて誰も勝てねぇよな)
不意に、自分の唇に触れる。
確かにここに、リリムの唇が触れた。しかもかなり濃厚な触れ方をした。
「俺のファーストキスは、利睦だ」
言葉にしたら、途端に恥ずかしくなって、カロンは枕に突っ伏した。
(ダメだ、考えると恥ずかしい。リリムに会う時は、考えないようにしよう)
消毒、と言い張ったリリムを思い出す。
「嬉しかったし、気持ち、良かったのに……。夜神くんは、違ったのかな」
自分の言葉に自分で照れた。
顔が熱くなって、カロンはぶんぶんと首を振った。
「ダメだ、ダメだ。今は、フェリムを探すこと、考えなきゃ」
「悪魔とキスなんて、蠱惑的だねぇ。でもカロンには、もっと美しい愛を貫いてほしいなぁ」
知らない声が聴こえて、カロンはガバリと起き上がった。
背中に白い羽が生えた天使が、ベッドの足元に座っていた。
「お前、どこから入ってきた」
咄嗟に後退る。
天使がニコリと笑んだ。
「フェリムがどこに居るか、気になるよねぇ? その前に僕と、世界を正す話をしようよ、カロン」
天使が質問ガン無視で自分の話を始めた。
「お前が、クピド? フェリムを洗脳して、隠したのか?」
「洗脳なんかしないよぉ。僕はアモルみたいに浅はかなやり方はしないんだ。アモルは天使なのに愛が足りないんだよ。愛があれば、分かり合えるのに。フェリムもわかってくれたよ」
クピドがニタリと笑んだ。
酷く歪んだ笑みに吐き気がした。
「恋の矢を射るってこと? それって洗脳と何が違うんだよ」
人の心を操って好きに動かす行為は、洗脳と同義だ。
「恋の矢はねぇ、心を解放するんだ。気持ちを素直にするだけだよ。メロウ様が与えてくださった素晴らしい力だ。カロンにも、すぐにわかるよ」
クピドがジリジリとカロンに迫る。
カロンは後ろに下がった。
「それより、正義の話だよ。歪んだ世界を正すための正義は、カロンだ。カロンが悪を倒すんだよ。竜を倒して悪魔を討つんだ。それが正しいでしょ?」
小説の中の展開なら確かに、それが正しいのだろうが。
(今のこの世界じゃ、それがもう正しくない。メロウは俺に竜を倒させて、女神様を殺させたいんだ)
「どうしてカロンは悪魔の言葉を信じるの? 『神実』は神界の女神が造ったのに。騙されてるんだよ、カロン。可哀想にね」
「今更お前らの言葉なんか、信じられるか。『神実』は女神様が造った果実だ。俺は女神様の言葉を信じてるんだよ」
後ろに下がり過ぎて、壁にぶつかった。
クピドが楽しそうにカロンを眺めた。
「その女神様の言葉は、悪魔と『魔実』の言葉でしょう? 信じていいの? 本当に女神様の言葉だって保障、あるの?」
攪乱しようとするクピドの言葉に、えらく腹が立った。
「お前たちなんかより、リリムとラスの言葉のほうが信じられる。今更、神界の言葉なんか、信じる気になれねぇよ」
笑みを張り付けていたクピドの顔から、表情が抜け落ちた。
ドキリとして、心臓が下がった。
「やっぱり、言葉じゃ無理か。じゃ、こうするしかないね」
クピドの手に弓矢が浮かび上がった。
避ける間もない速さで、クピドがカロンに向かい、矢を射る。
真っ白い光を纏った矢が、胸に突き刺さった。
「っ! ……、あれ? 痛くない? 何ともない?」
白い光はすぐに消えた。
「あれ? 今の『神実』になら、効果あるはずなんだけどな」
クピドが首を傾げている。
ずぃと近付いて、カロンの顔を覗き込んだ。
「俺は、騙されたり洗脳されたりしない。自分で見て、判断する」
「へぇ、じゃぁ、カロンが最も愛している相手って、誰?」
「愛している、相手?」
それを言葉にするのは、恥ずかしい。
咄嗟に言葉が出なかった。
「信頼している相手だよ。ねぇ、教えてよ」
「そんなの……メロウ様に決まってんだろ」
恥ずかしいから、いちいち聞くなと思う。
「だよねぇ」
クピドが、ニィと笑んだ。
「カロンはメロウ様だけを愛しているし、信頼している。メロウ様だけが絶対的な正義だよね」
「そうだよ。俺がメロウ様を裏切るとか、有り得ねぇよ。できれば触れて欲しいし、抱いてほしいよ」
照れた顔を逸らす。
クピドが、カロンの顔を胸に抱いた。
「素直なカロン、可愛いよ。もう一度、メロウ様への忠誠を言葉にして」
「俺はメロウ様を愛してる。メロウ様の命令は絶対だし、その為なら命も賭ける」
クピドが髪を撫でてくれて、胸が締まった。
まるでメロウが撫でてくれているようで、嬉しい。
「じゃぁ次の確認だよ。カロンは『神実』だから、敵は悪魔だよね。アンドラスとリリムは敵だ。ちゃんと覚えてる?」
「覚えてる。竜を作ったアンドラスと、『魔実』のリリムは俺が倒すべき敵だ。メロウ様がそう望んでいるから、間違わない」
クピドが愛おし気にカロンの額にキスをした。
嬉しくて胸がいっぱいになる。
「蕩けた顔のカロン、可愛い。今の気持ちを『五感の護り』全員に伝播するんだよ。僕の力は『五感の護り』に及ばないけど、『神実』の意志なら共有できる。体に刺さった矢を使って、皆に幸せな気持ちを分けてあげようね」
クピドが頬を撫でて、キスしてくれた。
嬉しくて、素直に頷いた。
「皆にこの気持ち、伝える。皆でメロウ様をもっと愛して、リリムを殺そうって、伝える」
「良い子だね、カロン。上手に出来たら、メロウ様に抱いてもらおうね。卵を貰えば、カロンも天使になれる。もっとメロウ様の玩具になれるよ」
クピドが、カロンをベッドに寝かせた。
「天使になって玩具になったら、たくさん、気持ち良くしてもらえるよ」
耳元で囁かれて、胸が躍った。
「早くメロウ様の玩具になりたい。弄ばれたい。気持ち良くしてほしい……」
目の前に手を翳されて、眠気が降りた。
瞼が重くて意識が遠のく。
「ほぅら、こんなにチョロい。アモルは何を梃子摺ったのかな。馬鹿だよねぇ。今は僕が玩具にして、弄んであげるからね。ゆっくりお休み、カロン」
クピドの言葉は総て心地よい呪文に聴こえる。
カロンは幸せな気持ちで眠りに落ちた。
ともだちにシェアしよう!

