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第59話 始まったばかりの物語

 地上に戻ったカロンたちは、想像以上の好待遇を受けた。  智天使プシュケの言葉通り、教会には大天使メロウの悪行が伝播されており、世界の終焉を食い止めた英雄として『神実』と『魔実』、『五感の護り』の功績が伝えられていた。  冥界という場所が魂の集まる場所であり、魔王は管理者である事実が伝えられたことから、リリムの魔王という立場も名誉職として受け取られていた。  この度の功績として、カロンには男爵位が与えられ、晴れて貴族の仲間入りを果たした。  謀反の疑いで取り潰しを検討されていたヴァンベルム家は一転、王室より褒章を賜った。  同じように『五感の護り』にも、王直々に褒章が下賜された。  数十年ぶりに現れた『神実』と数百年ぶりに現れた『魔実』、守護者たる『五感の護り』は教会が保護する存在となり、国の宝と位置付けられた。  カロンたちは今後もレーヴァティン魔法学院で研鑽を詰み、国に貢献することを約束して、いつもの日常に戻った。 「思ったより大事になってて、ビックリしたね」 「プシュケ様が話していたけど、ここまでとは」  学院では勿論、国の一大事を救った英雄として有名人だ。  とはいえ、『神実』として学院に来たカロンが稀有の目で見られるのは今更といえば今更だから気にするまでもない。 「でもさ、誰も大きな怪我とかしないで戻って来られて、良かったよね」  冥界から地上へは、アメリアとプシュケが運んでくれた。  一番の大怪我はフェリムに杖で物理的に殴られたレアンだろうが、運んだ時に怪我も治してくれていたようだ。 「カロンと一緒に戻って来られて、良かった」  リリムがカロンの手を握って微笑んだ。  冥界から戻ってからのリリムは、カロンをあまり陽向と呼ばない。  ちょっと寂しい気もするが、それでも良かった。 (何となく自然に、リリムがカロンて呼んでくれるから、それはそれで嬉しい) 「まだ気は抜けないけど、束の間の平穏に気を緩めるのは、アリだ」 「そうだね。メロウは中ボスだから、この先にラスボスがいるけど、それはリリムではないから。心配ないよ」  ニシシと笑うと、リリムが苦笑した。 「闇堕ちしたラスボスのリリムは、主人公のカロンに倒してもらった。僕の目標は達成した。次は……」  リリムの顔が近付いて、カロンの頬に口付けた。 「コミカライズ版の、カロンと協力して敵を倒すリリムは、格好良いんだろう?」 「ん、夢野先生は、そう話してた。クズ好きとしては納得できないらしいけど」  コミカライズ版のリリムがどういうキャラ設定で落ち着いたのか、知りたい所だが。カロンとリリムにはもう、知る手段がない。 「カロンにその話を聞いて、色んなリリムがいていいんだと思えた。だから僕は、僕らしいリリムになろうと思う」 「リムらしいリリムって、めっちゃ格好良くて強そうだね」 「カロンが望むなら、そういうリリムになる。だけど……」  リリムがカロンの手を握って、唇を落とした。 「これからは、甘さもプラスしていきたい」 「甘さって」  柔らかな唇が、手の甲に熱を添える。  それだけで、ドキドキする。  冥界から戻ってからのリリムは色気が増して、ちょっとだけエッチだ。  ハーレム状態で気持ちよくされたせいだろうか。 (仕草も表情も、糖度が増してる。格好良くて強くて色気まで増したら、リリムに敵うキャラなんて、いるんだろうか)  小説世界の中にきて、色んなキャラに会ったのに、カロンが恋したのは悪役令息のリリム=ヴァンベルム、クラスメイトで生徒会長の夜神利睦だった。 (俺は、レアンやカデルに寄り道したけど、夜神くんはこの世界に来てからも……、来る前からずっと、俺のこと、想ってくれてた)  リムの気持ちにはブレがない。  いつだって、陽向の笑顔を守るために頑張ってくれた。  カロンはリリムの手を握り直した。 「ずっと一緒に、この世界で生きようね」 「約束だ。この手はもう、離さないと決めた」  互いに手を握り合って、歩く。  そんな当たり前が、酷く愛おしかった。 「あ、やっと来た! カロン、リリム! こっち、こっち!」  学院のカフェ、いつものテラス席でルカが手を振っている。  お茶会の準備をして待っていてくれたシェーンと、いつもならこの時間はいないフェリムやカデルやレアンも、今日は既に集まっていた。 「ごめんね、遅れちゃった」  ルカに手を引かれて、カロンは椅子に腰かけた。 「皆が準備してくれていたのか? 教えてくれたら手伝ったのに」  リリムをさりげなくエスコートして、レアンが自分の隣に座らせる。 「今日はリリムとカロンを労うお茶会だからね。募る話も、まだゆっくりと出来ていないだろう」  レアンに目配せされて、リリムが首を傾げている。 「皆に囲まれて可愛くなってたリリムの話とかね」  お茶を淹れながら、シェーンが世間話のように話した。  リリムの顔が見る間に真っ赤になり、黙った。 「シェーン、それは、言わない約束だよ」  色んな意味で居た堪れない気持ちになる。  カロンの肩をフェリムが抑えた。 「大丈夫ですよ、カロン。シェーンとレアン皇子が羽目を外し過ぎたら、私が叱ります」  フェリムの鋭い眼差しがレアンに向いた。  レアンが困った顔をしている。 「あの一件以来、フェリムは私に手厳しいね。総て覚えているだけに、何も言い返せないが」  メロウの魂が絡まっていた時のレアンは色欲むき出しだったから、覚えていたら何も言えないだろうと思う。  レアンのリリムへの色欲のお陰で世界が破滅を免れたようなものだから、ある意味功績だが、手放しに褒める気にはなれない。 「俺もレアンのことは責められねぇな。リリムに散々な真似したから」  反省しきりな顔で、カデルが頭を抱える。 「けど、俺が想っているのはカロンだけだぜ。今でも、カロンの(シード)に選ばれたいと思っているからな」 「え? ……え?」  カデルが皆の前でこういう話をするのは初めてで、驚いた。 「狡いよ、カデル。今日は僕だってその話、するつもりだったんだ。僕もカロンの(シード)希望だからね。ちゃんと僕を選んでよね」 「え? ルカまで? 何で、そんな話……」  ルカとカデルに挟まれて、カロンは只々慌てた。  レアンがリリムの手の甲に口付けた。 「勿論、私はリリムの(シード)に立候補するよ。一時でも私を愛してくれたリリムの情熱的なキスも言葉も、視線もすべて、忘れられない」 「あれは、天使の核が作用して、いつもの僕じゃないようになっていたというか」  リリムが真っ赤なまま、しどろもどろになっている。  可愛い照れ顔をみて、リリムも全部、覚えているんだなとカロンは察した。 「俺の愛撫に反応して、色んな場所にキスしてくれたリリムは可愛かったよ。言うまでもなく、俺もリリムの(シード)になるつもりだからね」  レアンの反対側の手を取って、シェーンが口付けた。  リリムの顔がさっきより真っ赤になっている。 「あ、あれは! 『魔実』の魅了で皆もおかしくなっていたから……」  リリムはシェーンに股間を愛撫されていたし、自分もシェーンの股間を食んでいたから、思い出したんだろう。  服の上からとはいえ如何わしいかったし、なんなら余計にエロかった。 (あの時のリリム、めちゃくちゃ可愛かったけど。相手は俺じゃなかったし)  カロンとしても、あの光景を思い出すと複雑だ。 「あんな風に攻めるとリリムはとても可愛いと知れたから、『魔実』の魅了も悪くないね。今後は私だけに使うんだよ」  レアンがリリムの真っ赤な頬に口付けた。 「使うなら俺だよ。あの時より気持ち良くして、可愛がってあげるからね、リリム」  シェーンがリリムの反対側の頬に口付ける。 「いや、あの……、僕は」 「ちょっと待って、二人とも」  リリムとカロンの伸びた手を、フェリムが握った。 「私はリリムの味方です。リリムの幸せを阻害する因子は速やかに排除しましょう。リリムの幸せのために、カロンを後押しします」  フェリムが、うっとりとリリムを見上げる。  あくまでリリムメインというフェリムの態度もブレがない。 「何で急に、(シード)の話になってんの?」 『魅惑の果実』はBL小説だから勿論、恋愛要素もあるが、(シード)はあくまで物語の添え物というか、恋人を選定するための設定程度だった気がする。  然程、重要視されていた印象がない。 「有能な『神実』と『魔実』に急ぎ(シード)を見付けよ、というのが、貴族院の方針だ。『五感の護り』にとり二人の覚醒も、立派な責務なんだよ」 「俺たちの覚醒って、何?」  レアンの流し目に、カロンがビクビクと問い掛ける。 「恋をすると、果実は熟れる。有能な果実を熟れさせて新たな能力を引き出すのが、我々の責務だよ」  レアンがリリムに頬を寄せた。  確かに『神実』には発見されていない秘めた能力が埋もれている。中には恋をすると開花する能力もあったかもしれない。  フェリムが、リリムに吸い付くレアンを剥がした。 「リリムのお相手がレアン皇子と決まった訳ではありません。カロンも、レアン皇子とシェーンの恋のライバルなのでは?」 「けど、果実同士では子は成せないだろう。やはり果実には(シード)が必須だ。リリムの能力開花にも、子作りにもね。私たちの子は、きっと可愛いよ」  レアンがリリムの手に頬擦りしている。  あの一件以来、レアンの態度があからさまで、流石のリリムも照れている。 「僕たちも、愛を育てようね、カロン。これから時間は、たっぷりあるからさ」 「待て、ルカ。先にカロンに(シード)を申し込んだのは、俺だ」  ルカとカデルに手を引かれて、カロンの体がゆらゆら揺れる。  こっちはこっちで、カロンの取り合いが始まってしまった。 (なんかもう、展開が強引で、小説っていうかゲームみたいな)  そう考えて、ハッとした。 (そういえば、コミカライズ版からBLゲームになるって、夢野先生が話してた。まさかこの展開って、ゲーム要素?)  小説からコミカライズ版が混ざり、ゲーム設定が追加になっているのかもしれないと思った。 (え? その場合って、俺とリリムは、どうなんの? リリムは攻略対象なの? 悪役令息のままなの? まさかの主人公(プレイヤー)サイドなの?)  原作者はリリムは攻略対象だと話していたが、果実同士で恋愛できるんだろうか。  そもそもこの世界のリリムはカロンより主人公としてのオーラがある。もはや悪役令息ではない。 (俺とリリムは、両想いになったんじゃないの? お互いに告白し合って……)  カロンは冥界でのリリムとのやり取りを思い返した。 (し合って、ないかも……! お互い、愛してってお願いしただけで、ちゃんと告白していないかも!)  とんでもない事実に気が付いてしまった。  甘々な雰囲気で手を繋いだりしていたから、すっかり恋人気分になっていたが。お互いにちゃんと告白はしていないかもしれない。  途端に不安になってきた。 「待って、ちょっと待って、……リリム、俺……」  レアンとシェーンに挟まれて埋もれかけているリリムに手を伸ばす。 「カロン……僕は……」  リリムが必死に手を伸ばしている。  互いの指先が、少し触れたところで、カロンの体がカデルに引かれた。  リリムをレアンが後ろから抱きしめる。  二人の指先が、離れた。  突然、リリムが勢いよく立ち上がった。  カロンの腕を掴んで、引き上げると、強く抱きしめた。 「へ? リリム?」 「お茶会しないなら、僕はカロンから離れない」  拗ねた子供のような言い方が、いつものリリムらしくなくて、可愛い。  ぎゅっとカロンを抱きしめて、リリムが肩に顔を埋める。  ぐりぐりとカロンの肩に顔を押し付ける仕草が、余計に可愛い。  カロンの胸が、きゅんとした。 「そ、そうだね。お茶会、始めようか」  シェーンが、そそくさと準備を再開した。 「お菓子も沢山あるから、リリムが好きなマカロンもいっぱいあるよ」  ルカが、何となくソワソワと気を遣っている。  皆がリリムに胸キュンしている顔に見える。 (リリム、まさか。無自覚で魅了、使っているんじゃ)  そう思って、考え直した。 (リリムは普段から、魅了使いっぱなしみたいなもんだったからな)  思えば、カロンがこの世界に来た時から、皆がリリムを大好きだった。  本気で使うと冥界の事件のようになるから、今後は使わせないようにしたい。 「リリム、皆も離れてくれたから、お茶会しよ」 「……うん」  リリムがカロンの頬に、キスを落とした。  離れた顔が柔らかく微笑む。  その顔に、何より胸キュンする。  カロンとリリムは席について、ようやく落ち着いたお茶会を始めた。  何のかんのとあっても、この世界で出会った仲間たちと囲むお茶会は楽しい。  一癖も二癖もある仲間は皆、頼りになる同志だ。  これから先、まだ始まってすらいない凶兆にも、皆でなら立ち向かえる気がした。  カロンがレーヴァティン魔法学院に入学して、まだ一月あまり。 『魅惑の果実』の物語は、始まったばかりだ。  女神アメリアに召喚され、新しいアイディアを得た原作者夢野迷路が、コミカライズ版とBLゲーム版のシナリオに手直しを加えている現状を、カロンたちは知らない。  原作の展開がどの程度、この世界に影響するかは、予測不可能だ。  クズ好きの原作者によって新たな試練が錬成されている事実をカロンとリリムが知るのは、もっとずっと先の話。  それはまた、別のお話で。

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