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第58話 女神様の復活

 リリムがずっとカロンに抱き付いている。  全然、離してくれない。 「あの、リリム。とりあえず、倒れているみんなを解放しないと」 「……うん」 「怪我、しているかもしれないし」 「うん……」  返事はするのに、腕はきつくカロンを抱きしめたままだ。  カロンはリリムの肩に顔を預けた。 「また一緒に、学院生活、送れるかな。一緒に剣の稽古したり、勉強したり、お茶会したり。リリムと皆と一緒に過ごす生活、楽しいんだ」 「……僕は、冥界の魔王になったから、地上には、もう……」  リリムの言葉を遮るように、広間に突風が吹き込んだ。  黒い竜が広間に突っ込んで来た。封印されていた、魔窟の竜だ。 「ミケ、どうしたんだ?」  頭を擦りつけて懐く竜をリリムが撫でる。 「ミケ⁉ リリム、竜にミケって名前つけたの?」 「最近、スリスリして懐いてくるから。昔、家で飼っていた猫を思い出して、同じ名前を付けた」 「……へぇ」  何とも利睦らしい返事で、意外ですらない。  ふわりと花の香りが漂って、柔らかな風が舞い降りた。  美しい女性が、カロンとリリムの前に立っていた。 「初めまして、カロン。お久し振りです、リリム」 「アメリア様。幽閉が解けたのですね。御無事で何よりです」  リリムが正座して平伏したので、カロンも倣った。 「初めまして、カロン=ラインと申します」 「改まらないで。楽にお話ししましょう」  アメリアがカロンとリリムの前に、ちょこんと座った。 「いやぁ、儂の居ぬ間に大変でしたなぁ! お役に立てず、申し訳ない」  アメリアの後ろから、豪快な男性が歩いてきた。 「ハデス様、とんでもないです。アメリア様を保護してくださり、ありがとうございました」  リリムが丁寧に頭を下げている。  話の感じからして、ラスが言っていた前任の冥界の魔王だろう。 「リリムの中に天使の核があるって、気が付いてくれたのはハデス様なんですよね。ありがとうございました」  カロンは深々と頭を下げた。  この御礼だけは、絶対に言っておきたかった。 「なぁに、リリム様には冥界をこれ程に素晴らしい場所に作り替えていただきましたからなぁ。リリム様のスパのお陰で、儂の腰の持病も良くなりましてなぁ。千才は若返りましたぞ!」 「本当に、若返られたと思います。曲がっていた腰も伸びましたし、白髪も無くなりました。お役に立てたのなら、良かったです」 「え? そんな感じだったの?」  リリムが普通に頷いた。  目の前にいるハデスが若々しく、今にも魔獣の一匹や二匹、飼ってきそうな豪快さだ。 「ミケが魔力を維持してくれたのも、スパのお陰ですわ。お陰で私は、カロンに使者を送れました」 「夢野先生を呼んでくださって、ありがとうございました。あの話が聞けなかったら、メロウを倒せませんでした」  アメリアが、嬉しそうに笑んだ。 「この世界を消滅させたい大天使メロウ、それに巣食った虫食い。この世界を脅かす二つの異分子を排してくださったお二人、それに『五感の護り』に御礼をしなければなりません」  アメリアが天上に目を向けた。  白い光が射して、天使が一人、舞い降りた。 「そうでしょう、智天使プシュケ」  真っ白な羽で全身を覆った天使が、背中のもう一対の羽で降りて来た。  あまりに神々しくて、目がくらんだ。 「初めまして、カロン、リリム。この世界の救世主よ。異分子の排除、冥界の革命。二人は救世主の名に恥じぬ功績を残された。感謝します」 「いえ、俺たちの力ってだけじゃ。『五感の護り』の皆や、アンドラスにも、いっぱい助けてもらいました」  カロンの言葉に、プシュケが笑った。 「よもや、滅亡の悪魔を従魔にするとは、未だかつてない事態ですね」 「アンドラスを従魔にしたのは、いけなかったでしょうか」  リリムの問いかけに、プシュケが首を振った。 「時に我等、天上の存在でも梃子摺る悪魔を従魔にできる人間など、リリムくらいでしょうね。これからも是非、仲良くしていただきたいです」 「アメリアが戻ったのなら、我はいつも通りの悪魔に戻りたいけどね。もう少しなら、リリムの従魔でいてあげてもいいかな」  いつの間にかリリムの肩に乗っていたラスが、足を組んで偉そうに語る。 「それは是非、このプシュケからもお願いしたい。この世界の危機は、まだ回避できたとは言い難いのです」 「え?」  思わず、嫌な声が出てしまった。 (そういえば、夢野先生は大天使メロウを中ボスって言ってた。ラスボスはまだ作ってないけど、コミカライズ版が出るなら確実にいるよな) 「今度は一体、どんな危機が待ち構えているのでしょうか?」  リリムが真剣な面持ちで問う。 「具体的には、わかりません。しかし、占術は凶兆を示した。準備は万全に整えたいのです」  プシュケがアメリアを振り返った。 「ですから、これまで通り、私はカロンの守神として、アンドラスはリリムの従魔として、警戒を怠らないようにと、天造の神様からの神託なのです」  一番偉い神様からの神託といわれてしまうと、逆らいようもない。  リリムがカロンを振り返った。 「わかりました。僕はカロンが幸せに暮らせる国を守りたいです。だから、次の凶兆も蹴散らします」  リリムの言葉に、ハデスが豪快に笑った。 「中々にリリム様らしいですなぁ。でしたらリリム様、冥界はこのハデスに任せて、一度地上にお戻りくだされ」 「良いのですか? 僕は魔王の契約をして、魔の印も貰っているのに」  リリムの右頬には魔王の印が刻まれている。  プシュケがリリムの頬に、そっと指を滑らせた。  リリムの頬の印が消えた。 「この印は隠しておきましょう。冥界にこれほどの功績を残した魔王様を解任はできません。いずれ、お戻りいただきたいですが、貴方はまだお若い。地上で様々に学ばれる機会は必要です」 「それって、リリムは学院に戻れるんですか?」    カロンの問いかけに、アメリアが笑顔で頷いた。 「勿論ですわ。謀反人大天使メロウを討取り、世界を救った救世主、『神実』と『魔実』、それに『五感の護り』は、英雄として地上に迎えられます」 「この智天使プシュケが既に教会に神託を降ろしています。ご心配なく」  カロンはリリムと顔を見合わせた。 「一緒に学院に戻れるよ。またいつもみたいに、学校に通えるよ!」 「そうだな。またカロンと、稽古したり勉強したり、出来るな」  手を取り合って笑い合う。  まるで、元の世界の高校生活が戻るような気持になった。 「天上からの御褒美、お二人は何が欲しいですか?」  プシュケに問われて、カロンとリリムは考えた。 「俺的には、リリムが地上に戻ってきてくれるのが、もう御褒美なんだけど」 「僕もだ。カロンの隣にいられるのが、御褒美だ」  リリムがカロンの手を握る。  照れくさくて、顔が熱くなる。 「でもさ、リリムはちょっと心残りなんじゃないの? 冥界のスパって、全部完成したの?」  この短期間で温泉を作り上げたのは素晴らしいが、どこまで完成したのだろうか。  さすがのリリムでも完璧に作り上げるには時間が足りないのではと思った。 「ほぼ完成しているし、あとはハデス様たちにお任せできるが。強いて言うなら、もう少し整備強化がしたかったかな」 「例えば?」 「湯桶を頑丈なものに変えたり、湯沸かし機能を充実させたかった。自販機の設置と娯楽室の整備がまだできていない」  それは完全にスーパー銭湯だなと思った。 「それでしたら、冥界フリーパスなど、如何でしょうか? リリムが好きな時に冥界に来られるように、別ルートの入口を設けるとか」  アメリアが明るい顔で提案した。 「そんなものが、いただけるのですが? もし、贅沢を言えるなら、カロンや『五感の護り』の皆も一緒に来られると、ありがたいのですが」 「俺たちも? なんで?」 「湯加減調節にカデルの火魔法とシェーンの風魔法を借りたいし、湯桶の強度の調節にルカの土魔法を借りたい。汚水の浄化処理にレアンとカロンの光魔法を借りたいんだ」 「それもう、確実に業者だよね、リリム」 「そうか?」  冥界のスーパー銭湯の管理人としか言いようがない。  アメリアが可笑しそうに笑った。  プシュケも顔を背けて笑いを隠している。 「我もいるし、問題ないんじゃないの? 神界の許可さえあれば、好きな時に来れば? リリムは冥界の魔王なんだし」  ラスが当然のように言い放った。 「そうですね。リリムとカロン、『五感の護り』の七名には協会を通さず行き来の許可を出しましょう。この鍵が許可証代わりです」  プシュケが手のひらサイズの鍵をリリムに手渡した。 「ありがとうございます」 「カロンは、欲しいものはないのですか?」 「俺はいいよ。あ、でも、皆を無事に連れ帰るの、手伝ってほしいかな」  周囲を見渡す。  玉座を囲んでシェーンとカデルとルカが倒れている。  レアンはまだ気を失っているし、介抱していたはずのフェリムも倒れている。 「フェリムまで、何で……」  立ち上がろうとしたカロンをプシュケが制した。 「神や天使と会話ができるのは、限られた人間のみです。フェリムには、一時的に眠っていただきました」 「そうなんだ。記憶とか、消えちゃったりしないよね」  不安になって聞いてみた。 「大丈夫ですよ。この場所で起きた総てを記憶して、地上に戻ってもらいます」 「そっか、良かった……」  言いかけて、はたと思った。 (いいのか? リリムが皆に悪戯されて散々可愛くなってる姿まで、覚えたまま帰るのか?)  カロンの不安そうな顔を見て、プシュケが微笑んだ。 「起きた事実は総て、この件の一部です。次の凶兆に備えるためにも、経験は消してはなりませんよ」  大変、不安になる言葉だと思った。  待ち構える凶兆でも、リリムが皆に可愛く犯されるのだろうか。 「でも、そうだよな。起こったことを記憶を消して忘れるなんて、自然じゃないよな」  リリムの腕が伸びて来て、カロンを抱きしめた。 「え? リリム? どしたの?」 「気持ちよくなるなら、カロンと二人が良い」  耳元で小さく囁かれて、ドキリと胸が鳴った。  今までのリリム夜神なら、絶対に言わない台詞だ。 「僕はもっと、自分を解放してもいいんじゃないかと、思えるようになった」  リリムがカロンの耳を食んだ。 「ひゃぅ、リリム、そういうの人前では……」 「そうだな、人前じゃない場所でしよう。二人きりで」  リリムの台詞にドキドキが止まらない。  突然、大胆になったリリムに戸惑いと期待が膨らむカロンだった。

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