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第57話 リアルな世界

 ゆっくりと目を開ける。  目の前に、顔を赤らめたリリムがいた。 「え? リリ、ム! ん……。ぁ、ぁん」  唇を強く貪られる。  強引に入り込んだ舌が、口内 を犯して舌に絡まる。  強く吸われて、腰が疼く。  思わず身を捻ったら、股間を押し付けて抑え込まれた。 (リリムの股間が、硬くて、熱い。散々、皆に気持ちよくされちゃったから)  グリグリと押し付けられて、カロンまで反応しそうだ。  ぐちゅぐちゅと、しつこいくらいに舌が絡まる。  リリムの舌で口内が溢れて、息ができない。  逃げようとしても、体も腕も抑え込まれて、逃げられない。 「ぁ、はぁ……、はぁ……」  唇を離したリリムから、絡まった唾液の糸がぽたりと垂れた。 「もう二度と、僕以外とキスするな」 「……え?」  顔は蕩けているのに、視線だけが鋭い。  リリムの顔が近くて、かかる息が熱い。 (さっきまで可愛い受けの顔していたのに、急に雄になってる。あれ? リムって、リバ?)  急展開すぎて、カロンの思考がバグった。  いつも以上にイケメンな表情のリリムに、ドキドキが止まらない。 「陽向は僕だけ、想っていればいい。僕だけを好きな陽向になればいい」 「待って、リリム。今は名前……、聴こえちゃ……ぅん」  また唇を塞がれる。  キスが深くて、思考が蕩ける。 「陽向の笑顔が、好きなんだ。陽向に笑ってほしくて、一緒にいると楽しくて。だから小説を読んで、一緒に楽しい時間を共有できるのが、嬉しくて」 「……それって」  間違いなくこの世界に来る前の話だ。  前の世界で高校生だった頃の、夜神の頃の気持ちだ。 「こっちに来てから、カロンは陽向の頃より笑わなくて、不安で。僕じゃなくてレアンなら、カロンを笑わせられるんだと思った。けど、嫌だ。陽向もカロンも、笑わせるのは僕が良い。カロンが笑う、この世界を守りたい」  リリムがカロンを抱きしめた。  カロンの肩に顔を埋める。 「だからリムは、魔王になるって、決めたんだよね。俺が好きな世界を守るために、闇堕ちしてラスボスになってくれようとしたんだよね。だから陽向にサヨナラって、言ったんだよね?」  顔を埋めたまま、リリムが頷いた。 「カロンがいないと、寂しい。笑顔を見られないのも、名前を呼べないのも、呼んでもらえないのも、寂しい」  カロンはリリムの髪を優しく撫でた。 「リムは、勘違いしてる。俺はこの物語が好きだけど、同じ展開になってほしいわけじゃない。前にも、話したよ。リムが側に居れば笑えるって。この世界のカロンが望む展開は、リリムが隣にいて、一緒に笑ってくれることだよ」  リリムの髪に口付ける。  少しずつ顔が上がる。額に、頬に、鼻に、口付けた。 「天使に乗っ取られて、ちゃんと闇堕ちしてくれたじゃん。リリムの望み通り、主人公のカロンが、ラスボスのリリムを倒すよ。だからその後は、一緒に生きよう」  リリムの顔を引き寄せる。  初めて自分から、キスをした。  唇を離さないようにしながら、手に光魔法を展開する。 (リリムは、俺が守る。絶対誰にも、渡したりしない。俺のリムだ)  軟膏をたっぷり含ませた光魔法の矢を、リリムの腹に当てた手から打ち込んだ。   「ぁっ……」  リリムの体が大きく震えた。  矢の先で、天使の核が砕けた感触があった。 「やめろ、天使の核にふれるな」  いつの間にかレアンが近くにいた。レアンの顔をしたメロウなんだとわかった。 「お前のせいでレアンの魂が混ざらない。世界を消滅させるよりリリムを選ぶという。目障りな『魔実』め。この場で殺してやる」  リリムに向かってレアンが手を伸ばす。  カロンは体を捩って、何とかレアンを避けようとした。  後ろに立ったフェリムが、構えた杖で思い切りレアンを殴り飛ばした。  レアンの体が吹っ飛んで転がった。 「うわ、痛そう」  思わず声が零れた。   「邪魔しないでください。今、とても良い所です」  水魔法の矢で倒れたレアンの体を床に縫い留める。  フェリムがレアンに容赦ない。改めて強いと思った。 「カロン、もっと、僕に触れて」  リリムがカロンの手を取って自分の頬に当てた。 「カロンの神力は、気持ちがいい」 「リリム、目が……、魅了は?」  リリムの目からハートが消えている。 「魅了は止めた。もう必要ないから」  気が付けば、シェーンたちは玉座の周りで倒れている。  魅了が切れて、気を失ったらしい。 「カロンには最初から、僕の魅了は効果なかった」  リリムがチュクチュクとカロンの手に吸い付く。  まだリリムのほうが魅了に犯されていそうな仕草だ。 「僕の中の、(メロウ)を殺して」  見下ろすリリムの目が妖艶で、ドキリとする。 「メロウは退治する。でもリリムは死なせない」  カロンはリリムの手を掴んで、自分の手に重ねた。 「一緒に矢を引き出して、闇魔法を流して。俺たちじゃなきゃ、虫食いを殺せない」 「……虫食い?」 「世界を食い潰す、この世界を壊す元凶。原作者の夢野先生が教えてくれたんだ。虫食いを殺せば、この世界は壊れない」 「陽向は、カロンは、また、笑う?」  リリムが問い掛ける。  迷子の子犬のような目が、カロンを見下ろした。 「リムがいる世界で生きられるなら、笑う」  今できる、満面の笑みを向けた。  利睦が喜ぶ笑顔の陽向を見せたかった。  リリムが、いつものように笑った。 「虫食いを退治しよう。陽向が笑える世界は、僕が守る」  リリムの手がカロンの手を握って、力を籠めた。  カロンは軟膏を指にとって、リリムの頬に塗った。  矢が刺さった先が、暴れ出した。 「ぁっ……、ぃっ……」  苦悶の表情で、リリムが蹲った。 「抜くよ、リリム!」 「わかっ……た。……んっ」  力を籠めて、リリムの腹から矢を抜き出す。  ずるりと抜いた矢の先に、蛇のような虫が刺さり絡まっていた。  それに守られるように、崩れかけた天使の核が張り付いている。  カロンとリリムは同時に魔力を流し込んだ。  白い光魔法と黒い闇魔法が、絡んで流れていく。  虫と核を包み込むと、虫がどろりと解けた。  白と黒の魔力の中で、核が粉々に砕けて消えた。 「ぁっ……」  床に倒れていたレアンの体がビクビクと痙攣する。口から、白い靄が上がった。  人魂のようなそれは、天に上るように動きながら、空気に溶けて消えた。 「レアン皇子!」  フェリムが肩を揺らす。  レアンの体が、ピクリと震えた。 「ん……フェリム……、暴走したら、私を殺せと、いったのに」 「本当に殺せるはずがないでしょう」  フェリムがレアンに回復魔法をかけ始めた。 「リリムへの無体は許しませんけど。大天使を自分の中に抑え込むなんて、本当によく頑張りましたよ、レアン皇子」 「手間を、かける、ね……」  フェリムの声が、今まで一番、優しく聞こえた。  レアンの体が脱力した。気を失ったようだ。  カロンは矢の先の虫に、さらに魔法を強めた。  核は消えたのに、虫が消えてくれない。 「リリムに、軟膏をもっと」  リリムには頬に塗っただけだから、足りないのかもしれない。  軟膏を塗ろうとする手を、リリムが掴んだ。 「カロン、確認したいんだ」  リリムが陽向を呼ぶようにカロンを呼んだ。 「僕はどこだろうと陽向がいてくれれば、それでいい。カロンも陽向もどっちも大事だ。カロンが愛してくれたら、僕は天使だろうと魔王だろうと、何者になってでも、この世界を守る」  リリムの目が真っ直ぐにカロンを捉えた。 「カロンと陽向、どっちで呼ばれたい?」  あまりにも急な選択肢を、今すぐには選べない。 (だって、どっちも好きなんだ。リムになら、どっちも呼ばれたい)  カロンは、顔を近づけた。 「両方、呼ばれたい。リムに愛してもらえるなら、生きる場所はどこだっていい」  互いの顔が近付いて、唇が重なる。  神力と魔力が混じって、カロンの指についていた軟膏を絡めとった。  紫紺の魔力が、蛇のような虫を焼く。  じゅわりと悲鳴のような音がして、虫が焼き消えた。  唇から伝わる熱がリアルで、この世界が物語だなんて、思えない。 (ここはもう、リリムと俺が生きる、リアルな世界だ)  口付けを交わしたまま、手を握る。  触れ合える距離にいられる今が、何より幸せだった。

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