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第9話
「いつから来られますか」
「は、はい」
「これは、採用ってことでしょうか」と改めて聞く勇気もなく、一ノ瀬さんからの質問になんとか応じ、説明を聞く。最後の最後で「事務処理の関係で必要なので、一応頂きますね」と履歴書を受け取ってもらい、面接は終了した。
あっという間だった。
と、思っていたけど、お店の外に出た空の色はや薄っすら赤く染まっていた。
一応、志望動機とか、長所とか短所とか、アピールできるように準備していたんだけど、全く聞かれなかった。
振り返ると、窓越しに一ノ瀬さんが、にこやかに手を振ってくれていた。慌てて、大きく一礼をし、その場を離れる。
白いシャツ、赤いエプロン――一ノ瀬さんの今日の恰好は、あのお店の制服だったらしい。かっこよかったな。
ふと、足を止める。
結にもお礼言わないとな。一ノ瀬さん、『上から』言われたから、僕のこと引き受けてくれたんだよな。
『灯なら大丈夫だよ』
わかってはいたけど、そりゃそうか。
面接なんて形だけだったんだろう。
あんなにはりきって緊張してたの、滑稽だったろうな、恥ずかしい。
スマートフォンが震えた。結からのメッセージだった。
「採用おめでとう」
もう伝わっているらしい。
おめでとうなんて言われるほど、僕は何もしていない。
背景に「ありがとう」と描かれたひよこのスタンプをひとつ、送信した。
***
部屋に帰るとほぼ同時に、スマートフォンが震えた。
結からの電話だった。
バイト先が決まったお祝いをしたいという申し出で、本当は断ってしまいたい気持ちだったけど、紹介してくれたのに、そんな真似もできず、「ありがとう」と応じた。
「採用おめでとう」
結はすぐに部屋に来た。片手に小さな白い箱を持っている。
「お祝いされるほどのことじゃないよ」
差し出された白い箱を受け取る。ひんやり冷たい。
「ケーキ、買ってきた」
「わざわざよかったのに」
ケーキなんて久しぶりだ。お皿、あったかな。
結に中に入ってもらい、ローテーブルの正面にクッションを置く。小さなお皿を持って、僕もテーブルの傍に座った。
箱の中には、イチゴのショートケーキとチーズケーキ、チョコレートケーキにモンブランが入っていた。
「お、多くない?」
「好みがわからなかったから」
「なんでも嬉しいよ」
つやつやの、イチゴもチーズケーキの表面もチョコテートのコーティングも栗も、全部きれいだ。
結から好きなものを選んでもらって、僕はモンブランを選んだ。
「疲れた? 顔色悪いけど」
「ううん。ケーキとか、僕が買ってくるべきだなって、反省してた」
「は? なんで?」
「えと、結へのお礼に」
「別に。俺は本当にただ紹介しただけ――」
「結が紹介してくれたから、採用されたんだよ」
あ。
結の言葉、遮ってしまった。
せっかくお祝いにきてくれた結に対して、僕の態度悪すぎる。
どんどこ自己嫌悪に陥っていくのがわかる。もう帰ってもらった方がいいかもしれない。
こんな態度ばっかりとってたら、結に嫌われる。
嫌われたくない。
「ご、ごめん。僕、勘違いしてて。自分の力でもっと頑張れるんじゃないかって。全部、結にお世話してもらってるのに。恥ずかしい」
恥ずかしいし、情けないし、お皿の上のモンブランしか見れない。
ケーキなんて買ってもらえるような価値ないのに。
「ごめん。今日はもう帰ってもらっても」
「灯は自己評価低すぎだと思う」
「え?」
顔を上げる。結は僕の方をまっすぐに見ていた。
「泣いてるかと思って、焦った」とほっと息を吐く。
「灯に安心してもらいたくて、『大丈夫』とか言ったけど、面接してくれた人、一ノ瀬さんだっただろ? 厳しい人だからさ」
「そんな、ふうには」
「まだ猫被ってるんだよ。仕事に妥協しない人だよ。俺もバイトに入ったことあるけど、めちゃくちゃ怒られたし」
結は、眉間に皺を寄せ、拗ねたような口調でそう言った。
「だから、ちゃんと、評価されて採用に至ったんだよ。灯は俺のおかげって言ってくれるけど、俺の発言に影響力なんてひとつもないからね」
僕に評価されるところなんてないと思うけど。
もし、一ノ瀬さんがどこかしらそういうところを見つけてくれて、それで採用をもらえたんだとしたら、嬉しい。
結は、箱にくっついていたプラスチックのスプーンを剥ぎ、僕の方のお皿にひとつ乗せた。
「お疲れ様。おめでとう。くれぐれも、くれぐれも無理しないでね」
「――いろいろ、めんどくさいこと言って、ごめん」
「別に。そういうところも、かわいいと思ってるから」
わ。
さらりと言ったくせに、結の顔はみるみる赤くなった。僕も熱い。
それから急かされるようにケーキを食べた。
中に入ってるクリームが滑らかで、スポンジはふわふわで、改めて、贅沢な食べ物だなあと思う。
「ありがとう」
今度は素直に、お礼を言った。
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