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第5話

 四日目。 「あん!」 「あんあん!」 「あんあんあん!」 「しー。静かに」  真二郎が口に立てた人差し指をやって、子犬たちに言って聞かせている。だが、おそらく伝わっていない。三匹はちぎれそうなほどしっぽを振り、口を開けて興奮したように呼吸している。今にもまた吠えそうだ。 (だけど……必ず茶丸が一回で、黒丸が二回、白丸が三回吠えるな。面白いの)  時刻は七時。これから二人と三匹で朝の散歩に出かけるのだ。  昨日と一昨日は真二郎が起きなかったので行けなかった。璃斗は一人で散歩に連れていこうかと迷ったものの、過分に手を出すと怒るのと、情操教育的にも見守るのがいいだろうと判断したからだ。  通勤の人たちとすれ違いながら歩く。中には知っている顔もあり、挨拶を交わす。 「わんこ、可愛いね」  なんて言ってくれる人がいたら、真二郎は嬉しそうに笑った。 (こんなふうに明るく笑う姿なんて見たことないってくらい貴重だ)  璃斗まで嬉しくなってくる。 「花巻さんじゃん、こんな時間に珍しっすね」  スーツ姿の青年が話しかけてきた。近所に住む週末常連の勝野《かつの》という名の銀行マンだ。口調はアレだが、一流大学を卒業して大手銀行に勤めている。 「見ての通り、子犬の散歩です」 「迷子犬のチラシの」 「そうそう」 「あんまし可愛がると、飼い主が見つかった時、つらいっすよ?」  真二郎がビクッと肩を震わせたのがわかった。 「それはわかってるんですが、でも、その時はその時だと思っています」 「そうっすね。先のことを心配しても仕方ないっすから。俺、いらんこと言いましたね、すみません。では、失礼します」 「行ってらっしゃい」  勝野はにっこり笑顔で会釈し、駅に向かって歩いていった。 「真二郎、気にすることないから」 「わかってるよ。けど、俺、飼い主は見つからないって思ってる」 「どうして?」 「そんな気がするんだ。ずっと茶丸たちと暮らせる」  そうかな、出かけた言葉を璃斗は飲み込んだ。  三十分くらい散歩し、帰ってきたら真二郎は朝食を取って学校へ行った。璃斗は片づけを済ませると掃除をし、ランチの弁当作りに着手する。  まずは昨夜の間に洗って水に浸けている米、大釜炊飯器三台のスイッチを入れる。  次は煮物だ。野菜の煮物と、肉のしぐれ煮。焚いたり煮込んだり、下準備さえ終えてしまうとあとは放置できるメニューを終えると、次は細かな工程がいるメニューに取り掛かる。  ゆで卵は水から茹でて十三分。その間にだし巻き卵用の卵液を作る。百個の卵を割って、混ぜるのはなかなかの重労働だ。  卵液ができた時にはタイマーが鳴った。今度はゆで卵を水に取り、剥いていく。こちらも百個だ。  それが終われば、だし巻き卵だ。三十本用意する。  卵が終わったら、ジャガイモの皮を剥いて、レンジでチンする。  その間にニンジンや玉ねぎ、きゅうりを切っておく。ジャガイモが柔らかくなったら潰して味をつけ、粗熱が取れたところで切った野菜を加えて味を整える。  どの弁当にも入れるおかずができたら、今度は各弁当のメニューだ。  エビフライやアジフライ、とんかつなどの揚げ物を揚げたり、ハンバーグやシュウマイなどをこねて焼いたり、鮭やサバなどの魚を焼いたり。  メニューの調理が一通り終わったところで、焚けたご飯を弁当ケースに詰めて、テーブルに並べていく。  本当ならここでようやく休憩だ。すべてのメニューの粗熱が取れ、温度がだいたい同じくらいになるのを待つのだ。だが、今日は散歩があったので時間をロスしている。休んでいる余裕はなかった。  余ったおかずは別途パックして、おかずとして売る。  弁当詰めが終わったら、次はおにぎり作りだ。  五種類くらい、全部で百個くらい作る。  五個セットの木の推し型に入れてリズミカルに作っていく。できれば三個用のプラスチック容器にバランとおしんこと一緒に入れて完成だ。  急いで店のテーブルに並べていく。終われば、味噌汁やお菓子など、ちょい買い用に卸している商品を確認した。

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