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第6話

「すみませーん。パルファンですー」 「あ、町田《まちだ》さん、こんにちは」  すぐ近くのパン屋で働く町田が、プラスチックのパン用番重を持ってやってきた。中にはぎっしり三角のサンドイッチが詰められている。 「いろいろ、全部で百個です。今日もよろしくお願いします」 「こちらこそ、いつもおいしいサンドイッチありがとうございます」 「いえいえー、花巻さんとこのお弁当もおいしいから。今日も三つ、お願いします」 「どうぞどうぞ」  町田はサンドイッチを棚に並べると、弁当を三つ取り、番重に置いた。そして三つ分の金を璃斗に渡す。一方、璃斗は弁当の金を受け取ると、それと交換に昨日のサンドイッチの売上げが入った封筒を差し出した。 「ところで、花巻さん、わんこ飼い始めたんですって?」 「目下、預かっている状態です」 「三匹でしょ?」 「ええ」 「三匹飼うんです?」 「まさか。飼うなら一匹だけです」 「ですよね~。でも一匹だけ選ぶの、キツいですよ。私、きっと三匹全部飼うことになると思います」 「えええ、それは……」  町田はふふふっと笑うと、番重を手に取った。 「じゃあ、よろしくお願いします。失礼します」 「こちらこそ、ありがとうございました」  町田が店に帰っていくのを見送り、璃斗は準備に戻った。弁当用のレジ袋や、釣銭をレジに入れる。時計が十一時になったので電気をつけて開店すると、すぐに常連客が数人やってきた。 「いらっしゃいませ」 「こんにちは。今日の日替わりはサバの味噌焼きなのね」  この女性客は日替わり和風弁当一択だ。弁当代をもらうと、エコバッグに弁当を入れて渡した。 「じゃあ、また明日」 「ありがとうございました」  次に並んだのは男性客。無口なので挨拶もなにもないが、必ず一番安いのり弁を買っていく。  次は夫婦客で、散歩の帰りに寄って、弁当二つと二つ入りのおにぎりを購入する。  その他にも小さな子ども連れの主婦や若い男性などが続き、十二時を過ぎると会社員で店内が賑わった。  二時になると弁当に割引シールを貼るのだが、それを狙ってやってくる客もいる。多くは高齢か子どもだ。  璃斗は彼らを見ると切なくなってくるのだが、勝手な同情ではなく、健康などの機微な変化を見逃さないようにしようと心がけている。実際、その心がけが功を奏し、体調不良の高齢者を助けたことがあった。 (ん?)  扉が閉まる音がしたような気がする。 (真二郎、帰ってきた?)  店には居住エリアの生活音が流れない造りになっている。それでも玄関扉を強く閉じるなどすると聞こえることがあるのだが、まだ子どもの真二郎ではそんな音は出せないはずなのだが。  それにしても、と思う。今までは無言帰宅だったのに、子犬が来てから〝ただいま帰宅〟をするようになった。まだ三日だが。それでも嬉しさのあまりジンとなる。 (一匹しかダメって言ってるけど、真二郎が悲しむなら三匹でも……いやいやいや、三匹は無理だ。あの子犬たちの犬種がわからないんだ、もし大型犬だったら大変だもの)  ガラッと扉が開いて真二郎が飛び出してきた。 「にいちゃん、茶丸たちは!?」  真二郎の慌てた様子に、璃斗の目が丸くなる。 「奥で寝てるだろ?」 「いないよ!」 「そんなことないよ。どこもみんな閉まってるのに、どっから出ていくんだ。よく探してみなよ」  真二郎はさっと身を翻して奥へと消えていった。だが、すぐに戻ってきた。 「お風呂にいた」 「お風呂?」 「水遊びしてたみたい」 「えっ、蓋、開けっ放しだった? 溺れたらまずいよ。にいちゃんも気をつけるから、真二郎も蓋閉めるの忘れないように気をつけてよ」 「うん、わかった」  真二郎がうなずいた時だった。店の扉が開いて、なにやら風体のよくない男が入ってきた。 「んだよ、ほとんどねーじゃん」  ガッツリ聞こえる独り言を言う。それから璃斗に顔を向けた。 「これしかねぇーのかよ」  三つ入りのおにぎりを指さして聞いてきる。璃斗は真二郎をかばうようにして前に立った。居住エリアに行けという意味を込めて後ろ手で真二郎を押す。 「申し訳ありません。ランチ用のお弁当はここにある分だけです。五時頃から夕食用の総菜弁当を出しますので、そちらでお願いできたらと思います」 「ああ!? 五時に出直してこいってのかよ。ここの弁当うまいって言うからわざわざ来てやったのによぉ!」 「それはありがとうございます。この時間帯はちょうどお弁当が終わって、夕食用の総菜を出す前なので、商品が一番少ないんです。申し訳ありません」  言いながら璃斗は、先週商店街の会長である高須《たかす》が訪ねてきたことを思い出した。 (会長さんが話していた迷惑客って、この人のことかもしれない)  店員の少なそうな店にやってきて、難癖つけて謝罪としての手土産を要求するそうなのだ。それも自ら要求するのではなく、店員が自ら差し出してくるよう仕向けるのだ。  だが、こういう客は味をしめたら何度でも出向いてくるし、他店にもやらかすので璃斗としては応じたくない。カスハラが取り沙汰されている昨今だ、警察に通報することも含め毅然と対応すべきと考えている。

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