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第7話
「ああ? お前、せっかく来てやった客に、すみませんだけで済むと思ってんのか!?」
「こればかりはどうしようもございません。あるものから選んでいただくか、改めていただくか。商店街の中にもお弁当屋はありますし、スーパーの総菜コーナーでも売っています。今日のところはこれらのいずれかでお願いします」
「ざけんなっこらぁ!」
後ろにいる真二郎が璃斗の服を掴んだ。怖がっていることが伝わってきて、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。とはいえ、璃斗とて怒鳴りつけてくる素行の悪い人間が平気というわけではない。その証拠に、それ以上怒鳴ると警察を呼びますよ、という頭の中にある言葉は喉に引っかかって出てこなかった。
(こういうのは勇気がある間に、素早く対応しないといけないのに。真二郎がいるから、早く言わないとっ)
ぎゅっと握りこぶしを作ったその時だった。鈴の音とともに店の自動扉が開いて人が入ってきた。
(あっ)
長身でガタイのいい男だった。アメフトかラグビーでもやっているのかと思うほど筋骨隆々で、ただ立っているだけで迫力がある。
「よぉ、必死ぶりだな、元気だったか?」
ムキムキ男が璃斗に向けて第一声を放った。
「最近、客を装って店のモンを威嚇して、商品かっぱらっていく不届き者がいるって呼び出されたんだ。お前んとこ、被害はないか? あったら俺が注意するから言え」
「え……あ」
璃斗の視線がその不届き者に向く。不届き者の顔が刹那に引きつった。
「あー、いや、ない、けど……」
「そうか。じゃあいいが」
「パトロールしてるの?」
「ああ。しばらくこっちにいることになった」
「そう」
「接客中だったか? お客さん、横入りして悪かった。買い物を続けてくれ」
「いえ、別に」
不届き者は愛想笑いを浮かべると、そそくさと店から出ていった。
「あいつか」
「他の店の被害があの人かどうかはわからないけど、それっぽかった。タイミング良くて驚いたけど、助かった、ありがとう」
璃斗が礼を言うと、ムキムキ男は笑った。
「偶然だがな。親父に無理やり引っ張り出された。いい迷惑だ。ところで、お前、大学辞めてこんな弁当屋継いでさ、このまま冴えない弁当屋店主でやってくつもりなのかよ」
「まぁ」
真二郎が掴んでいた璃斗の服から手を離した。それを感じた璃斗は顔をやった。
「子犬たちと遊んでおいで」
「…………」
「もう大丈夫だから」
「……でも」
「高須君は僕の同級生だって前に話したろ?」
「…………」
真二郎はなにか言いたそうな上目遣いで璃斗を見つめる。だがぷいっと顔を背けると、逃げるように奥の扉を開けて居住エリアに駆けていった。
「相変わらず可愛げのない不愛想なガキだよなぁ。ろくに返事もしないんだから」
「そんなことないよ。シャイなだけだよ」
「嘘コケ。よくあんな憎たらしいガキの面倒見てるよ。血、つながってないってのに」
「それでも弟に違いないから」
「そーかぁ? 大学辞めてまで世話する価値ないだろ。そんな責任もないし。児童施設とかに預けたらいいんだ」
カチンと来たが、璃斗は唇を嚙んで我慢した。
「甘ちゃんだなぁ。まぁ、お前は昔から甘ちゃんだった。俺が見ててやんなきゃなにもできなかったよな」
「…………」
「血のつながらないガキなんか施設に入れて、俺の会社に来いよ。社長に口効いてやるよ。こんな弁当屋じゃ金も稼げない。俺の会社だったらガッポリ稼げるって」
お前の会社じゃないだろ、ガッポリ稼げる仕事なんて後ろ暗いことしてるんじゃないのか、そんなことを思うけれど、これもまた喉に力を入れて我慢する。万が一、言ってしまったら大変なことになってしまう。
璃斗が返事をせず、居心地の悪そうな顔をしていることなど気づく様子もなく、商店街の組合会長の息子、高須 洋治《ようじ》は豪快に笑ってから、台に残っているおにぎりのパックを掴んだ。
「これ、用心棒代な」
そう言って帰っていった。
(用心棒代って……タダで持っていったらさっきの客と変わらないじゃないか)
そう思うが、口に出すことはなかった。
はあ、と大きく息をつき、残っている商品を調理場に運ぶ。これから再度手を加えてこども食堂に運ぶのだ。
気が重い。璃斗的には、難癖つけてくる客も、友人の顔をして実はそうではない同級生も、どちらもたいしてかわらなかった。つまり一言で言って、迷惑対象者だ。
そう、高須洋治は璃斗にとって迷惑な同級生に他ならなかった。
いつもかまってくるが、璃斗が不得意なこと、苦手なこと、嫌いなことを要求してくる。体格がよく力が強い洋治に勝てる者はいなかったし、商店街の会長や役員を祖父や親がしているので周囲も一目置いている。悪いことをしでかしても、やんちゃ坊主、という言葉をつけて許されていた。
特にこのあたりで店をする者は、高須ファミリーには強く出られず、亡くなった父も気を遣っていた。
(仕事でこの町から離れていたのに、会長に呼ばれて帰ってきたのか)
就職して、職場の近くで一人暮らしを始めたと聞き、喜んだ璃斗だったのだが。
(しばらくは気をつけるしかないな)
憂鬱な気持ちがまたしてもため息を呼んだのだった。
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