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第12話

 あれから数日が経った。  豊湧が姿を現すことはなかった。子犬たちが石を持ち出したことに気づかないのか、あるいは璃斗たちに与えてもかまわないと思っているのか。いずれであっても、豊湧が来ない限りどうすることもできない。  いつものように店を開け、弁当を販売する。二時半くらいには割引した弁当も売り切れ、店を閉めようと思った矢先、自動扉が開いた。 「あ、豊湧さん」  犬神豊湧が立っている。前回会った時と同じいでたちだ。 (この服が好きなのかな。)  とかなんとか、どうでもいいことを考えながら、「こんにちは」と挨拶をする。豊湧は優雅に微笑んだ。 (本当に綺麗な人だ。男とは思えない。けど、骨格とかがっしりしてるのかな、どこからどう見ても男だし。マジで見惚れちゃう)  彼の足元には四匹の子犬がいて、三匹が激しくしっぽを振っている。振っていないのは南風だろう。 「あん!」 「あんあん!」 「あんあんあん!」  東風が一回、西風が二回、北風が三回鳴くのは決まりのようだ。璃斗は三匹に向かって手を振った。  奥へ通し、お茶の用意をする。今日のお茶請けはモナカだ。 「どうぞ」 「ああ、ありがとう。前に出してもらったものは鮮やかであったが、このたびのものはひかえめだな」  ひかえめ! 豊湧の言葉に飛び上がりそうになった。 (物は言いようだ……確かに。梅とか鈴の形をしたのを選べばよかったかな。自分で食べる分だったから、ついノーマルな形を選んでしまった)  璃斗はモナカを手に取って二つに割った。 「見かけはパッとしないかもしれないけど、味はすごくいいんですよ、ここのモナカ。秋だし、中に栗が入っているんです。ほら、ここ」  砕いた栗がたくさん入っている。 「ほう、栗か。うまそうだな。いただくとしよう」 「どうぞ、召し上がってください」  豊湧の食べ方は上品だ。上流階級の人なのかと思ってしまう。 「んん、なかなかの美味だ」  豊湧はモナカを食べ終わると湯呑みのお茶を飲み干した。 「馳走になった。さて、本題だ。単刀直入に聞くが、東風たちがこういうものを、ここに持ち込んではいないだろうか」  言いつつ、豊湧は着物の中から布に包まれた小物を取り出し、ゆっくりとめくった。中には丸い石があった。淡い乳白色が半透明になっており、中央部分は緑のラメの輝きがある。璃斗が預かっている三つの石と同じだ。 「これなら預かっています。ちょっと待ってください」  璃斗は壁の棚から小さな箱を持ってきた。 「これですよね? 茶丸、じゃない、東風たちが持ってきました。最初はただの石だと思ってたんですが、よく見たらすごく綺麗なんで、高価なものじゃないかと思い直しました。だけど、お返ししようにも、豊湧さんの連絡先を知らないから、来られるのを待っていました。お返しします」 「…………」 「? どうかしましたか?」  豊湧が目を丸くしているので璃斗はきょとんとなって質問した。 「これを見てなにも感じないか?」 「石を見て、ですか? なにも感じないですけど……なにか仕掛けでもあるんですか?」  すると豊湧は腕を組んで考え込んだ。うーん、と唸っている。 (どうしたんだろう? 黙り込んじゃった)  じっと豊湧を見つめていた璃斗だったが、外で音がしたので顔をそちらに向けた。同時に扉が開いて真二郎が入ってきた。 「ただ……あ! わんこたちだ!」  一瞬で東風たちを発見し、駆け寄ってくる。東風たちもしっぽを振りながら真二郎のもとに駆け寄った。 「お前たち! 元気にしてたか!? わわっ、そんなに激しく舐めるなよっ。痛いよ、痛いってば」  真二郎も子犬たちも嬉しそうだ。子犬たちは「あんあん!」と鳴いて真二郎に頭突きを食らわせたり、飛びかかって乗りかかったりしている。 「なぁ、真二郎、東風たちが持ってきた石、見た時、特になにも感じなかったよな?」 「特に? なんの話?」  三匹の子犬をまとめて抱きしめて羽交い絞めにしながら、真二郎が顔を向けてきた。 「石だよ。なにか感じかなったか? って聞かれたんだけど」 「具体的にどんな感じがするもんなの?」  逆に聞き返された璃斗は、助けを求めて豊湧を見る。 「いや、君たちそれぞれの心の中に、変化がなければいいのだ。そうか、なにも思わなかったのか」  豊湧は一人納得している。そんな豊湧の足元には、南風がいて、べったりくっつきながら、璃斗を睨んでいる。明らかに目で威嚇していて、璃斗は苦笑いを浮かべた。 「無垢なのだな。その上で案じているのだろう」 「案じる? 子犬たちがですか?」 「ああ」  犬が案じるとはどういうことだろうか? 璃斗と真二郎の顔に『?』が浮かぶ。 「そうか、なるほど。四天王が通うわけだ」 「四天王?」 「犬たちのことだ。この四匹の犬は私を守る四天王として生まれ、現在、その修行中なのだ」  それは芸を覚えさせるために調教しているということだろうか。よくわからず、首をひねるばかりだ。  豊湧はまた口を噤み、考え込む。それから、うん、とうなずいて璃斗と真二郎に視線を合わせてきた。 「この石は特別なもので、これがないと子犬たちは与えられた役目に就くことができない。それを与えるということは、よほどそなたたちのことが気になるのだろう。もしかしたら役目よりも璃斗と暮らすほうがいいと思っているのかもしれない。それは稀なことである。迷惑でないなら、しばらく我が館で彼らの面倒を見てもらえないか」  璃斗にはツッコミどころが多くて、なににどう返事をすればいいのか混乱した。 (子犬たちに与えられた役目ってなんだろう。豊湧さんの衣装からすると、劇団かなにかに所属していて、子犬たちも芸をしないといけないとかなのかな。だって言葉遣いがちょっとばっかヘンだよね。僕たちのことを〝そなたたち〟って、時代劇言葉みたいだし。それに〝我が館〟ってさ、もしかして豪邸に住んでいる浮世離れしたお金持ちとか?)  グルグル頭の中で考えてから、璃斗はまったく異なったことを質問した。 「豊湧さんのお屋敷ってどこにあるんですか?」  豊湧は少し体をねじって指をさした。 「この先の」  その時、鈴の音がして扉が開く音がした。 「あ、しまった、締めるの忘れてた。ちょっと待っててください」  慌てて立ち上がり、店舗に向かった。 「あ」 「よお」  高須が立っていた。

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