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第15話
「神の住む世界だ。私は犬神なのだよ。この子たちは私を守る狛犬で、四天王として狛犬たちを率いるために生まれた者だ。」
璃斗が目を瞬く。明らかに、何を言っているんだ? この人は、というまなざしだ。だが、耳を見たら嘘だと一蹴できない。
「疑っているようだな。お前たち、璃斗に証明してあげなさい」
豊湧が子犬たちに言うと、子犬たちは「あんあん!」とそれぞれ鳴き、立ち上がったと思うと、ボン! と音を立てて白い煙に包まれた。
「えええええ……」
煙が収まると、四人の子どもが立っている。三人の男の子と、女の子が一人。年のころは四、五歳くらいだろうか。
四人、白地に色違いの刺繡が入った狩衣姿で、耳としっぽが生えている。
「まだ完全に人の姿を取れないから、人界では変化術を使わず、犬の姿のままでいるように命じている」
「…………」
開いた口が戻ることなくそのまま状態。それは璃斗だけではなく真二郎だったが、その真二郎はいち早く我に返り、一人ずつ、じっと見つめた。
「茶丸」
と、青い刺繍の男の子に向かって呼びかける。その次は黒い刺繍の男に、
「黒丸」と、呼びかけ、緑の刺繍の男の子に、
「白丸」と、言った。残った赤い刺繍の女の子に、
「南風」と。
「正解だ、真二郎。さすがだな」
豊湧がにこやかに同意すると、真二郎ははにかんだような顔になった。
「四天王は方角を以て私の守護をする。額にそれを示す文字がある」
四人が前髪を後ろにやると、額に卯、子、午、酉の文字が浮かんでいる。
「犬の姿の時は舌にあるが、そちらはあまり目にすることはないだろう」
(見間違いではなかった!)
璃斗は自分が見た文字が、気のせいではないとわかり、この不思議な現象が現実のものであることをようやく実感するに至った。
「りと、ごはん、ありがとう!」
「ミルクもうまかった!」
「ブラッシングまたやって!」
三人が揃って言葉を発した。どれが誰の言葉かさっぱりわからない。
「しゃべるんだ……」
「しゃべれるよぉ。犬の時は、わん、しか言っちゃいけないけど」と、これは東風。
「子犬の時でも話はできるの?」
璃斗が尋ねると、うんうん、と三人がうなずく。一方、南風は微動だにせず、じとーっと璃斗と真二郎を睨んでいるが。
璃斗には南風が女の子であることが妙にしっくりきた。勝手に璃斗の家に来たり、石を持ってきたりと、勝手な行動をしていたことに怒っているのだろう。
そのくせ怖いのか、豊湧の後ろに隠れている。わんぱくな男子と、しっかり者だけど最後は怖がっている女子、よくある構図だと思う。もちろん、そうじゃない男子や女子だってたくさんいるが。
「犬は人語《ひとご》はしゃべんないから、ぜったいダメだから、きつーーーく言われてた」と、西風。
「そうそう、もし破ったら、南風に耳、嚙み千切られそうだから、ぜってー守らないと」と北風。
「なにーーーー!」と南風。
なかなかに騒々しい。璃斗の目は丸くなりっぱなしだが、真二郎の目のほうが輝いている。頭に犬の耳がついているが、自分よりも小さな存在にお兄ちゃん目線になっているようだ。
「しんじろー、しゅぎょーの合間にあそぼうね!」
東風の言葉に真二郎は大きくうなずいた。
「ブラッシングしてほしい」
「おれもー」
西風の言葉に北風が便乗してくる。
「いいよ、俺、毎日ブラッシングしてやるから」
「ホント!? やったー」
「ラッキー」
「南風もやってもらえよ。きっもちいいぞー」
北風の言葉に南風がプイッとそっぽを向く。
「にんげんにげーごーなんかしない!」
迎合なんて難しい言葉を知ってるんだ、なんて璃斗は思うが、人型狛犬の三人と真二郎の顔には『?』が浮かんでいる。
「さぁさぁお前たち、修業が待っているぞ。行ってまいれ」
「はーーーーーい!」
四人が声をそろえて返事をして、奥へ走っていった。
「やっと静かになったな。これから二人には、ここに住むために決まり事を説明する。こちらへ」
豊湧は悠然と微笑み、歩き始めた。木々の間から奥に神社のような建物の屋根が見える。あそこに行こうとしているのだろう。
「子犬たち、人間の言葉が話せるなら、石のことは彼ら自身に聞けばよかったんでは?」
璃斗が問いかけると、豊湧はうなずいた。
「狛犬としての神通力が薄まっているので何度も尋ねたが、頑なに答えなかった。そなたたちに与えた神通力を私に取り上げられたくなかったのだろう。これからのことは考えるが、とりあえずしばらくの間はよろしく頼む」
「はい」
と、返事はしたものの、璃斗の足は震えている。この状況をどう解釈し、また受け入れていいのか、実のところまだ判断がついていない。
(犬神、狛犬、神界……なんか、頭はパンク状態で意識飛びそうなんだけど)
斜め前を歩く豊湧に目をやるが、立ち姿が優美で、彼だけは神と言われても納得できるから不思議だ。
(豊湧さん……さん付けは失礼なのかな。豊湧様、とか?)
璃斗は混乱しながらも豊湧についていったのだった。
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