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第20話

 同情するなら、一人で暮らしたいという希望をかなえてほしい。璃斗に迷惑をかけているという存在から脱出させてほしい。そうしたら璃斗は好きなことができる。好きな者と一緒に暮らすことができる。だから、あの家から出たい。ただ、それだけなのに、小学生だというだけで、誰もその希望をかなえてくれない。みな反対する。 (一人前になるためには、ちゃんと修行をしないといけない。それは俺も同じ……)  スヤスヤ眠っている四匹の子犬。もとい狛犬。真二郎は子犬たちの寝顔をしばらく眺めていた。だがふいに我に返り、立ち上がった。そして部屋から出る。  きょろきょろしながら館内を歩いていると、中庭に出た。 (あ!)  庭の奥から人の声が聞こえ、間もなく姿が見えた。真二郎はすでに声の主の正体を察している。にいちゃん、そう呼びかけようとしてはっと息をのんだ。笑いながら豊湧と並んで歩く姿が、なんだか絵に描いた風景のように思えたのだ。  まだ幼い真二郎には、なぜそんな風に思えたのか、わからない。二人から感じるものがなんなのか、わからない。なぜだか声をかけることを躊躇わせる。 「真二郎、ここにいたのか」  璃斗がにっこり笑ってこちらに向かって歩いてくる。 (なんだろう、これ。ヘンなの)  目の前に璃斗が立った。 「なにかあった? 怖い顔して」 「怖い顔? なにも怖くないし、そんな顔してない」 「そう?」 「にいちゃん、頼みがあるんだ」  途端に璃斗の顔が輝いた。親しく話すこと、頼み事すること、そういう時、璃斗はわかりやすく喜ぶ。それが真二郎には嫌だった。つらかった。璃斗と親しくなる気などないから。  おはぎを作ってほしい――その言葉が出てこない。 「頼みってなんだ?」 「……ん、いい」 「え?」 「やっぱりいい。自分でする」 「あ、真二郎!」  真二郎は駆け出した。全速力で走る。そして若い巫女を見つけて駆け寄った。 「あの! 用事があって家に帰りたいんです。どうすれば帰れますか?」  巫女は目を丸くしたが、一つ頷くと、一緒に来るように促した。  館を出て少しだけ歩くと鳥居がある。その下まで来て立ち止まった。巫女は首からさげた銀色の笛を取り出し、真二郎の首にかけてくれた。 「入ってくる場所は知っていますよね?」 「神社の本殿」 「その通りです。この笛を吹いて、名前を名乗ったら扉が開きます。ですが、けっして人に見られないように。いいですね?」 「わかりました」 「では、いってらっしゃい」 「いってきます!」  鳥居をくぐった瞬間、ぐにゅっとなにかがねじ曲がったような感覚が全身に広がる。そして気づけば本殿の前に立っていた。 「急がないと」  必死に走る先は家ではなかった。商店街にある和菓子屋だ。 「おばあちゃん!」 「あら真二郎君じゃない」 「おはぎちょうだい。えっと、六、違う、七つ」 「おはぎ七つね」  和菓子屋の店主はニコニコ微笑みながら紙箱におはぎを詰めていく。 「それにしても、お店、いつ再開するの?」 「いつって、はっきり決まってないけど……閉めたばっかりだし」 「そう? みんな早く再開してほしいって思ってるよ?」  紙箱をテープで止め、ビニール袋に入れる。店主が打ったレジの金額を見て、真二郎は財布から五千円札を取り出して渡した。 「はい、おつり」 「ありがとう」 「たった二日《・・》閉まるだけで、もう恋しいって言ってるお客さんもいるしねぇ。璃斗君のお弁当は人気だよねぇ」 「そう? 俺、急いでるから。ありがとう」 「璃斗君にもよろしくね」 「はーい」  真二郎は再び駆け出していた。だが―― (おばあちゃん、最後、なんて言ったっけ? あー、いいや。とにかく急がないとっ。狛犬たちが起きちゃう)  神社に向けて全速力で走る真二郎の頭の中は、おはぎを前にして大喜びをする狛犬たちの姿でいっぱいだった。

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