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第21話

「にいちゃん! にんちゃん、どこ!?」  館の造りがわかっていない真二郎が璃斗の名を叫んでいる。それを耳にして璃斗は慌てて声のするほうへ走った。 「真二郎、僕はここだ。どこに行ってたんだよ?」 「おはぎ、買いに」 「おはぎ?」 「南風が好きなんだって。みんなの分も買ってきた。にいちゃん、お茶いれてよ」  真二郎の手には璃斗がごひいきにしている和菓子屋の『白玉』のレジ袋が握られている。 「にいちゃんによろしくって、白玉のおばあちゃん」 「そっか」 「茶丸たち、まだ寝てるかな」  言いながら歩き出す。それを見て璃斗は慌てて止めた。 「どこに行くんだよ。そっちは外に続いてるよ?」 「え! 俺、まだこの建物のこと、ぜんぜんわかってないんだ。にいちゃん、覚えた?」 「まぁまぁかな」 「じゃあ、道場はどっち? そこで茶丸たちが寝てるんだ」 「こっちだと思うよ」  璃斗が案内を始めたので真二郎もあとを追った。  縁側を進み、途中で曲がる。それから間もなく、真二郎が覚えている扉の前に到着した。 「ここだ!」  真二郎が扉を開けると、狛犬たちは四匹集まって眠っていた。ぷくぷくのもふもふが四匹入り乱れて眠っている姿は、言葉にできないビジュアルで、真二郎は完全に固まっている。 「ぬいぐるみみたいだね」  璃斗の言葉で真二郎は我に返ったようだ。ビクッと肩を震わせると、くるりと反転して璃斗を見上げた。 「起きるまで待ってる」 「そっか。じゃあ、待ってる間に、にいちゃんが建物の中を案内するよ」  真二郎が、うん、とうなずく。二人は物音を立てないように気をつけながら部屋から出た。  二人並んで歩く、たったそれだけのことなのに璃斗にとっては嬉しくて仕方がない。ただ、あまり喜びすぎて真二郎がウザがって逃げるのは避けたいところだ。 「巫女さんたちは一日のほとんどを掃除と祈祷で過ごしているんだって。神界が美しく整えられれば、人界やそれ以外の世界も清められるらしい」 「じゃあ、神界は限りなく清いってことじゃん。どうなったら汚れるわけ?」 「それは人間が悪いことを考えたり、実際に悪いことをしたりしたら、悪の気配は強まって神界も汚れるんだってさ。ようは悪意悪態が世界を汚すそうだ」 「動物は?」 「動物に悪意はないんじゃないかな」 「だったら悪いのは人間じゃないか」 「そうなるね」 「神様は人間を滅ぼせばいいんだ。そしたら万事解決だよ」  真二郎の言っていることは正論だと璃斗も思う。思うけれど、自分たちだって人間だ。悪いことを考えているのだから滅べと言われても、はいそうですか、とはとても言えない。 「僕は……自分の大切な存在は滅んでほしくないなぁ」 「仕方ないよ。人間は自分のことばっかり考えてる。他人が不幸になることを喜んでる」 「そんなことないと思うけど」 「平気で人のことを非難したり、傷つくことを言ったりするくせに、自分が同じことをされたら怒るんだ。勝手だよ。なんで人間なんて生まれたんだろう。最初からいなかったらいいんだ」  真二郎はなにを怒っているのだろう。璃斗はそう思い横目で真二郎を見るが、表情から考えていることを察することはできなかった。  とはいえ。 (真二郎は父さんのことも僕のことも嫌いだ。気持ちとしては好きになってほしいけど、でも人間の感情なんてそう簡単に変わったりしない。僕は真二郎が幸せになってくれたらいい。中学か高校か、それがいつかわらないけど、その時が来たら、快く送り出してやろうと思ってる。大人になって、僕が真二郎のことを、義務とかじゃなくて、ホントに大事に思っていることを知ってくれる日が来たらいいのになぁ)  縁側や廊下を歩き、各部屋を真二郎に説明し、一通り思わると狛犬たちが寝ている部屋に戻ってきた。 「まだ寝てる」 「よほど疲れたんだね。でも、子犬だから寝るのが仕事だ。かわいいなぁ」 「修行してるんだ」 「修行?」  真二郎が、うん、とうなずく。 「豊湧さんを守るための修行。人型になって、剣術……俺が見たのは木刀で受けるばっかりだったけど、それをやって、次にここに来て、術の鍛錬。偉い人の指示に従って、神力を高めたり、操ったり。狛犬たちの体から、色のついた煙が出てきてさ、渦を巻いたり、混ざって半透明の壁を作ったり」 「へえ」 「いいなぁ。俺もあんな力、欲しいなぁ」  目を輝かせる真二郎に、璃斗も自分の心が弾むのを感じる。 「得られるんじゃないかな」 「はあ? なに言ってんだよ。俺、人間だぞ? 神力なんか得られるもんか」  口を尖らせる真二郎に璃斗はクスクスと笑う。 「真二郎はさ、自分の名前の意味、知ってる?」 「俺の名前? ダサくて古くさいだけだよ」 「はは、まぁ、確かに〝真二郎〟だけなら、そう思う人もいるかもね。でも、知ってる人が聞いたら、気づいて、すごい名前を与えられたんだなって思うよ。僕も倫子さんから聞いた時、思ったもん」  真二郎の顔に〝?〟の文字が浮かんでいる。 「顕聖《けんせい》二郎《じろう》真君《しんくん》だ」 「けん? けん、せい? なに?」 「顕聖二郎真君。真二郎だって知ってるよ。またの名を楊戩《ようせん》という」  最初、怪訝な顔をしていた真二郎の顔に驚きの色が浮かび始めた。 「あの楊戩!?」 「そうだよ、あの楊戩。顕聖二郎真君と楊戩は同一視されているから、中にはもう顕聖二郎真君楊戩と言っちゃう人もいる」 「俺、楊戩、大好きなんだ! ホントに!? 俺の名前、楊戩なの!?」  真二郎の目がキラキラと輝いた。

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